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強く 強く

 詩季達一行は一通りの説明を受けた後、冬美が実際に稽古に参加することとなった。


「おぉ、冬ちゃん似合ってるよ、可愛い」

「ぇ……えぇ?」


 詩季の讃辞に「ここは格好良いと言って欲しい」と不満顔の冬美。


「姉は指導者としてはなかなか立派なもんだよ。厳しいだけじゃなく楽しく鍛錬を小学部では重視って。あれ? 今回その説明無かったな。ビビり過ぎたか」


 智恵子は少し首を傾げる。


「あまり危ないことはやらないよね?」


 開始を目前に徐々に心配が増していく詩季。


「今日は触り程度だと思うよ。準備運動して受け身やって軽く技教えて、くらいじゃないかな」

「冬美の体力が持つか見物だな」

「冬ちゃんいっつもゲームしてるもんね」


 冬美の耳にもちゃんと届いていた。ちゃんと友達と外で遊んでるし体育の成績は良い方だ、と不貞腐れる。意地でも最後までついて行くつもりで気合いを密かに入れる。


「じゃ、まずは準備運動。冬美は今日は無理しないで良いから出来る範囲でついてきなさい」

「ん」

「ん、じゃなくてハイと言いなさい」

「は、い」

「元気良く!」

「は……はい」

「もっと!」

「ぅ…………は、ハイっ!」


 春姫も詩季もここまで大きな声を出す冬美を見たことが無く驚きに包まれる。


 そして十人ほどの小学生女子の集団に混ざり冬美も周りに倣ってストレッチ、腕立て、腹筋、背筋などを行う。元々体力が有る方ではないので周囲の勢いに焦りながらもついていこうと必死になる。


「冬美! 周りの速さは気にしないでちゃんとした姿勢でやりなさい! 息整えて!」

「ぁ……は………は、いっ」


 筋肉疲労で一度潰れても気合いだけで続けようと無理な体勢になっても腕立てを試みる冬美に千代の注意が飛んだ。


「ぅぅ……結構厳しい」


 詩季は顔をしかめつつどうしたものかと悩む。兄としては入門を辞めさせたいのだが多少大声で指導されているだけな状況では決定打に欠ける。


「ふむ。あのまま腕立てしてたら筋を悪くしてたかもしれない。根性でやれとか言う体育会系は時代遅れだし、妥当だろう」


 一方で春姫の友田千代の評価は悪くなかった。


 暦家の女は能力が軒並み高い。ただ、そこに問題がないかというと決してそんなことはない。彼女たちもまた等しく人間であるから当然である。


 夏紀は頭は悪くないが深く考える事よりも感情が先立つ猪突猛進の気があり自覚も有る。そして己の欠点を補うべく秋子をよく参考にしている。夏紀は正しく馬鹿正直な脳筋であり努力の人であるからして、春姫は心配していない。


 対照的に秋子は深謀遠慮な性質ではあるもののとっさの判断が夏紀より劣るためスポーツや競技で争うと後塵を拝する結果となる。それでも並の者と比較すれば遙か上ではあるのだが、瞬発力、処理能力に難があると自己分析している。故に彼女もまた、効率的に己を高める向上心を持っている。


 それでも二人は他者の追随を許さぬ程に優秀である。多少の己に有る難に気付いていても自己完結し日々を過ごしていても不思議ではない。


 だが、それを許さなかったのが春姫の存在であった。二人とも一番上の姉を外でも内でも間近で見る機会が多く、己の能力の高さを鼻に掛け調子に乗る理由が見つけられなかったのである。


 かなりひん曲がった根性の詩季に、次女三女は美少年であり暴虐な王子のごとく振る舞っていた弟から嫌われるのを恐れ、常に顔色を見て過ごしていた。そんな詩季に対して春姫は貶されても馬鹿にされても邪険にされても嫌われるのを恐れず本人のことを思って教育してきた姿を見ている。それは彼女達二人にはどうしても踏み込めない領域であった。二人は上には上が居る、というのを長年の経験から知っているのである。


 しかし冬美は違った。末妹ということもあるが、本人からすると問題と思うことは難しいが、保護者視点からすると問題と考えるべき性質を冬美は持っていた。少なくとも春姫は困惑しつつも稽古について行こうとする冬美を見ながらその事実に気付く。


「詩季。冬美は器用過ぎると私は思うんだ」

「え、うん。冬ちゃんは頭も良いし何でも出来る子だね」


 冬美は暴虐無人な兄が居た、ということを除けば経済的にも能力や才能にも恵まれていた。そしてその能力の高さに安心して、春姫も詩季に苛められる妹を助けることにのみ冬美に対しては注力していた面があり、他を二の次にしてしまっていた。冬美以上に詩季に手が掛かって仕方なかったのである。


「それが私は問題ではないかと思ったんだけど、どうだろうね」

「え?」


 何かを得ようと苦労や努力をした事が無いのかもしれない、そう春姫はやっと思い至った。冬美が自ら何かを学ぼうとする姿勢に驚きつつも反対する気にならなかったのもそれをどこかで感じていたからかもしれない、と。


 春姫は知っている。幼少の頃から小器用な人間ほど努力をせずに成長してしまいがちなことを。そしていつしか目の前に大きな壁が立ちはだかった時、それと打破する努力の仕方が解らず途方に暮れるということを。


 己に厳しく妹達と弟を守らねば模範とならねばと努力し続けいつしか超人と呼ばれるようにまでなった春姫こそ努力の天才である。冬美のこの変化を歓迎しない訳が無いのである。


「詩季。冬美はあの通り頑張っているよ」

「う……ん」


 詩季にも当然それは解っている。そしてもはや反対する気にもならない程に冬美が一生懸命まだ慣れない稽古に没頭しているのを目の前で見ている。


「解ってる……よ」

「流石お兄ちゃんだ」


 詩季は何故急に格闘技を、と思いつつも自分ももっと家族に誇れるようならなければ、と漠然とながら思うようになるのであった。それは詩季にとって、前世も含めて初めて心に灯ったまだ小さな、しかし熱い炎であった。




 冬美はその日、入門を決意した。


「宜しくおねがいします」

「ああ、よろしく。一緒に強くなろう」


 その光景を眺めながら友田智恵子は「お姉ちゃん、なんか冬美ちゃんにだけ特に厳しい気がするなぁ。いつもなら楽しくやろう、とか言うのに」と首を傾げるのであった。



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