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王子 明るい馬鹿

 詩季にはいくつもの異名、あだ名が有る。

 ただ一番の定番は何の捻りもなく『王子』であった。

 その由縁は詩季が女子にも優しく笑顔で接したり優しさ溢れる行動で対応しているからである。

 しかし詩季からすると事実は異なる。前世で営業職だったにも関わらず生来人見知りの気が有るため距離感を計りかねている状態でしかない。

「どこまでなら大丈夫なのか、気持ち悪がられないか、奇異に映らないか」というのを恐る恐るリサーチしているに過ぎない。

 そして未だに己が女にモテる人間だと言うことを理屈や状況はともかく自分で信じられないのである。


 そんなギャップはあれど詩季の人気は高く、既に根強いものとなっている。


 そのいくつかの要因となる事例を挙げることとする。


 ①朝一、目が会うと


「おはよう」

「お、おばばばっ」


 他の男子生徒は挨拶どころか路傍の石の如く目も合わせないのが割りと普通。


 ②女子が授業等に関わる資料や道具などの重い荷物を持っている時


「あ、大丈夫? 持つね」

「え? あ、う」


 アイドル的存在の詩季に話しかけられ尚且つ目的地まで一緒に歩くことが出来るのは「え、まさか私に気があるの? え?」と勘違いだと解りつつも夢見る瞬間。


 ③心配してくれる


 例1:廊下で一人ですっころんだ女生徒に。

「大丈夫? 怪我ない?」


 普通は見さえしないか内心で笑うか実際に嘲笑するかのどれかである。


 例2:詩季にぶつかった女性に

「大丈夫? ごめんなさい」


 他の男子生徒であれば良くて不機嫌に。舌打ちや罵倒、酷い場合は痴女あつかいされる可能性もゼロではない。


 ④エロに寛容かつ無防備でラッキースケベ多発する

 女生徒が十八禁とまでいかないグラビア雑誌(当然男性がモデル)を回し読みしたり猥談をしている時に通常男子は


「最低だよね」

「ああ、気持ち悪ぃ」

「本当に女って不潔だな」


 という反応がほぼ全てである。だが詩季の場合は違う。

 クラスメートの友田とその友人たちが盛り上がっているところに入って行った時の事である。

 最近では友田は詩季のそこそこ仲の良いクラスメートポジションを獲得しつつあり、詩季としても熊田や川原木といった男子生徒だけじゃなく女子ともコミュニケーションを取って青春を謳歌したいので需給の一致であった。


「ねぇねぇ友田さん、この人痩せ過ぎじゃない? こういう人がモテるの?」

「え、あ、モデル体型だから、こ、これはこれでって感じ? 好みによるかな」

「そ、そうそう。ぽっちゃりが好きな人も多いし、私は普通くらいが」

「へぇ。まぁ好みなんて人それぞれだしね。あ、こっちは凄い鳩胸。これがセクシーな感じ?」

「う、うん。鳩胸好きは多いかも。こ、暦君ってこういうの平気なんだね」

「まぁお姉ちゃん達はもっとモロ出しなの持ってるしねぇアハハ。あ、お姉ちゃんたちには内緒だよ?」

「も、もろち」

「勿論っ」

「ウチってパソコンが家族共用のしか無いしテレビも居間と妹の部屋のゲーム用しかないからエッチなの見たかったら本になるみたいなんだ。買って読むのはまぁ良いんだけど妹の教育に悪いからちゃんと隠してってこの間怒ったんだよ」

「き、気持ち悪いとか思わない?」

「え、全然? まぁそういうもんなんだろうし誰だってエッチなの興味あるでしょ。あ、でも他の男のアレは全く見たいと思わないねぇ」

「へ、へぇ」

「そ、そうなんだぁ」


 ことほど左様に詩季は『この世界の女子の理想』を詰め込んだかのような少年であった。それも詩季にとっては自分自身どこにでも居そうなモブ顔だが、この世界の美醜感覚で言えば「非の付け所の無い美形」である。女子の多くは恋心や憧れを、性的に好みじゃなくても崇拝対象となりかけている。

 一方で男子からの評価は色んな感情が絡み合い、良くも悪くも分かれがちなのだが詩季と接点の有る男子からは概ね良好な評価を得ている。


 この世界で、男子の中でもカースト上位の場合特にプライドが高くなる傾向が強い。

 同性とのやり取りの水面下で特に「美しさ」で優位に立つ事に執着するのである。他にも身に着けているものや親などのステータスなども総合的に絡んでいくのだが、詩季はそれらの競争とは隔絶した地位にいた。


 本人は誰とも比較に出来ないレベルでの美貌を備え運動神経は並だが成績は良く親も有名企業の重役でお坊ちゃまな筈だがそれも鼻にかけない。身に着けている物や所有物も普通である。性格は基本的にヘタレなので傍から見ると穏やかで負の感情も見あたらないというのが無闇に敵を作らない結果に繋がっていたのである。



「詩季は完璧超人だな」

「はぁ? どこが?」

「そういう所だね。君は良いところにお婿さんに行けるよ」

「意味が解らない。完璧って言ったら僕の中では一番上のお姉ちゃんだけど」


 休み時間に男三人で雑談していた。


「春姫さんだっけ? そんな凄いのか?」

「夏紀先輩や秋子先輩だって文武両道で凄いと思うけど」

「二人は凄いっていうかおもろい姉ちゃんって感じだからなぁ。春姫お姉ちゃんは何でも出来る大人の女って感じ」

「へー」

「一度見てみたいなぁ」

「だな」


 暗に家に遊びに行かせろ、という視線を向けられる詩季。だが今は冬美の習い事の件で立て込んでいるので家に招くだけの余裕が無い。ただ良くしてくれている友人たちの願いを何度も無碍には出来ないのも人付き合いに自信のない男であったので妥協案を提示する。


「あー、今日帰りに妹の習い事の体験入学に春姫お姉ちゃんとついてくんだ。駅前で会うから一緒に行く? 挨拶程度しか時間ないと思うけど」

「良いねっ」

「ヨッシャ!」


 この世界の男性がいくら男性優位社会で育ち女性に嫌悪感を抱きやすい環境にあるとはいえ、完全に異性に興味が無いわけではない。性欲も有れば憧れも大抵ある。だが、その憧れや理想が凄まじく高いのである。

 ただでさえスペックの高い暦家次女三女の上を行くと身内が言うのだから期待は鰻登りである。


「暦君、三人でどっか遊びに行くの? もし良ければ私たちも」

「部活はどうした」

「川原木が言うなよ」

「俺は治療中だし」


 肩をすくめる川原木。


「僕は一番上の姉と妹と一緒に柔道場見に行くんだ。そんでこの二人が姉を見たいっていうから、途中まで一緒にって話」

「柔道場? どこ?」

「駅前の友田柔道場ってとこ……あれ? もしかして友田さんの家?」

「有り難う!」

「え、いやまだ通うとは決まってないんだけど」


 友田智恵子はこれで更なる接点が出来ると神に感謝した。汗臭い・野蛮とネガティブイメージのあった柔道を頑張ってきた甲斐が有ったとロッキーのポーズを取り詩季達をビクっとさせる。


「神様有り難う!」

「智恵子、落ち着け!」

「ちょっと落ち着かせてくるから!」

 

 智恵子の友人二人が智恵子の腕を抱えて教室の外に消えていく。


「友田さんって面白いよねぇ」

「詩季、あいつと絡むの止めようぜ? なんか怖ぇよ」

「同感。基本読みやすいけどたまに斜め上なんだよなぁ」

「明るくて良いと思うよ」


 王子は良い意味で明るい馬鹿が好きなのであった。



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