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幕間 節子とデート 中篇

 二人が出発したのは朝食後の午前九時。


「じゃ、行ってくるわね~」

「行ってらっしゃい。気を付けて」

「は? ……ああ」

「さっさと行ってさっさと帰ってくると良いさ」

「……いってら」

 

 春姫以外が嫉妬からだろう、眉間に皺を寄せての見送り。


「ごめんね、洗濯とかお願いしちゃって。夕飯の準備までには帰って来るから」

「帰ってからだと疲れるだろうから夕飯の準備も心配するな。気にせず楽しんでおいで」

「俺らも手伝うから安心しろ」

「お土産は詩季君の笑顔さ」

「車……気を、付けて」


 詩季が言うと露骨に態度の変わる娘達に苦笑いを浮かべつつ今日はそんな人気者の詩季を独占出来ると胸が躍ってしまう節子。

 二人は電車で中心街に向かった。


「詩季君は何か欲しい物とか有る?」

「ん~……特に思い浮かばないんだよねぇ。取り敢えず買い物ならローフト行ってみない? 行ったことないけどなんか色々有って楽しいって聞いたから」


 ローフトとは雑貨や服飾品など様々なテナントが入った商業ビルである。何となく見て回るだけでも楽しめるだろうと詩季は考えた。


「そ……そうね!」


 しかし一瞬言いよどんだ節子に首を傾げる詩季。


「ん? どうかした?」

「何も? ナイスアイディア過ぎてビックリしただけよ!」


 節子は誤魔化すように歩き出した。そしてその様子に流石に天然の詩季でも何かを察する。


「あ」


 きっとローフトでの思い出か何かが有ってそれに対して自分は「行った事がない」と言った事に節子は悲しみを覚えたのかもしれない、と罪悪感を覚えたのだ。


 実際節子が一瞬言い淀んだのは、ローフトに昔詩季と訪れた際にデートだデートだと喜んだのに実際には「十メートル以内に近付くな。支払いと荷物持ちだけやっとけ」と昔の詩季に拒絶されながらも不毛な買い物をした思い出が甦ったからである。アラブの富豪に付き従う召使いのようであったと己でも思う。

 そして前もって会社で息子とのお出かけを自慢していたため翌営業日の会社では「息子さんとのデートどうでした?」「さ、最高だったわっ」という胸抉る会話が幾度も交わされそれもまた辛い思い出と言えた。


 あまりに酷いエピソードではあるが、この世界の男子で性格が悪い部類になると平気で有り得る話であった。


「あー、お母さん」

「ふぇっ?」


 そんな記憶が無い詩季はせめて沈んだ節子を浮上させねば、とその手を取って繋ぐ。


「嫌じゃなければ。デートだし」


 己の手を握り、上目がちに笑顔を向けてくる詩季に節子は感動を覚えざるを得ない。


「絶対この手を離さない」

「アハハ、映画みたい。まぁ無理の無い範囲で」


 女親の夢がそこにあった。



 二人はビルの下から順に見て回ることにした。地下と一階はパチンコ店のためスルー。


「お母さんはパチンコとかやらないの?」

「付き合い以外でやったことないわねぇ。ただ昔のアニメとかマンガとかが題材なのを見るとちょっと興味は湧くかしらね」

「あー、うるせぃ奴どもとかパトレイパーとかエパァとか見てみたいかも」

「あら、随分古いの知ってるのね。私も好きだったわ、うるせぃ奴ども。私って基本的にギャンブル苦手なのよねぇ。仕事で気を張ってるからかプライベートじゃ疲れることしたくないのよねぇ」


 家での節子は基本的に家事も何もやらない稼ぐだけの女である。子供達は裕福な暮らしをさせて貰っているのを知っているから特に文句もなく春姫を除けば意見を出来る者は居ない。春姫にしても「あまり働き過ぎて体壊すな」という事しか言わない。そういう意味では理解の有る子供達と言える。

 仕事における節子は子供達が想像出来ない次元に居る。その気性は烈火の如く。敵に回った瞬間に競合他社は退くか全力を強いられる存在である。

 その反動か家では「あ~お酒最高~」だの「ふんふふんふ~ん♪」などと鼻歌歌いながら呑んだくれている大黒柱である。子供達をからかったり遊んでるのを眺めたりするのを至上の喜びとしている。

 そんな気性の節子でも事件前の詩季に対しては特に思春期に入ってからは手が付けられず接し方も解らず家に帰るのも気が重かったのだが今は「NO残業デー? 何それ意味解らないわ。残業なんて無くて当たり前よ!」と言ってはばからず、限られた時間で成果を上げてアフターファイブを充実させたい現代っ子な部下達の士気も成績も鰻登りである。


「二階は、時計とかアクセサリーか」

「何か欲しいの有る?」

「いやぁ」

 

 詩季は母親に集るつもりもないがあまり断り過ぎてもと思って見渡すも特に心惹かれない。見渡せばそこかしこで男がなにやら女に買わせていたり女を立たせて男が真剣にショーケースをのぞき込んでいた。


「詩季君」

「熊田君、奇遇だね。本屋?」


 詩季を見つけたのは同級生の熊田。本を買ったらしく手には本屋の手提げを持っていた。


「そう……だけど、えーと」

 

 詩季と手を繋ぐ節子を明らかに訝しげに見る熊田に少し怯む節子。見た目は怪しい訳じゃなくむしろ垢抜けたファッションとスタイルが格好良いと好意的に評されるであろう節子であるが部下以外の男に対して全く男慣れしていない女である。

 部下に対してもあくまで部下として接する事が出来る程度の話で初対面の年頃の男子高校生相手にどう接したら良いのか解らなくなる。そもそも保護者としての経験値が足らなかった。

 

「あ、僕のお母さん。お母さん、同じクラスの熊田君。仲良くして貰ってるんだ」


 固まっている母親に苦笑しつつ詩季が紹介する。


「はじめまして、熊田です。そう言えば先輩達と雰囲気似てるね」

「そうかも。でも冬ちゃんのが雰囲気似てる気がするんだよね」

「あー、詩季君の家族談義は止まらんから今日は遠慮しとく。でも本当に詩季君は家族仲良いんだね。僕は母親と一緒に手繋いで歩くとか想像も出来ないよ」

「まぁね。ウチは皆仲良いんだよ。良いでしょ」

「まぁそんだけやりゃ僕の母親も喜ぶんだろうけど僕には無理だわ。あー、でも詩季君のお母さんくらい格好良ければ違うのかもね」


 見せびらかすように繋いだ手をふりふりする詩季。詩季からすると母親と手を繋いでいるというよりも美女と仲良くデートしている感覚であり浮かれ気味である。

 この世界の年頃男子にありがちな「母親と買い物? 有り得ない。しかも手を繋いで? うわキモッ!」という感覚が詩季にはない。むしろ息子が母を慕う状況は周囲からも節子が羨ましがられるというのを詩季は最近やっと察したので大手を振って外出お手て繋いでのデートに発展しているのである。


「い、いつも息子がお世話になってます」


 やっと挨拶が出来た節子。詩季のクラスメートと偶然会うということも想定内だったのに対処が遅れた事を悔やむ。


「いえいえ。いや、てっきり詩季君が大人の女性に拐かされてるんじゃないかと心配になっちゃって声掛けちゃったんです。すみません」

「え、僕はそんな子供じゃないんですけど」

「いや、結構ぽやぽやしてるから」

「え、超俊敏ですけど」

「それは無いね。まぁ母親と一緒なら心配無いけど詩季君はもうちょっと警戒心を持った方が良いよ。先輩達が心配するのも解る」

「え、超しっかり者ですけど」

「いや、それは無い」

「無いわねぇ」


 思わず同調してしまう節子。今の詩季は真面目で明るく楽しい子、なのは確かだがどうにも女に対する警戒心がゼロにしか見えない。

 詩季にしてみれば相手が余程生理的に引くような相手でなければ「カモンッレッツドゥイット!」な訳だが元々が女に縁のない人生を送っていたので入れれば爆釣確実の釣り堀を前に投げ入れ方が解らない状態なのである。


「あれ。デート相手けなすとか無いんじゃない?」

「あ、ご、ごめんなさい」

「詩季君、あんまり邪魔してもなんだから、また明日ね」


 二人の様子に本当に母親なのだろうと納得した熊田は挨拶し去っていった。熊田はモデルのような成人女性が天然ボケな詩季と仲良さそうに手を繋いでいたのでてっきり「年上の彼女? それだったら良いけどもしや何か騙されてたり……詩季君ならないとは思うけど援助交際?」と心配になり声を掛けたのである。ちなみにこの世界では援助交際と言えば当然の如く「男が女から金銭を得て性的な行為を行う」ことである。


「僕は超しっかり者ですけど?」

「あわわ、ご、ごめんなさいっ そうよね、詩季君はしっかり者よねっ」


 折角ここまで順調だったのに臍を曲げられたらたまったものではない節子は焦って謝る。


「じゃ、お詫びにこれを買って?」

「何でも買ってあげるわよっ」


 値段も確認せず買い与えようとする節子に、母よ少しは自重しろと心の中で突っ込む。


「このC-SHOCK」


 詩季が指さしたのはGASIO社製の多機能ウォッチ。白をベースにされているが詩季が前世で子供の頃に憧れたモデルに似ていた。


 値段はペアで5万円と節子にしてみれば決して高いものではない。時計と考えればむしろ安価な範囲だとさえ思える。前の詩季にはもう一桁高い物を付き人状態で買わされた身としてはむしろ文字通り安い買い物である。

 

「い、良いわよ? も、もう一個はどうするのかしら?」


 だが片方を詩季が身につけるとしてもう片方を誰か好きな相手へのプレゼントだとしたら節子は笑顔で血涙を流すであろう。


「二人で着けない? それともお母さんには安っぽ過ぎるかな?」

「こ、これが良いわ! ありがとう詩季君っお母さん嬉しいわ!」

「いや、買って貰うのは僕なんだけどね。え、だよね?」

「勿論よ! 息子とペアウォッチとか最高!」

「お母さん、ちょっと声抑えてっ」

「ご、ごめんなさい」

「もうっ……まぁ僕もお揃いだと嬉しいかも」


 この世界においては天然の女殺しである詩季の面目役如。売場で盛り上がる節子とその様子と会話を聞いていた周囲の女性客や女性店員からは「爆死しろ!」と念を飛ばされていたが節子から大量放出される幸せオーラがそれを寄せ付けない。


「……もう死んでも良いわ」

「冗談でもそういう事言うのやめて」

「ご、ごめんなさい」


 節子はその日から風呂で体を洗う時以外その時計を肌身離さず身につける事になる。



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