ときとき メモリアル
車が停まると香菜子は、広大な敷地の中の武家屋敷の、これまた高級旅館か、というほどの広さの玄関に通された。
荒木と名乗った女性は見たところ、武器を持っている香菜子でも制する事が出来そうではあった。
ただ、その両脇を固める黒服二人を見て、思考を悟られないよう視線を動かさないようにする。
恐らくは暦家の誰か、それこそ節子か春姫でもなければ相手にならないであろう猛者の空気を肌で感じた。
「御館様はこちらでお待ちです」
しばらく歩かされ、着いた先はこれまで見た建物の一部としては異質な、縦横三メートルはあろうかという重厚な扉。
十鬼の文字がその両扉に黒鋼で打ち付けられていた。
「趣味悪」
扉を見上げ呟く香菜子に荒木は一瞬眉間に皺を寄せつつ気付かないふりをし、黒服に扉を開かせた。
「よう来たなぁ! 道中えらかったやろぉ?」
香菜子は憮然とした表情のままその声の主を見すえた。
見た目三十代前半と言ったところの女が、和装で椅子に座っている。
女は美しいと言えば美しい、のだろう。しかし香菜子はその顔に違和感を覚える。
見知った人物に似ているという可能性は考えていたが、そうでもなかった。あちらは合法ロリ婆でこちらは美しくはあるが常識の範囲で老化に抗っている印象の女である。
思い当たるロリ婆との共通項があるとすれば、その人を見据えようとする強い眼光。
しかしこちらは大分、湿気の籠ったネットリと絡みつくような視線であり、他者の視線など全く普段気にしない香菜子をして、不快にさせてくる。
「えらかった?」
褒められるような何かがあったとは思えず、聞き返す。
「ぁん?」
不快気にではないが、不審げに香菜子を見る女。
荒木がスッと口を挟む。
「標準語ですと、大変だったや疲れるとかそういった意味です」
荒木の解説に「あぁ」と納得する二人。血が繋がっている筈がないにも関わらず、どこか似ている、と荒木は眉間に皺を寄せる。
こんな暴君に似た人物などこの世に二人も居て良い訳がない、と。
「ふぅ、ん。そこ、そこ。こんにち、は。香菜子、です」
「おぉ、ちゃんと挨拶出来て偉いなぁ? 我がおぬしの叔母の朱鷺じゃ」
キャンプの時に知らされていた。凛の元恋人の本妻にして十鬼家の現当主がそう親しげに香菜子に告げ、その手を取った。
そして、香菜子は振り払うこともなく頷いたのであった。
「で、どんな人なの? その十鬼財閥の一番偉い人ってのは」
日曜日の朝、いつも通り詩季は紋女の寝室を掃除しながら問いかけた。
「……分家から本家に嫁入りした奴なんじゃが、まぁ、碌な奴じゃないのぅ」
ベッドに寝ころびタブレットでゲーム(FCO)に課金しながら眉間に皺を寄せる。目当てのアイテムが出ない。
「十鬼朱鷺の才はどうか分らんが、少なくとも周りは優秀どころの騒ぎではないからのぅ」
更なる課金でのガチャを一旦止め、詩季のお尻をニヘラとだらしない表情で眺め始める紋女。
「トキトキ? え? トキトキって名前なの?」
ピタリと動作が止まる詩季。
「うむ。十鬼家の朱鷺、漢字は鳥の朱鷺じゃ。嫁入りする前は当然別な姓でな。血縁上では我の腹違いの兄の嫁じゃから、縁が切れてなかったら義理の姉に当たる訳じゃな」
男子が家を継ぐ、ということが稀なこの世界。優秀な嫁を迎え入れ家を継続させるのが常であった。
「トキトキ?」
「マキという名の女が伊達家に嫁ぐと『だてまき』になってしまうのと似たような悲劇じゃな。お、そう言えば、佐々木早紀という同窓生が居たが、親が離婚した後だったのぅ。
無難な名の筈が、一歩間違えると悲劇になるとは誰も思うまいなぁ」
「いや、トキトキって。いつか会った時のこと考えるとドキドキしちゃうよ」
「本人が聞いたら間違いなく血が流れるのぅ。カッカッカ!」
二人はその後、メチャックスをし、一方香菜子はというと、姿を消した。




