夏休み おぼん
「あのねぇ……」
夜中。
詩季は腹部の重みで目を覚ますことがある。
それも、この夏に入ってから。
「クロノ……あのねぇ」
「ニャー」
黒猫のクロノ。暦家の飼い猫である。
彼は詩季を暦家のボスだと認識しており、基本的には従順だ。
こと、餌と空調に関してを除いて。
その証拠とばかりに乗る前に運んだのか、エアコンのリモコンが詩季の胸元にあった。
「暑いなら僕に乗らないで他の部屋にでも行きなよ……」
詩季は基本的にクーラーが苦手である。前世ではそもそも家にエアコンを付ける余裕が無かった故の習慣も影響していたが、今の体は若干冷え性でもあるため、共有空間以外では極力エアコンの風に当たらないようにしていた。
「ニャー」
クロノは抗議のつもりか、ペチペチとリモコンを叩く。
「もう……冬ちゃんに押し付けよう」
暦家の中で、一番冷房を強くするのは冬である。毛皮に包まっているクロノにもちょうど良いだろう、とクロノを片手で持ち上げて移動する。
そして、冬美の部屋の前に立ち、起こさないよう静かに扉を開けると、
「わわっ!?」
冬美が立っていた。
「……ウェルカムとぅマイわーるど」
寝ぼけ眼で。普段から半目がちで眠そうな目をしているのが更に2割増しであった。
「起きてたの?」
「き」
「き?」
「えなじー、動いた、から」
気? 気なのか? 気って何? エナジー? どこの戦闘民族?
詩季は毎度の事ながら、暦家の謎仕様に疑問が浮かぶが眠気もあって放置する。
「クロノが冷房付けろって煩いからお願いしていいかな? 僕、冷え性だからさ」
「らじゃ」
そう快諾すると、詩季とクロノを部屋に招き入れる。
「ありがとう。ごめんね」
「いい」
クロノを受け取ると、冬美はクーラーの真下の一番風が当たる場所、本棚上にクロノを設置すると、クロノはクロノで丸まって寝始めた。よほど熱が毛皮にこもっていたらしい。
「お兄ちゃん、そっち」
「え?」
詩季の腕を掴み、力を感じさせぬ体捌きで詩季をベッドに押し込む冬美。重心に少し干渉し重力との合わせ技で詩季をベッドに寝かせた。
まさに技術の無駄遣いと言えよう。
「いや、あの。クロノだけで」
「暖める」
冬美はそういうと、詩季の頭を抱えるように抱きつき、寝息を立て始めた。大分、寝ぼけていたようである。
「……まぁ、いっか」
いかがわしいことをする訳ではなし、しかし側頭部に感じる微かな膨らみに気恥ずかしさと、妹の愛らしい行動に幸せを感じつつ、詩季も眠りにつくのであった。
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「動いたと思ったから何かと思ったら」
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「冬君、ずるいさ」
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「俺ももっと冷房強くしとけば良かった」
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それぞれの部屋で、『気』を感じながら何が起こったのかを察した三人は、それぞれ呟くのであった。
翌朝。
「え?」
昨夜のことを覚えていない冬美は、明け方、困惑していた。
「ん?」
記憶に無いものの、兄の頭を抱え、いい匂いがしたからであろう、頬ずりしていたところで目が覚めたのである。
夢の中では詩季にあれやこれやと十八禁な展開を繰り広げていたのだが、
「おはよぅ。冬ちゃん」
詩季がへにゃりとした寝ぼけたままの表情で己の頭を抱えている冬美を見上げる。
「ぅぁっ……んんん?」
その笑顔に目がくらみ、動悸を抑えられない。
「いつの間に、服を着たの?」
「……え?」
夢と混同していた冬美にとっては自然な質問だったが、当然詩季には意味不明であった。
「脱がす」
「……はい?」
本格的に寝間着を脱がしにかかる妹に、詩季も慌てる。詩季の肉体は若い。とある部位が本人の意思とは関係なく反抗期に入るのが日常だからである。
さすがにそれを年頃の妹に知られるわけにはいかない、という判別くらいは付く兄である。
「は?」
兄の不思議そうな反応に、同じように返す冬美。
「ちょっと待った」
まだ早い。君は子供だ。流石に色々問題がある。
そう詩季は諭そうとするが、
「男は黙って女に従うべき」
世の男性が聞いたら一斉攻撃してきそうな、この世界ではかなり過激なことを告げ、詩季の上着に手をかける。
パァーーーーーーンッ!
パァーーーーーーンッ!
パァーーーーーーンッ!
と、衝撃と乾いた音が冬美の側頭部を襲った。
「冬美。お前はまだ中学生だろ。だから詩季との同衾もギリギリ許したが、もう駄目だな」
「気が動いたと思って来てみたら、朝から詩季君の寝こみを襲うとはいい度胸さね」
「お前って、多分この家で一番アホだよな」
いつの間にか部屋に侵入していた姉三人が一本のハリセンで華麗にリレーの如く末妹の頭を代わる代わる叩いたのであった。
「……どりーむずかむとぅるぅ」
やっと覚醒した冬美に大した痛みはなかったものの精神的に脱力しつつ、妙に前向きな言葉を残してベッドに沈んだ。元々寝起きが悪いことも影響している。
「夢は叶うって、百年早ぇよ」
夏紀の呆れ声に、
「いや、あと5年くらい? じゃない? 冬ちゃん、中学生だし」
すっかり覚醒していた詩季が笑うように答えた。
「え? 何言ってんのこの弟? え、マジ? 俺は?」
「詩季君、私は既に18歳になってるさ?」
「詩季、私は既に成人なのだが」
冬美の拘束から抜け出した詩季は、エアコンの真下から動かない愛猫を降ろしつつ、ニヤリと姉たちに向かって悪い笑みを浮かべる。
「30歳まで純潔だと、魔法使いになれるらしいよ?」
朝からなんて弟だ冗談だと言ってくれ、と、戦々恐々となる姉達であった。
おまけ
詩季「クロノがここ最近よく、何も無い空間見てるんだよねぇ」
秋子「お盆も近いさね」
春姫「祖母あたりが詩季目当てに前乗りしてるんじゃないか」
夏紀「あー、会ったことねぇけど、あの母の親なら何でもアリっぽいよな」
詩季「いや、霊的なもの前提なんだね」
冬美「大丈夫。幽霊ごとき、気合で消す」
ゴドンッ
詩季「……なんで、テーブルの上に置いてたポットが落ちますかね? いや、本当に! 止めてよ昼間から!」
春姫「誰か解らんが親族の気だから、消すなよ」
冬美「不承不承、らじゃ」
詩季「だからその気ってさぁ! 気ってさぁああ!!」
ある意味賑やかなお盆となった。




