幕間 アクア リウム
詩季が友人達と交友を深めている一方で、
「しひふんほ……ひひふんぉ……でぇほ」
酷い扱いをされた筈の秋子はでっろでろになっていた。
「うわっ! 何これ!?」
「会長!? 会長!?」
「まだ麻薬は合法化されてませんよ!?」
全身が脱力し、涙と鼻水、そしてよだれを垂れ流し出した秋子。その場に居合わせていた生徒会役員達は驚愕するのも無理は無かった。
その驚愕具合は人類が本能で制御している身体能力の枷を木っ端微塵にし一瞬のノーモーションで秋子から2メートルほど飛び離れるほどであった。
人類共通の敵『G』以上の恐怖感を秋子は与えてしまう状態であった。
「な、何があったのかは解ってるけど、これは……」
「確かに弟さんは天使だけど……これは」
「いや、無いわ……きもい」
一瞬でそれまで培ってきた尊敬を失うほどの、パワー。
圧倒的、威力。
悪魔的、醜態。
下半身からは何も出ていないであろうことが救いである。少なくとも表面上は。スカートで隠れている部分については他者に解りようがない故の僥倖。
それほど秋子の表情は危険であった。
それまで宇宙人とのクロスライセンス超合金と言われていた秋子の鉄面皮が、子供が遊びで作った巨大プリンのように一瞬で自壊したのだから、秋子を慕って集まったはずの生徒会役員達にとっては己の目が信じられる訳がない。
「はっ!?」
と思いきや、瞬時に鉄面皮に戻り立ち上がる元巨大プリン。大きな胸部装甲だけをプリンのままプルンと揺らして立ち上がる。
「ひっ!?」
「な、な!」
「に、逃げ」
スライム的モンスターが飛び掛かってくるような錯覚を覚え役員達は身構えるも、
「所用さ! あと宜しく!」
そのモンスターはその言葉だけを残像に窓から飛び降り消えたのであった。
「こ……ここ、四階!」
唯一ツッコミの言葉をつぶやいたのは、秋子の表面的な魅力に対する憧れしか持っていなかった新一年生の役員だけである。
「あー…………あの人、と今年卒業したあの人の姉は、弟さん絡むと空飛ぶから」
スライム化した表情を見てしまった新一年生役員は、素直に信じたのであった。
詩季はデート気分を味わおうと友人達と別れ、速攻で時短料理を仕上げてラップ掛けし家を再度出た後、駅前に居た。
待ち合わせ場所は駅前によくある謎のオブジェ前(タイトル『平和』)である。
詩季にとっても既に風景の一部となっているオブジェは二体の人型が向き合ってそれぞれの頬に手を当てている。
「ビンタしてるようにしか見えないよね、これ」
詩季の考え過ぎである。もしくはいかに詩季の心がひね曲がって千切れている証左。
「ま、待ったかい?」
「待ってないよ?」
そして瞬間移動のように背後に立たれても驚かなくなった詩季。日頃の修練の賜物である。もはや『姉が絡むと次元が歪む』と本気で心のどこかで受け入れているためである。
「わ、私なんか待ってない、というオチなら他の姉に頼むさ?」
「あはは、そうだね。春姫お姉ちゃん分に取っておくよ。お疲れ、急にごめんね」
「はぁ~~~~」
詩季の屈託のない笑みに秋子は安堵の息を漏らす。どうやらいじめっ子モードではないらしい。小悪魔な詩季はそれはそれで味だが秋子に春姫のような性癖は無かった。
「詩季君は度々私を心筋梗塞にするさね」
「心臓は超合金じゃないんだね。鉄面皮なんて言われてるのに」
「心外さね。流体金属さ」
「何それ格好いい。どんな性能なの」
「レーザーくらいならシュボンと無力化。物理無効さね」
「あはは、殴っても利かない奴だ。無敵じゃね?」
だが果たして揉みしだかれたらどうかな? と詩季は心の中で黒い笑みを浮かべる。
「いやいやいや。春姫姉さんが殴ってきたら着弾前に風圧で消し飛ぶさね」
「なら僕が庇うよ。春お姉ちゃんからなら守れそうだし」
「詩季君なら大抵の物理が訴訟を恐れて逃げていくさ」
「欧米か!」
「ここはにほ、じゃなくジャパンさ」
「欧米か!」
詩季がツッコミで秋子の胸に軽くチョップを入れつつ、すぐに腕を絡みとる。ふよん、とした感触詩季の手刀を包み込む。至福である。福に至っている。紋女にはほぼ無い柔らかな双球。紋女がコピー用紙だとしたら秋子は小玉のスイカくらいはある、と詩季は込み上がるリビドーを必死に抑える。 具体的には珍しい何かのポジションをポケットに手を入れてそっと正す。
胸を触られた秋子もその微妙な刺激に鼓動が激しくなる。
この世界における女性の胸は一種の性的な部位であり、男性も無闇にみたり触ったりしてくる場所ではない。これは詩季が元居た世界における男性にとっての胸や尻に対する感覚に近い。感じる人は感じるし、尻にいたっては拒絶感を持つ人間も居る、微妙な部位と言えた。
「じゃ、行こうか」
「詩季君、何かリクエスト有るかい?」
「ナンデモイー」
出た! 一番困る奴だ!
秋子は震えた。
この世界の男が言う『何でもいい』とは『俺が食べたい物なら』という枕詞が隠されている、というのが暗黙の了解、この日本での常識である。
そして秋子はアクシデントに弱い。
「ふっふっふ、さ」
だが、近頃の秋子は違う。詩季誘拐事件以降、己の弱点を克服すべく日々精進してきたのである。それこそ寝る間も惜しんで。そして、体力消耗を危惧してセルフバーニングも極力控えていた。週に7回から驚異の6回にまで減らしてみせていたのだ。
詩季が心許した相手でなおかつ惚れられていると自覚している相手に無理難題やら微妙な弄りを繰り返すのは秋子も見てきているし実体験も有る。
故に、秋子の震えは言わば武者震いという奴である。
「その不敵な笑み……何か面白い考えがあるんだね?」
秋子の表情に自信を読み取った詩季。どこからも上から目線の嫌な奴である。が、あくまで愛ある弄り癖なので害は無い。あまり無い。
「まーかせてー、さっ! 実はもうディサイディドゥ! 聞いただけさ!」
解る人にしか解らない変なポーズを取った後、衆目を気にせず詩季をエスコートするのであった。
そして着いたのは。
「ほほう……なんとも趣深い」
「意外と穴場なのさ」
「アキはよく来るの?」
急な名前呼びにむず痒さを感じながら、。
「そんなに来ないさね。年に15回くらい?」
「いや多いし表現おかしいから」
二人が訪れたのは水族館。こじんまりとした施設で駅三つほど離れた場所に新しい大型水族館が有るため普段の客足もかなり鈍い。その代わり、入館料も大人200円、子供50円と格安で地元民がふらっと来るような場所であった。
「夜もやってる、訳じゃないよね。紋女パワー?」
職員用出入口から職員と軽く挨拶だけ交わし、手土産らしき物を渡した秋子に詩季は尋ねる。
「今更だけど出来るだけ紋女さんに借りを作りたくないさね。ここは卒業した先輩の家が道楽でやってて、さっきの人がその先輩さ。今日は無理言って残業の間だけ」
「へー」
大人が四人も歩けば一杯の通路に沿って並ぶ水槽。
二人は証明が最低限の照明と水槽からさざ波のように優しくそそぐ青い光を浴びながら手を繋いでゆっくり歩く。
「お。マンボー居るってすごくない?」
「円筒に入れられて可哀相さねぇ」
「水族館でそれ言っちゃ駄目でしょ」
一応の一押しであろうマンボウは、立ち止まった二人の前でえんえんと周り続けている。
そっとその水槽に秋子は手を当てアンニュイたっぷりに呟いた。
「私は紋女さんに用意された筒に入ったマンボウみたいなものさ」
「その筒、多分純金製だよ」
それほど深刻さは無かったので詩季も適当に乗る。
「純金がなにさ。この顔面はリトルグレイとの共同開発さッ」
「あ、割と気にしてる?」
「そうでもないさ。ずっとこの顔と付き合ってきたわけだし。せめて冬君みたいに無表情でも感情表現豊かなら良かったと思わないでもないさね」
詩季は昨今の秋子の多忙を知らないわけではなかった。学業・生徒会・文芸部と学生としてはただでさえ忙しいであろうに何やら他にもやっているであろうことを察していたからである。敢えて聞くことはしなかったのも、自分が誘拐された後からの変化だけに後ろめたさから憚られた面もあった。
「感情表現ねぇ……家ではそうでもないんじゃない?」
「まぁ、学校や外よりは緩んでるさね?」
「今もほら。楽しそうだよ?」
詩季はマンボウと自分たちを隔てるもう一つのガラスを指さす。
「……ふ」
ガラスに映った己の顔を見つけ、秋子は思わず苦笑いを浮かべる。
「ほんとさね」
今度はマジマジと己の顔を眺める。
秋子はふと、考えることがあった。
あの時、詩季が誘拐された時に己の取った行動が最善だったのか、と。
その時は最善だと思った、と言えるほど冷静さは無く、やったことと言えば他人を、それも愛する弟の友人や自身の姉を鉄砲玉に仕立て上げただけだ、と考えている。
罪悪感は有る。だが、それ以上にもっと上手くやれなかったのか、という後悔。そして後悔からの検証。そして考察。また、検証。
出たとこ勝負では駄目なのだ、と。
秋子は検証に検証を重ね、熟考し、改善し、常に準備しなくては暦家の誰よりも劣る、そう強迫観念にも似た感覚が本能にまで刷り込まれている。
もっと賢く。もっとしたたかに。
春姫のように強く賢く。
夏紀のように熱く鋭く。
冬美のように一途に。
秋子は姉妹に負けない何かを探していた。
「僕は秋お姉ちゃんは楽しくて好きだよ」
詩季の独白じみた告白に秋子はふいを突かれた。
好きだと言われたが、あくまで『姉』を強調されたのも瞬時に理解した。
嬉しい、は、嬉しい。過去になかなか得られなかった、弟からの家族愛。拒む訳もない。ただ、少し物足りないだけ。だが、今の自分、過去の自分にはそれ以上は過分なのだろう、とどこかで納得もした。
「頑張ってるよね。いろいろ」
「ふふ……サンクスさ」
今は最愛の弟の気遣いだけで、十分じゃないか、と思い始める。
充分幸せじゃないか、と。
「疲れが溜まってるんじゃない?」
「そうでもないさ。けど、そろそろあそこのベンチでご飯食べないかい? コンビニで買ってきたサンドイッチとかしかないけど」
姉と弟の二人。
揺れる水面をすり抜ける光を浴びながら、肩を預けあって夕食を取った。
静かにゆらぐ水面と光。
ほのかに暗い。
だが、秋子にはそれが心地よかった。
完璧超人のような長女
太陽のように周りを明るく、そして熱く照らす次女
宇宙のように未知を彷彿とさせる末っ子
「秋お姉ちゃんがここに来るの解るなぁ」
「気に入ったかい?」
紋女なら大型施設を貸し切るくらいするのだろうが、とまた少し、現時点ではどうしようもない人生の重みの差を思い出し、自嘲する。
「秋子のイメージにピッタリ。僕は好きだよ」
小規模な水族館。詩季には解らなかったことがある。
秋子が気に入っている原因。根源がある。
この小さな水族館は、経営者の趣味というだけあって『見せ方』ではなく『生き方』に注力されていた。
どうやって『より、らしく、在るか』を。
「そっかぁ……そうだと、良いさねぇ」
漏れ出るかのような秋子の笑みに、詩季は己の鼓動が微かに、だがしっかりと高鳴るのを感じるのであった。
そして、食後。
「やっぱり疲れが溜まってるね。マッサージしてあげる」
「ちょえ!? ちょちょちょえええええ!?」
めちゃくちゃ揉んだ。揉みしだいた。先端もしっかりほぐした。
注:肩揉み
詩季の感想としては
『もうね、揉めば揉むほど意味が解らなくなるんですよっ
あれはもうあれですね、〇っぱい! 〇っぱい以外の何物でもないですよ!
確かな肉感なのに中に詰まっているのは液体!? スライム!? でも張りが!
張りがやばいの! 何あれ!? 〇っぱいだけどあれは他の何かだよ!
は!? まさか! エイリアンとクロスライセンスを結んだ流体金属では!』
であったのだが、白昼堂々と聞かされた友人二人は全力で詩季の口を塞ぐのであった。
ごめんなさい、おっぱいあんまり出せませんでした。
本当にごめんなさい。略しておっぱい。




