恋人 愛人
紋女の会社abecobeコーポレーションの本社所在地には、当然のごとく傘下のホテルが存在する。
定期と紋女の都合による突発的な清掃を行っており、密談には持ってこいの場所であり、高速道路のトンネルの中にある避難所からの専用かつ秘密の直通地下通路も有る。
リムジンに乗った詩季ら五人。車どころか、そんな専用道までも用意できる財力と権力を目の当たりにし、まだ十代少女でしかない絵馬と針生は震えが止まらなかった。
あとの三人は談笑していたのだが、詩季の神経の図太さと友人二人の神経の無さに呆れを通り越して宇宙人を見るような思いであった。
詩季の婚約発表で地獄に落ちたかと思えば、これから詩季の婚約者と会い愛人として認められるかどうか、という状況に「チャンスを得た!」と意気込める智恵子と肉山を視界に入れながら、絵馬はまだ若く、感受性に特化しているがそこまで優秀とはいえない脳みそをフル回転していた。
あくまで絵馬が飛びぬけているのは、弱っている人間に対する人心掌握と窮地における判断力であり、まだ窮地とは言えない状況でその能力も機能していない。
針生に至っては、少し斜に構えた見方をしがちなだけで、一般的な若者の域を超えていない。
この二人の反応が一般的なはずであるが、逸般人には解らない感覚ともいえた。そこを密かに楽しむ悪趣味な男が暦詩季である。
「二人とも、大丈夫だよ。紋女さんはそんな酷い人じゃないよ。敵には容赦しないだけだから」
安心させようとする気持ちが一切感じられない重い槍。
「敵じゃないってアピールする方法教えて貰えないかな?」
嫌味ではなく本気でそう問う絵馬を、智恵子は鼻で笑う。
「エマッチは靴を舐められないの? 覚悟が足らないなぁ」
「プライド足らないねぇ。本当に舐めたら僕ともう一生キス出来ないね?」
本気で靴を舐める気か? と詩季は大分不安になった。
「あれ!? じゃあどうすれば良いの!?」
どうしたらこんなにおバカに育つのだろう、と流れ行くトンネルの壁を窓越しに眺める詩季。壁は近いのに遠い目をしている。
「基本、僕が話すから大丈夫だよ。集団面接だと思って何か聞かれたら答えてくれれば良いから」
既に内定済みであり、最終的には詩季に決定権があるので、詩季の考えている通り本当に顔合わせの意味合いしかないため詩季にとっては気楽なものである。
「ああ、ただ絶対に見た目がちっさいとか、ロリババアとか、その口調は時代劇かよ、とかは言っちゃ駄目だよ? 物理で危険になるから」
これから会う相手が、大企業のトップだとは聞いていたがそこまで濃いキャラなのかと耳を疑う四人。だが同時に、詩季が選ぶ相手、と考えれば合点がいかなくもなかった。
「暦様、あの、もうすぐ到着しますが」
壮年の女性ドライバーが見かねてアナウンスしつつ、仕切り越しに何かを訴えていた。
「ああ、はい。解ってますよ~」
詩季は、何度も運転を務めてくれている運転手に向かって笑いながら頷いた。この会話が紋女に聞かれていることなど百も承知である、と暗に示している。
「しかし、五人とはいえリムジンでお迎えってのは、なんかもう成金って感じだねぇ」
「私もお金稼いで詩季君に貢ぐよ!」
「あ、そういうのは間に合ってます」
「何故敬語!? さらになんでそんな離れるの!?」
紋女からのプレゼントも些末なもの、それこそ食べ物などの消え物や、エロエロなことで紋女によって裁断された衣服の弁償以外を詩季は受け取っていない。
それこそ『婚約祝いじゃ』と詩季を宝飾店に連れていくではなく、専門家を呼び出して詩季に会わせようとしたのにも『まだ学生だからそういうのは要らない』と固辞していた。
詩季は基本的に女性の顔を立てる時以外は奢られるのが好みではない。ささやかなプライドが邪魔するためである。
そして、紋女の居る部屋へと案内され、辿り着く。
詩季にとってはたまにある日常。
智恵子らにとっては伏魔殿に潜入するかのような異常事態であった。
案内された一室の前には金で縁取られた表札が掛かっていた。
「馬鹿じゃないの」
以前それを読んだ詩季の感想はこの一言であった。
「……えっと、凄いね」
「紋女と詩季の……愛の巣?」
読み上げたのは絵馬。感想としては詩季と同じである。
「僕のセンスじゃないから。ちょっと頭が可哀相な人なんだよ。さ、入ろう」
先に重厚な扉をくぐった詩季に招き入れられる。
「えっと、エマッチ、先どうぞ」
「いや、前衛が先でしょ」
「盾忘れたし」
「持ってんのかよ、そんなの」
「秋葉原で買ってたよね、智恵子」
どうぞどうぞ、と言いつつ歩み出さない四人。
そんなやり取りを数十秒続けているのを生暖かい目で眺める詩季に、部屋の奥から声が掛かる。
「この程度でビビるようなガキども、要らんのじゃないか?」
「そゆこと言わないであげてよ。いい子達だよ? 僕のことも命がけで助けてくれたし」
慌てて入る四人。
応接セット、天蓋付きベッド、そしてホテルの中にも関わらずオープンキッチンが見えた。
「実績は認めるが、詩季の将来を支えられる人材としてはちっとばかしなぁ」
「まぁまぁ。みんな、そこに座って」
応接セットの上座に足を組んで座っている紋女に一礼しながら座ろうとする四人の内の三人。
残り一人はというと、
「へへ~~~!」
紋女の前にスライディングするように膝まづこうとする。
「お、おい!?」
「智恵子!?」
「馬鹿!」
逆に失礼、もしくは異常者と取られかねない暴挙に驚愕し、反射的にとめようとする三人の前に黒い影が飛び出し、
「ぐぎゃんっ!?」
智恵子を一蹴、3メートルほど転げ飛ばした。
「申し訳ございません! この馬鹿がぁああ!!」
その黒い影は紋女に一瞬で土下座し、次の瞬間には立ち上がってゲシゲシとピクピクと痙攣している智恵子を足蹴にしだした。
「この! 馬鹿! この愚妹! このこのこのこの!」
「千代さん! ストップ! 死んじゃう死んじゃう!」
「こんな汚物は死んだ方が良いのです! 折角大企業に就職できたのに! 高給で雇えて貰えたのに! この馬鹿のせいで!」
見ると、智恵子の姉、友田千代であった。
「おい」
「はっ!」
「飼い主の一人が止めろと言っておるのに、おぬしは何をしとるんじゃ?」
「も、申し訳ございません!」
飼い主、もとい、雇い主である紋女が声を低くし責めた。
「詩季にも絶対服従じゃと言っておったが?」
「申し訳ございません!」
「駄犬はいら、まぁ? まだ日も浅いからな! 気を付けよ!」
土下座で謝り倒す千代をなじる紋女に詩季がジトっとした視線を向けるとすぐに態度を軟化させた。
「さすがは詩季君の選んだお方、お心が広い」
その様子に絵馬は、詩季の寵愛を受けつつ相手を立てれば活路はある、と確信し早速媚びを売った。機転が利く、という意味では四人の中でもっとも優れているのが彼女である。
「ぶ、部下にも寛容ですね」
「お、お肌も艶々でキレイです! 良い肉食べてるんすね!」
絵馬の言葉に乗っかるのは針生、肉を絡ませ斜め上に転がるのは肉山。
「詩季、本当にこいつらで良いのか?」
「面白いっしょ?」
「おかしな奴らだとは思うがな」
愉快だとは言わないのも当然の感覚だ、と紋女は苦笑した。
「なんでお姉ちゃんが居るかな!?」
「就職したからよ」
「学校は!?」
「辞めた。すっごく待遇良いからね。大学行ってる場合じゃないわ」
「なんで言わなかったのさ!?」
「あんたが詩季様と仲良いからとか言ったらあんた調子に乗るでしょ」
「縁故かよ!」
「詩季様のね。断じてあんたのお陰じゃないから調子に乗るなよ?」
意識がいつの間にか回復していた智恵子と千代の姉妹喧嘩は自然のごとく放置された。
「まぁ、あれは放っておいて、座ったらどうだ」
居ずまいを正して、紋女は三人をソファーに座るよう促す。
執事服を着たショートヘアの二十代女性が人数分のコーヒーを出し終わるのを待って、声をかける。
「で、じゃ。おぬしら、よくも来たな……いや。よくぞ来た」
紋女は隣に座った詩季の膝を撫でつつ三人に笑いかける。
その羨ましい光景に嫉妬を覚えつつ、それが表に出ないようこらえる絵馬、針生、肉山。
「我が十鬼紋女じゃ。そっちの黒服は我のボディーガードの一人、おぬしらもよく知っておるだろうが、友田千代じゃ。おぬしらが馬鹿なことをすればこやつの鉄拳が飛んでくると思え」
詩季の婚約者が金持ちなのは想像するまでもなかったが、まさかの『十鬼』の名に戦慄する絵馬。
大企業とはいえそのトップの顔など解らないのは学生にとって普通のこと。だが、十鬼と聞けば財閥、と繋がるくらいには常識であった。
「あ、あの十鬼財閥の……」
「そっちは実家じゃ。我の天敵だと覚えておけ」
一瞬の殺気に委縮する絵馬。
「おぬしらが我の最愛の恋人を救ったことは聞き及んでおる。そして、おぬしらの背景も調べ上げておる。そのうえでおぬしらを呼び出したのだから、警戒する必要はない。おぬしらを詩季の愛人にするうえで、ひとまず合格したからおぬしらはこの場におる」
紋女がカップに口をつけつつ、そう告げる。
「我は忙しい身だ。単刀直入に言おう」
一、紋女と詩季には絶対服従。
二、デートなどの後には報告書を提出する。
三、高校卒業後は大学進学、そして大学卒業後は紋女の指示に従うこと。
四、詩季以外の男との性的接触をもった場合は追放。掛かった費用についても請求する。
この四項目で内容は至極シンプルと言えた。
詩季の愛を受けたければ餌もくれてやるから自分に従え、と。
「進学費用も全員出してやる。その他、詩季に関わる内容については上限は作るが費用として認める」
あまりに美味い話にいつの間にかソファーに座っていた智恵子も含め呆けていた。
「ま……マジすか!?」
肉山が一番反応していた。
肉山姉は大学進学の費用は出して貰えているが、あまりに勉強が出来ない妹には大学など無駄だと判断した肉山親は学費など支払う気がなかったのである。
それは本人にも伝えられておりそれを聞かされた愛は「マジかー」と一瞬凹んだあと、カルパスを齧っていたことがあった。
「言葉遣いに気を付けよ」
「す、すみません!」
「えっと、詩季君に関わる費用というと、どういった内容ですか」
絵馬の問いに紋女は不満げに鼻をならす。
「細かい内容や手続き方法は追って部下から連絡させるが、詩季とどこかに出かける時の交通費やら食事代やらじゃな。もちろんデートした日などは詳細なレポートを出す義務を果たしてもらう」
このプライバシーなど認めないと宣言するかのようなレポートについては詩季が全力で抗った。だが紋女による「このくらい譲歩せい!」と血走った目のカウンターを喰らい根負けしたという経緯があった。
「えっと、れ、レポートっていうのは、セックスの内容、とか、ですか?」
「千代。やれ」
--グギャンッ
「いっぎぃいいいいいい!」
姉からソファーの背を利用した首投げをもろに喰らい絨毯に強打される智恵子。
「愚妹のくせに千年早いわ!」
「ぐぐぐぐぐぐっ」
「喧嘩はあかんでぇ!」
さらにゲシゲシと蹴られる智恵子を哀れに思い、詩季がオカンのように止めた。
「千年はともかく、職に就くまでは性行為は禁止じゃ。事前準備もな」
「えー」
なんとか隠したはずの四人の内心を詩季が吐露した。詩季本人が残念だったのも事実で心が一つになっていただけであるが、若い彼女たちには体も一つになれないのは残念で仕方ないことである。
「えーじゃない。詩季、約束したじゃないか。それにおぬしがしっかりせねば、一瞬で抜け殻にされてしまうぞ?」
「それはそれで」
「我があんなに尽くしておるのだから、数年程度我慢せよ」
若い内から楽しみたいなぁ、と思わないでもなかったのだが、金という力を他の女性のために使わせるのだから詩季も譲歩しなければならない、と理解していた。不満は言うが。
「というわけじゃが……で、おぬしら……どうする?」
四人の答えは無論YESであった。
神妙に、四人とも頭を下げている前に回り込んで両手を腰にあてふんぞり返る詩季に紋女は失笑した。
そして、詩季を残して他四人の帰り際、智恵子が困惑した表情でつぶやく。
「……いつ靴舐めたら良いんだろ」
相手してられない、と他三人は無視し、詩季もまた、どこまで馬鹿なんだろこいつ、と思わされる。
「おい、千代。おぬしがやり過ぎたから妹が壊れとるぞ」
「生まれる前からあんなもんです。お恥ずかしい」
紋女もまた、正しく智恵子を認識するのであった。
ノクターン版では終に紋女が!
※18歳未満は読んでは駄目ですよ!絶対!




