保険 開始
おひさしぶりです。転職したくて色々勉強中なため更新ががががが。
今回はちょっと真面目っぽい本編、最後にいつものおまけがあります。
感想返信は申し訳ございませんが後日させて頂きます。ご理解のほどお願い致します。
紋女の会社ーーもはや大企業であり、分野によっては業界の主軸となりえる巨大グループーーには、保険業を担う子会社がある。
創業時は紋女とは全く関係の無かった創業者が保険代理店で興し、バブル期に業務拡大、しかしバブルが弾けた後は破産の危機へと徐々に歩んでいった。さらに創業者が年老い、有能な跡取りを育てることも見繕うこともできずにいた。
そこに紋女の当時のメインバンクからの提案によってabecobe corporationへとグループ入りした。
当初は紋女も『縮小した上で、赤字にならなければ良いか』と主に関連会社の従業員を対象にした保険代理店へと変革させるつもりであった。無難かつ、切られる社員以外にとっては悪くない話であった。
しかし、結果としては事業縮小は成されなかった。その切られる社員の中に、須藤凛が居たことである。
須藤凛は、そのM&Aされた会社の経理部で就労していた。当時転職したばかりであった凛はリストラ対象者であった。残務処理・業務継承については古株が居れば事足りる。ならば遅かれ早かれ退職金に色を付けて退職を促すのが常道である。
『現在の63拠点の半数を閉鎖はあまりに愚策と具申しに参りました』
『は?』
『こちらの資料をご覧ください』
『…………すこし待て。すぐ読もう』
堂々と、親会社となった本社の社長室に侵入したのである。紋女の秘書の静止を完全に無視する様に、秘書は秘書で『こんな役員居ないよな? あれ?』と間抜けにも押し通らせてしまった事実が残り、異動となったのは後日の話である。
『私は11時までに部署に戻らなければなりません。要約してお話しますので後で精査しご検討下さい』
あまりの慇懃無礼さ、社の最高権力者である紋女よりも己の都合を優先させる傲慢さに紋女は口をあんぐりと開けてしまった。
『以上の方策が、最も収支のバランスの良い選択となります』
そして訥々とデータを基にした解説。
人間らしさを感じさせないほどに淡々と、しかし明確に。情熱ではなく理のみにて紋女に迫った。
内容は多少リスクと出費はあるものの、評価すべきものであった。
当時の紋女の下に居た幹部達とて無能ではなくむしろ優秀であった。が、どの部署でも旗を振れる人材が常に不足していたため、誰も口を出そうとしなかったM&Aでもあった。他に労力を割くべき案件の多いが故に視界からあえて逸らしていたのである。
『話は理解した……ところで、おぬしの方の時間は大丈夫なのか?』
『今から向かえば問題有りません』
『なら良い。ところでアポイントを取るということを誰かに教わらなかったのか?』
『今回のように取ろうとしても取れない相手に対してそんな無駄なことをする時間は御座いません』
非常識な行動をさも常識的な事実のように答えた鉄面皮の凛に、紋女は期待で胸が躍った。
まったく系統は違うが暦節子と出会った時にも感じた、高鳴る鼓動。
紋女は学生の頃より人材を求めていた。生家への復讐のためであり、己の欲を満たすために。
『まぁ……良い。次から連絡を寄越せ。時間が有れば会ってやろう』
すぐに提案を受け入れるほど大企業の代表取締役の腰は軽くない。その一方で、迅速な行動は悪しきことでもなく紋女が最も重視する美徳の一つであった。
『嫌ですよ。今だって業務がパンパンなのに』
『ここを乗り切れば得難い人材が手に入るかもしれん。絶対に、やるんじゃ』
『嫌ですよ』
『やれ』
『嫌です』
『やれ』
『嫌です』
『やれっちゅーとろーが!』
『………………チッ』
『聞こえとるぞ!』
『くたばれロリババア』
『五月蠅い! ぐだぐだ言わずにさっさとやらんか! 助手に言い出しっぺを付けてやる。 好きなだけコキ使って構わん!』
紋女は心底嫌がる暦節子を総責任者に据え、さらに須藤凛を迎えて、改革を進めさせることとなった。
結果、社内改革という外的要因が発生しにくい内容ということ、さらには暦節子の高出力エンジンのような爆発力、企画立案者である須藤凛の的確な舵取りによって、提案書の結論にほぼ同じ形で収支のバランスが取れるようになったのである。
さらに須藤凛の発案により、保険代理店業務から自社保険販売への変革を経て、社名もアベコベ損害保険へと変更、紋女のグループの中でも収益の柱の一つと言える子会社へと成っていった。
須藤凛が最も得意とする分野を一言で表すならば、それは『最適化』であると言えよう。
須藤凛と紋女の出会いから十数年後。
abecobe corporation本社会議室。
「して、なんじゃこの数字は?」
「申し訳御座いません。今期に入ってから急に……しかしすぐにでも営業強化して」
「謝れと言っておる訳ではない。原因を述べよ」
紋女は、報告書の束を叩きながらも、肌にまとわりつくような粘着質な気配に眉を潜めた。
須藤凛が専務となり、保険会社は若手幹部である佐野の手に移って数か月。
新たな責任者となった幹部が採用した新プランの生命・自動車・火災保険の契約件数増加で過去最高益が予想された。しかし、うなぎ昇り、好調であったが、そこに影が差し始めたのである。
「支払請求が予測以上に増加したためでして」
「その増加した要因は?」
「も、目下、調査中でして、その、この埋め合わせは」
「そういう事を……言っているのではないと……何度も言わせるでない」
「も、申し訳ございません!」
しどろもどろの幹部、佐野。有能なのは確かだが節子や凛のような逸脱した人間ではない、という点に紋女はため息が漏れそうになる。
常人を狂人に変えるのもまた野望のための幹部教育か……と、ため息を何とか飲み込んだ。
数秒の間の後、他の幹部同様に資料に目を通し終えた須藤凛が口を開いた。
「会長。関西は他と比べ、もともとそういった傾向が強く在りますが、これはさすがに異常かと」
視線で先を促す紋女に、首肯し凛は続けた。
「保険請求している、すでに支払い済みの加入者の契約時期・住所・本籍地を改めて詳細に分析すべきでしょう。そこからさらに調査対象を絞ることになるかと思いますが、この支払金額の増加は何がしかの作為があると考えられます」
須藤凛は一つの可能性を示唆した。一方紋女はというと、ほぼ確信していた。
組織的な保険金詐欺。
「うむ。我もその可能性があると考える」
本丸の専務となった須藤凛の言葉に紋女は満足げに頷く。
まだ若く、優秀だが常人の域を出ていない佐野は早期の失態に焦り、視野が狭くなっていた。
子会社とはいえ、大企業規模の業績に対し、無視できないほどの影響を及ぼす保険金詐欺グループによる犯行の可能性など常識外のことであった。
同業種の会合でもそういった話は一切聞こえてこず、他社に対する分析チームからも、さらにライバル会社に在籍する部下からもそういった報告は一切なかった。
逆にその事実が、経験不足の佐野の背筋を凍らせる推測をもたらした。
「まさか、十鬼財閥が!」
「佐野よ……思い込みは目を曇らせる。まずは調査せよ。冷静に、出来るだけ感づかれぬように。
もしそうであろうとなかろうと、おぬし一人に全責任を負わせるつもりはない。だが、心して、今すぐに、掛かれ!」
「はいっ」
佐野は一礼し、足早に退室した。
その足音が、ドアを閉めた次の瞬間にけたたましく変わったのを聞き、紋女は呆れた様子で軽口を叩く。
「廊下を走るな、というのを教わらなかったんじゃろうか?」
小さな笑いが幹部達の間に起こる。まだ焦る時ではない、と紋女は空気を変えた。
「ノーアポで我に会いに来た向こう見ずも過去におったがなぁ」
ニヤリと思わせぶった視線をとある人物に向けるもその人物は書類を机に立て揃え、憮然とした表情で答える。
「その者は教わらなかったはずですし、佐野さんもこの会社では教わってないでしょう」
「社員教育以前の常識の問題じゃろうが」
今度こそ心底呆れてつっこむ紋女をさらに凛は淡々と続けた。
「世の常識や価値観は強者によって捻じ曲げられるものらしいですよ」
理知的であり、常に冷静な言動と実績を持って周囲からすり抜けるように今の地位にたどり着いた須藤凛。彼女が、珍しく鉄面皮を動かしたことに他幹部は驚きを隠せない。少し困ったような、しかし、微かにだが慈愛のような何かを感じさせる笑みであった。
「ほう。我よりおぬしが強者だった、ということかの?」
ふふん、と馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「いいえ。 現状、愚者ですね。 今はまだ」
『後出しでもなんでも、貴様が絶対的強者になって常識も価値観も好きなように変えれば良い』
そう、紋女には聞こえた。攻撃的だが、頼りになる一撃を背後から食らい背中を押された気分でもあった。
更なる責任を与え、更なる成長を遂げようとしている片腕が、すでに今回の件についての対策をその頭脳で練っているであろうことを察し、愉快な気分になった。
紋女は手札にある2枚の内、1枚のジョーカーに対し、次の議題に移るよう一回だけ頷いた。
六日後。不眠不休のままひとまずの調査・分析を終えた佐野の報告には、あからさまなまでの、むしろ好戦的なまでの十鬼財閥へと繋がる糸が紡がれていたのであった。
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おまけ
詩季「あーやーめー、おかえり~」
紋女「おお、マイスイートハニー!」
ガバッ
紋女「わっ!? 持ち上げるでない! 止めんか!」
詩季「やだ! それよりまた痩せたんじゃない? ちゃんと食べてる?」
紋女「食べておるわ! 前よりも! 痩せたのはおぬしのせいじゃろが! 毎晩毎晩、うれしいがこっちの身が持た あ」
冬美「メッティ、あっち向いてほい……しよ? 負けたらシッペされるやつ」
紋女「いや、おぬしらみたいなのにそんなことされたら腕なんて千切れるわ!」
春姫「大丈夫大丈夫。負けなければ良いんですから」
紋女「そもそも動体視力でおぬしらに絶対勝てない奴じゃろ!」
夏紀「大丈夫大丈夫。大丈夫じゃないけど大丈夫」
秋子「ていうか、やるさね? 未来の義姉妹との遊びを断るだけの用事なんてないさね?」
紋女「ひっ!? 詩季君! 助け」
詩季「…………あ、思いついた! 僕、から揚げやってたんだ。ごめんね!」
紋女「ちょっ!?」
詩季「みんな、あんまり苛めちゃあかんでー?」
春姫「大丈夫だ。ちょっとだけ、遊ぶだけだ。虫の命をもてあそぶ子供のように無邪気に、な?」
詩季「あ、はい、死なない程度で、お願い、しま……す?」
あまり押さえつけると後が怖いことを知っている元凶は、そそくさとキッチンへと戻るのだが、「ヒギィッ!」だの「グヒィッ!」だの「ギャはぁンッ!」だのおよそ人間があげてはいけない悲鳴を聞きながら、鼻歌を歌いつつ料理を続行するのであった。
冬美「お兄ちゃん、実は……なかなか……サド?」
冬美は愛する兄の背中と尻を眺めながら、可愛らしく首を傾げるのであった。




