幕間 ホワイトデー 勝利条件
「肉……ってのはあんまりだよねぇ」
「ハツとか?」
「雰囲気はないかなぁ」
智恵子、絵馬、肉山、針生は悩んでいた。
『詩季君へのバレンタインデーのお返し、どうしよう』
と、放課後に詩季を家に送り届けたあとに四人でファミレスに入って頭を抱えたのである。
「何をあげても詩季君なら喜んでくれるとは思うんだけどさぁ……うーん」
知恵熱を出したかのようにぐでっとテーブルに突っ伏す智恵子。
「詩季君、希望者全員に既製品だけどチョコあげてたじゃん。手作り貰った私らがお返しで負けたらやばくね?」
針生の言葉ももっともであった。
詩季本人は全く気にしないだろう。
だが、受験前ということもあり志気向上および交通整理のために開催された『バレンタインチョコ配布会by詩季』で配られたチョコは義理チョコなれどそれを貰った生徒達が何を返すか解らない。
前回は熊田の家のケーキ屋で『錬金術』が行われた。
その『錬金術』は、お菓子をその場で購入し詩季にホワイトデープレゼントとして手渡しをして握手、その後詩季が受け取ったお菓子を裏に回して再販売、また回収、という集金システムである。
一応同額の割引券を同時に渡されてはいるが実質的にはホワイトデープレゼントの原材料は極少であり、同額の割引券の集客効果によって熊田の家、ベアーフィールドが儲けるという流れであった。
ただ今回は、本業のケーキや菓子製造販売が忙しいとのことで行われない見通しだ。
また、今回のホワイトデーでのお返しは無し、お返しにかこつけた接触も禁止、と秋子がひとまず宣言してはいるが、夏紀という運動部に対する圧倒的なカリスマが居なくなったためにスタンドプレイに走る人間が増殖するものと見られていた。
少なくとも、詩季が普段会話をするようなクラスメイトなどを強制シャットアウトは不可能と思われる。そうするとなし崩しで我も我もと増えるのは目に見えていた。
「まだ文化部系は秋子先輩が抑えられるだろうけど、運動部系がねぇ」
「夏紀先輩が卒業した時点で予想は付いてたけどなぁ」
「運動部系が渡してんだから自分たちだって良いじゃないかって話に絶対になるな」
「それ見越して絶対準備してるよ? 詩季君にあわよくば近づこうって奴ら。そもそもクラスメイトとかどうやっても渡そうとするに決まってるし」
故に、秋子と共に登校し離れた瞬間の詩季に朝一でプレゼント、機先を制する必要性があると四人は判断したのである。純粋にお返しを、という気持ちもあるが、詩季相手の場合はパワーバランス的にもそう簡単なものではないということだ。
「詩季君を喜ばせて、なおかつ他の女たちの出鼻をくじく、そんなプレゼント、かぁ」
「詩季君の手作りチョコ以上の物、いや、せめて同等レベルの何かって無理ゲーじゃね」
絵馬の言葉を針生は切り捨てる。
「諦めたらそこで死合は終了だよ」
「今の発音おかしくね?」
「あ、そうだ。冬美に聞いてみよう」
智恵子が名案だとばかりに宣言しスマホを操る。
「あの子がそんなの素直に教えてくれるかな?」
「あいつの姉弟子である私が言えば大丈夫! たぶん! 詩季君の欲しい物とか好きな物何か知らない? っと」
そう自信満々に答えるも、他三人は胡乱な目を向けるしかない。
智恵子の名案が名案だった試しはなく、迷案でしかないのがいつものパターンだからだ。ましてや、冬美が智恵子に敬意を払っているようには感じられないのだから当然の疑惑だ。
そして数秒後。
「お、来たか? 早いな」
「感心感心。えっと。は?」
全員で画面をのぞき込む。
「あぁ……こういう子だわな」
「私、冬美ちゃんのこういうところ怖い」
針生と絵馬の言葉にため息しか出ない智恵子と肉山であった。
そして、四人の会議は夜遅くまで続くのであった。
ホワイトデー当日。
「はい、詩季君。ホワイトデーのお返しだよ」
「おぉ。ありがと。ん? 何だろ。お金とか商品券とかは無理だよ?」
その手の金品はお断りするしかない詩季は警戒していた。秋子がそばに居なければ通学途中できっと押し付けられていたからだ。
智恵子達四人を秋子が散々『馬鹿四人組』と呼んでいたのもあってか『迷走の末に斜め上のことを考えそう』と詩季から思われていたのも大きい。
迷走や斜め上という要素についてはある意味で詩季の薫陶の賜と言えそうだが。
「あ、そういうんじゃないから大丈夫だよ」
「私ら貧乏高校生だからね!」
「家の手伝いしててもバイト代貰えないんだから世知辛い」
「ハリーはまだ良いよ、私なんて店番だけじゃなく肉まみれになりつつ枝肉分けてんだよ? においが中々取れないんだから」
詩季は心の中で『迷走四人組』と名付ける。
「何だろう。楽しみだなぁ」
「あ、ここで開けないでっ」
「だが断る」
詩季は敢えて嫌がることをしたがるいじめっ子である。
「…………ふ」
そして封筒から出てきたのは。
『智恵子・絵馬・針生・肉山プロデュース 酒池肉林ご招待宿泊生涯フリーパス R18もOKだYO! むしろマスト!』
アホである。知性の欠片も無い文言である。
しっかりとカラフルにデザインされラミネート加工もされているその宿泊券は、十人が見たら十人とも呆れるどころかこれを十代男子にプレゼントなど気が触れているとしか思わない、そんなアホという概念が物体化したような物であった。
が、受け取った詩季本人にとっては少し違った。
「ふふぇ!?」
流石の詩季も笑うしか選択肢がなかった。
「ふ、ふ…………ひゃっひゃっひゃっひゃ! ば、ばかだぁ~~! バカルテットだぁ~~! ひゃっひゃっひゃ!」
どれだけ迷走したんだと腹をよじらせ笑う。王子と呼ばれる美男子らしからぬ笑いに周囲も騒然とした。
この世界の日本では、詩季でなければセクハラで訴えられ完全敗北必死、損害賠償で人生詰むどころか家族も変態性犯罪者の一味として追い込まれるレベルである。
「やった!」
「よっしゃ!」
「流石エマッチ!」
「詩季君、笑いすぎだって。あはは」
そんな、詩季だからこそ通じたプレゼントに四人はガッツポーズ。
遠巻きに見ていた女生徒達も『あんなに王子が喜んでるなんて、なにを渡したの!?』と恐慌状態である。
この後に詩季にプレゼントするのには非常に勇気が要る状況だ。少なくとも笑いは取れない。そして詩季の普段の言動から、そちらからアプローチするべきだったのか、と後悔が止まない。
「ひぃやぁ、笑った笑った。ありがとね、バカルテット」
「ば、バカル…………こほん。お菓子とかも考えたんだけど、詩季君なら美味しいのや高いの、いくらでも貰えると思って」
絵馬が代表して答える。バカルテットというのは自分のことながら否定できなかった。ただ詩季にそう名付けられるのはどこか腑に落ちないが文句を言えないのも惚れた弱みであろう。
「じゃ、その内使わせて貰うね」
「え?」
「覚悟しておいてよ?」
そして、四人にとってはまさかの笑顔DEカウンターパンチ。四人は撃沈するのであった。
おまけ
智恵子に対する冬美の返信は一文字であった。
『僕』
このブラコンが!
全員の心の声が一致した。
「あ、でも、これ使えない?」
「エマッチ、まさか冬美を浚ってラッピング?」
智恵子のボケとも本気とも取れる言い方に絵馬は脳天唐竹割りで答え、
「詩季君は、ボケとかお笑いが好きだから、そこを突こう。笑わせれば勝ちで。こういうの作ってさ」
「え、これ、エマッチ、大丈夫なの?」
「まぁ詩季君なら笑ってくれそうだけど、しくじったらやばくない?」
「訴えられたら裁判前に家族に挽き肉にされるんじゃ」
「詩季君なら大丈夫だよ。絶対ウケるって」
提案したのであった。
まさかボケとしてではなく本気で受け取られるとは思わずに。




