幕間 せっちゃん デート
あてがわれた役員室の一つ。
節子はぼーっとしながら書類の山の前に座る。
いい加減、申請書の類は電子化すべきではないか、と機械に疎い節子でも思うのだが、拡大・膨張の速い企業の常で、システム刷新・統合がなされていないのが実状である。
その調整を須藤凛が音頭を取ってはいるが、落ち着くまで半年一年はかかる見込みだ。
営業判断が絡み重要な案件については現状そのほぼ全てを節子が担い、社内統制の部分については須藤凛が握っている。
本来は全ての責任を凛が取る予定であったが、凛本人が節子に泣きつき得意分野においては節子に委任されたのである。それもまた、専務となった凛の裁量の範囲ではあるので節子も文句は言えないが、実際の仕事量増加を目の前にすると文句の一つも言いたくなる。
言いたくはなるがそれ以上に疲れがまず精神に重くのし掛かる。
「詩季君は……お母さんの事……」
節子は行き詰まっていた。仕事が忙しすぎるのである。
少しでも気が紛れれば、と部下が気を利かせて置いた花の一輪を抜き、花びらを一枚一枚むしる。
「好き……愛してる……好き……愛してる……好き……」
「その花占い、ポジティブ過ぎませんか」
口元を引き吊らせてツッコミを入れたのは須藤凛。いつの間にやら書類を持って、打ち合わせも兼ねてだが節子を訪れたのである。
「……好き……愛してる……死ぬほど愛してる……宇宙一愛してる」
なんか怖い、暴走してる時の娘より怖い、と須藤凛は三歩ほど距離を取る。
「……あの、明日は高校の創立記念日で息子さんも休みなはずですし、たまには休暇を取って、一緒にお出かけでもしてきたら良いのでは?」
「……明日は、ベア鉱産業の会長と接待ゴルフよ」
「私が行きましょうか? 工藤課長の担当ですよね? 具体的な商談に関われば工藤課長が解ってるでしょうし、私が行ってもひとまず格好付くのでは?」
「あなた!」
ぐわっと一瞬で凛に迫りその手を取る節子。当然急に目の前に現れた節子に叫び声をあげそうなほど驚く凛。実際は驚き過ぎて声もあげられない。
これは【縮地】というある意味ファンタジーでマジカルな高等技術、歩法だが、節子は使いこなす。マジカルフィジカルモンスター、それが節子である。
「あなたの娘は気持ち悪い犯罪者予備軍な汚物だけどあなたは凄く良い人よね!」
殴りたい。今までの経緯はあれど、詩季の命を救った一因となったはずの命がけの行動を取った娘のことだ。
さすがにこれは殴っても許されるだろう。むしろ親として殴るべきだろう。
確かにストーカーで気持ち悪い、犯罪者予備軍と呼ばれても仕方ない言動の娘だけれど……少し自信がなくなってきたが、目の前で娘を罵倒されればひとまず感情論としては許されるはずだ。
だが、堪えた。
現実的に考えて蟻が象に噛みつくほどのダメージも無いだろうから。凛は我慢強い女であった。無駄なことはしない、理性的な女だ。
「じゃ、よろしくね~」
そして打ち合わせもしない内に携帯片手に居なくなった。
「……御機嫌よう」
残された凛は、節子が椅子に座った瞬間にシュコンッと下がるよう細工する。凛は凛で無駄に器用で根暗な復讐をするのであった。
前回の詩季とのデートで最後の最後に痴女に間違われたという失敗をふまえて、節子はデートプランを組んだ。
「で……インターネットカフェね」
特別予定は入れていなかった詩季は、近所にあるネカフェにこの日一日付き合うことにした。
「二人っきりでゆっくりしたいんだも~ん」
「も~んって、せっちゃん何歳だっけ?」
デートモードということで、名前呼びをお願いされた詩季は早速腕を絡ませ笑いかける。
「年のことは言わないでっ おばさんなのは解ってるけど若い子に言われると地味に傷つくのっ」
成人の娘が居るのだから今更気にしなくても、と詩季は思うのだが、節子の容姿は三十代後半にしては十分若々しく、化粧無しでも三十路前後に見えるし、ナチュラルメイクならば更に若く見える。気合いを入れてメイクすれば妙齢の美女にも変身出来る。そもそもが美人でスタイルも良い。何も恥じる必要はないのだが、本人にとっては気になるところなのであった。
「お母さん、美人さんだから気にしなくて良いのに」
「あら、まぁ」
いつも通りの息子の好評価にでデレデレと崩れ詩季の頭に己の頬をすりすりする。
「じゃ、カップルシート?」
「カップルという響きは素敵だけど、個室にしましょ? ヘッドホンしなくても映画見れるわよ」
そして二人は連れだって個室に向かった。
「…………爆発しろッ」
目の前でイチャイチャされたと認識した店員はやはり呪詛を吐く。ドリンクがセルフサービスでなければ雑巾の絞り汁でも女の方にサービスする勢いである。
そんなことをすれば節子に察知されて社会的・肉体的に終わりを迎えてしまうだけに、この店員は命拾いをしているのであったが。
「詩季君って、なんか意外な趣味してるわよねぇ」
節子は詩季が選んだ映画のタイトルを見て呟く。
「そう? 面白いらしいよ、これ」
詩季が選んだ映画は『戻ってきたヒトラー』というタイトルであった。
現代のドイツに世界大戦時の独裁者、ヒトラーが帰ってきたらどうなるか、というコメディータッチの映画である。
二人は仲良く二人掛けの座椅子に並び、肩を預け合う。家でもよくこうやって身を寄せ合うが、二人きりというのはまず無く節子の鼓動は高まるばかり。
「あっはっは! やっちゃった! 流石総統! 犬相手に我が闘争!」
「あら……まぁ……やっちゃったわねぇ」
子犬を手なづけようとしたヒトラーが手を噛まれ即座にブチ切れて子犬を射殺するシーンや、
「うわ、あっは!」
「ぅわぉ……これ本物のネオナチでしょ……うわぁ」
ネオナチや台本無しの一般人とのやりとり、
「ひゃっひゃっひゃ!」
「…………」
そしてラストのシリアスブラックな落ち。
「ふひぃふひぃっひっひっひ!」
「なるほどねぇ」
二人とも、全く違う反応であった。
真面目な倫理観を持っていなくもないが基本的には皮肉の効いたジョークが好きな詩季と、詩季に関すること以外は真面目な節子。
様子から、どう受け止めているのかは互いに理解出来るが、これはもう感性の違いである。
詩季はコメディとして、節子はメッセージ性の強い映画として見ているのは明白であった。
「ふぃ~面白かったぁ」
「そうねぇ」
詩季の反応から、自分が馬鹿正直過ぎるのかと思いにふける。
「次、何か見る? それとも漫画でも読む?」
「他の見ましょうか?」
「うん、じゃあ今度はせっちゃん選んで」
「ありがと~。何にしようかなぁ」
そして選んだのはクラシック音楽とともにヨーロッパ各地の風景が流れるだけ、という映像。
「暗くしよっか?」
「ええ」
・・・・・・・・・・・・・
「…………ふぁ、あ……はれ?」
「あ、起きた?」
節子が目を覚ますと、自分が膝枕されていることに気づく。
ぼーっとした思考で、とんでもないことをしてしまった、いくら息子から迫られたからと言っても許されることではない、きっと冷静になった詩季も自分を嫌うに違いない、と一気に不安と後悔に襲われ、血の気が引く。
「し、しき、くん、あの、ごめ」
「ん? お仕事で疲れてたもんねぇ。クラシック聴いてたら、そりゃ寝ちゃうってば」
詩季の何でもない様子に、節子は愕然とする。
「わ、わたし、あれ……え?」
「ぐっすりだったねぇ。もうちょっと寝る?」
あれ? 夢? あの行為は夢? あれ、でも? 現実としか思えないほどに、全部、ほんとみたいだったのに、あれ?
節子は混乱の渦に飲まれる。
「まぁ、もうちょっとゆっくりしよ?」
頭を撫でられながら、節子は思考を放棄した。あれが夢ならとてつもなく残念ではあるものの、少なくとも嫌われていないならそれで良いか、と。
「え、ええ」
そう答え、再度詩季の香りを楽しみながら眠りにつく、節子であった。
一方。
詩季は詩季で、
え、マジ?
これで誤魔化せちゃうの?
うーん……よほど疲れてたのかなぁ……
まぁ……たまには良いか、双方メリットだけだし!
と新世界の神のような黒い笑みを浮かべるのであった。
※小説家になろう様が定める性的表現の規約遵守のため、シーンカット&対象年齢として適切なノクターンにて投稿することに致しました。読者様には事情ご賢察の上、ご理解のほどお願い申しあげます。




