幕間 新年 あこ
本年も宜しくお願いします
「あこ」
「あこ」
「あこさ」
「あこだ」
「あこ、か?」
「あこ? ねぇ」
「あこ、じゃな!」
暦家の新年の挨拶である。
「なぁ、これってどうなんだ?」
「さぁ?」
「あはは、まぁ家だし楽しければそれはそれで良いんじゃない?」
「世の中、人手不足。省力化は命題」
冬美の挨拶から始まり流れで皆がそう言っただけである。何とも適当な言い訳ではあるが、正月から目くじら立てる人間が暦家には居ない。
春姫は首を傾げるが「若者はそういうもんなのか」と年寄り臭いことを考えている。
「我が社も下から上まで人手不足じゃからなぁ。世知辛いもんじゃ」
「一から育てるのに関しては敵に一日の長有り、ですからねぇ」
「OJTと言いつつ現場投入しているだけじゃからなぁ。我が社の教育システムも大きな問題か」
OJTとはOn the Job trainingの略で、本来はもう少し違った意味合いなのだが、この日本では要は「現場で覚えろ!」という現場ぶん投げ方式のことである。
「さぁさぁ、辛気くさい話は仕事始めまで忘れて、朝ご飯食べよ」
「じゃな。昨晩はそこまで飲んでおらんから今日の朝は全力じゃ!」
「お餅が楽しみになるとは思わなかったさね」
「去年のピザ、明太チーズは最高だったなぁ」
「私はココアが好きだったわ。洋生菓子風味になって」
昨年の驚愕のラインナップに全員が正月ののんびり空気に当てられほぅっと惚ける。
「あ、今年は去年と違うのがいくつか有るよ」
「え……な、何があるの?」
冬美は戦々恐々と言った表情になった。その様子に「何もそこまで身構えんでも」と他の一同も笑ったが、詩季の言葉に愕然とした。
「えっとね、味噌チーズ、豚キムチ磯辺、お好み焼き風、ベーコンマスタード、カレー、カルパッチョ風、カルボナーラ風、餅入り焼きトマト、いちご大福風、チョコバナナ、カリカリピーナッツ」
詩季が指を折って数えるも、全員、開いた口が塞がらない。何が詩季にそうさせるのか、と。
「ゴマ団子風、ココナッツバター、コーンクリーム、生ハムきゅうり、ジェノベーゼ、アンチョビ、タイ風磯辺、チリコンカン」
「お、お、お」
「あ、それと今回のお餅は紋女さん協賛の餅つき機と高級もち米でセレブな味わいに」
「おーばーきる!」
冬美の、レアと言えばレアな叫びが響きわたるのも、暦家年始の風物詩になりつつあった。
食後少し休んでから、初詣に向かった。暦家の一番近くにある神社は歩いて五分ほどなので例年ならばそこに行くのだが、
『え、違うとこ行くの? どして?』
『あそこ、縁結びで有名』
『それは駄目さね』
『問題外だな』
『じゃなぁ』
『はい? 何故に?』
という会話のもと、車で30分ほどの他の神社に行くことになった。そこは大きくも小さくもない、という地元民が「面倒だからあそこで良いか」という中途半端な場所にある神社である。一応おみくじ等も有り、正月気分は十分に味わえるので誰も反対しなかった。
そこで冬美は先に来ていた親友二人、飯島恋と青井空とその家族に出会った。丁度、参拝のため並んでおり、最後尾だった。
「はぴにゅー」
「おぅ、冬美。あけおめことよろ」
「あけ、おめぇ」
保護者同士の挨拶もそこそこに同じように並ぶ。
「うぅう……さみぃ」
寒さに弱いのか青井空は震えつつ、ぴょんぴょん跳ねる。
「おやまぁ。空ちゃん、もっと太った方が良いんじゃない?」
恋は年相応だが、空と、そして冬美は痩せ気味である。
「ふ、ふとれない、たいしつ、です」
苦笑気味にそう答える。大分震えている。
「やばそうだねぇ。ほらほら」
詩季はもう狙ってやってるレベルだが、コートの前を開き、空を前から抱き寄せ包み込んだ。
「ふぇ!?」
「暖かいでしょ?」
「ひゃ、ああ、あい!?」
そのまるで恋人同士のような姿勢に周囲が殺気立つ。節子は苦笑い、紋女は「あーそれ良いのぅ良いのぅ」と年甲斐もなく指をくわえる。
「む、むねががが」
言わなくて良いことを言ってしまう空。動転しているだけであるが、冬美は許せない。
「お兄ちゃん、メッティが寒そう。そっちよろ」
「え? でも」
と言われても、折角喜んでくれてるみたいだし、と悪戯心から始めたことだが放り出すのは忍びなかった。
「空は僕と愛に任せる」
「おう、任せてください!」「は!? な、なに!?」
冬美と愛に詩季から引っ剥がされる空。そして囚われた宇宙人宜しく拘束される。
「ぎるてぃ」
「は!?」
「お前、もう今年の命運尽きたぞ?」
「命運!?」
ただ、短い時間とは言え、憧れの男性に包容された感触は帰宅後に色々と捗る。その思いが顔に出たのか冬美は氷点下な無表情で空の顔面を掴み、
「ほぅあちゃーーーっ」
「ぎゃあ! な、なにするだーー!」
己の胸にごしごしと押しつけ始めた。
「愛、上書き」
「やらいでか!」
愛は愛で背後に回ってその背中に自分の体をゴシゴシ押しつける。愛は中学生の割になかなか発達した体を、胸を、空の背中に押しつけた。
詩季なら大喜びな案件だが、空にしてみれば同性の体を押しつけられても全く嬉しくない。どころか気持ち悪い。先ほどまでの幸せが嘘のように上書きされていく。
「ちょ、変なとこ触んな!」
「しゃらっぷ」
「お前だけ! お前だけ! ずるいぞ!」
他の年長者から見れば子供達が和気藹々と遊んでいるだけのように見えるが、本人達は真剣である。
「ほほう…………いい仕事、してますね」
詩季は顎に手を当て、百合百合フィルターを通して三人の交わりを真剣に眺め始めた。すばらしいお年玉だ、と。百合も好き、というこの世界では腐男子に属する詩季が見逃す筈がない。
「のうのう、詩季君や。ミッティがさっき言っておったことはどうなるんじゃろ?」
「ん? ああ、ごめんごめん」
「ほぁあああああ……ぁあぁあぁぁ……ぁあぁ」
物欲しげだった紋女を背中から包み込む。愛する男から、背中からとはいえ抱きしめられて嬉しくない訳がない紋女。詩季のためなら世界も敵に回せる、と訳の解らない万能感、幸福感に満たされていく。
「ちょっと、詩季君?」
節子が嫉妬から見咎めようとするが、
「お母さん、背中寒いなぁ」
あざとさでは詩季もなかなかの名手である。
「え?」
「背中側、寒いなぁ」
「ま、任せてっ」
すかさず詩季の背中を同じように抱きしめる節子。ちゃっかり首に手を回し、顎を詩季の肩にのせる。密かにくんくんと香りを楽しむあたり、業の深さは暦家元祖である。
「羨ましい……」
「あんな息子、欲しい」
愛と空の母親達はそう呟き、節子を羨望の眼差しで見るのであった。
ちなみにこのお参りの間に、紋女は愛と空の母親と交流してしっかりとスカウトの打診をするのであった。
今は猫の手でも借りたい上に、紋女の会社が手がける事業も多岐に渡るため活躍の場はいくらでもある状況だった。
現状よりもマシな労働条件と将来性、今よりも良い賃金を提示されるだけでなく、駄目押しに詩季が一応は社員という時点で二人に選択肢はなかったのである。
「なぁ、この神社って」
「健康、学業、仕事の御利益が有るさ」
「神様って居るのかもしれねぇなぁ」
「我らが神は人たらしだから注意が必要さね」
「確かになぁ」
おまけ
智恵子「なぜに、なぜにこない!? 詩季君なんでご光臨なされない!?」
絵馬「だから、聞けば良かったじゃないの」
肉山「……あえて聞かないで偶然装って運命を感じさせる作戦を信じたのが馬鹿だったよ」
針生「四人で近所の神社に待ち伏せして何が運命だよ……はぁ」
智恵子「なぜじゃああああああああああ!」
有馬「なぜじゃああああああああああああ!」
絵馬「誰!?」
俊郎「チッ……チィッ」
宮子「まぁまぁ、お兄ちゃん。あとラインしたら良いじゃない」
俊郎「るせぇよ!」
針生「……宮子のお兄さんもかぁ」
絵馬「思考回路が智恵子と一緒って、なんかガッカリな人だなぁ」
おまけ2
稟「ねぇ……挨拶したら良いんじゃない?」
香菜「……静かに」
稟「…………はぁ……まぁ、私もわざわざ社長に会っても面倒だから良いけど、見てるだけじゃない。あなたそれで良いの? せめて会って話した方が良いんじゃない? あなた、詩季君にとっては一応恩人なんだし」
香菜「…………見てるの、幸せ。超幸せ」
稟「…………あなたが幸せで、彼に迷惑かけないなら別に良いけど」
しっかりと捕捉しているストー王香奈であった。
エッセイと短編投稿(下記リンク)してます。
是非ご一読下さい。
宜しくお願い致します。




