【ブクマ5555件記念】 優秀社員賞 懇親会
目標だった5555件に到達(したけど多分下がってるだろうなぁ)記念回。
あべこべ小説の原点に戻って、おまけは外野の反応込みです。
金曜日の夜。
新しい季節を迎え、少し落ち着いた頃になると紋女は、何とか残業をせず暦宅へと足を踏み入れた。合い鍵はすでに渡されておりいつでも出入り自由の身分である。
「紋女さん、おかえり~。今日は早かったねぇ」
キッチンからの最愛の男からの出迎えの言葉。まだ紋女が声をかける前に顔を見ずとも名前を呼ばれる。
以前不思議に思い尋ねれば、愛しき人はドアの開け方で『家族の誰が』帰ってきたのか解るのだと言う。
「うむ。ただいま。残業せずに逃げてきたからのぅ」
手洗いうがいを勝手知ったる洗面所でしながら答える。
「あらまあ。大丈夫なの?」
「うーん。まぁ、の? 我は来週の我自身を信じておるから大丈夫じゃろ。多分」
「あはは、多分なんだ」
「同時に今日の我を呪うであろうなぁ」
「まぁほどほどにね。何飲む?」
「ポンシュで頼む」
「冷酒、常温、燗、どする?」
「常温」
以前はよく土産を持って訪問したものだが、何回か続いた頃に「食費貰ってるし、そういうの買う時間あったら早く帰ってきなよ」と言われたのを今でも鮮明に思い出す。
「明日、何か頼むかの」
自社のグループ会社、特に食品関連会社を思い浮かべる。二週間に一回ほどのペースで暦家に届くよう、通販していた。
詩季は「気にしなくて良いのに」と言うがいくら食費を落としているとは言え気になるものは気になるし、その話題を肴に盛り上がることも多いため、全く負担にならない。
どころかグループの製品を試す良い口実になる上に忌憚のない意見を暦家の面々から貰えるのだからむしろ参考になる。
ましてや紋女は自分のグループ会社だからと言って無償で出させることはせずしっかりとポケットマネーから支払いをしているので関連会社としても全く問題ないどころか時に新製品や開発中の製品も混ぜ込んで紋女からのフィードバックを期待している節もあった。
グループ会社の食品系ラインナップを思い浮かべる。
「色んな意味で、北の恵みかのう」
大きなため息をつきつつ、紋女は己のために既に用意されているであろう日本酒に向かっていった。
節子も追って帰宅し、暦家全員が揃った時点で食事が始まった。
「これ、何?」
「なんでも揚げだよ」
「情報が増えない。けど美味」
「同意さね。詩季君の料理は絶品さ」
「うめ。ソースでも醤油でも良いな」
「美味い。そのままでも十分、肴になるな」
詩季は時たま不思議な料理を作るが、明日買い物に出かけるつもりでもあったので在庫一斉処分であった。
「冷蔵庫の残り物を適当に刻んで混ぜて適当に衣つけて揚げたんだ。さらに衣も唐揚げなのか天ぷらなのか断言出来ない配合」
かき揚げのような、コロッケのような揚げ物は中はしっとり外はサクサクで、噛むと様々な歯ごたえと味が楽しめた。
「ん……豚肉? レンコン、ピーマン、人参、いんげん」
「カボチャの風味も有るさ。煮物?」
「そそ。ほのかに甘くて良いかなって」
「ショウガも利いててお酒にも合うわぁ」
片栗粉でつないでいるので薩摩揚げっぽくなくもない。
「姉貴なら合体事故起こしそうだな」
「私はそもそも揚げ物はしないしそんな大失敗もしないぞ」
「スイカ炒め事件を私は絶対に忘れないさ」
「瓜料理なんていくらでも有るだろう」
「全部残ったさね?」
「………………いや? 完食だぞ?」
製造責任者として全て食したのは嫌な思い出であった。
「ああ……そういう発想だったのね。ズッキーニは割と定番だけどね」
苦笑いを浮かべる詩季。秋子から聞いてはいたが何をどうやったら甘いスイカを焼くという発想に至るのか謎だったがやっと答えを得た。納得は出来ないが。
「ふむ。詩季君や。この料理の腕を見込んでちょっとバイトせんか?」
「社長? 変なことさせないで下さい」
「心配せずとも大したことじゃあるまいて」
紋女の言葉に首を傾げつつ。
「えと、一応僕、紋女さんとこの社員だから出来ることあればやるよ?」
忘れられがちだが、以前の須藤加奈子が発端で発覚したネットオークション南部王子グッズ無断販売の事件の結果、詩季を守るために紋女の会社の社員として雇用されている。
特に報酬などについては聞いて居なかったが、詩季宛に届いた知らない銀行の詩季名義の口座の利息の連絡通知書によって給料が支払われている事も知っていた。
節子に確認したのだが「使いたければ管理任せるけど、何かあればお母さん払ってあげるし将来のためにこのまま貯めておいたら良いんじゃないかしら」との言で元々貰うつもりもなかった詩季は放置していた。
大人同士の決めごとによけいな口を出すべきではない、ということで納得している反面、詩季は貰っていることにささやかな罪悪感を感じていた。
「ほれほれ、本人もこう言っておるじゃないか」
「全く……何をさせようというのです?」
「再来月、決起大会の後日に優秀社員の懇親会があるじゃろ? その時の料理を詩季君に作って貰えないか、とな」
「…………なんというか、あからさまですね」
「モチベーションの維持は大事じゃろ? それにあと二ヶ月近く有るからの。男の、しかも話題の美男子の手料理を食えるとあれば死ぬ気で頑張るんじゃないか?」
馬車馬の前に人参を吊すのと何が違う、と節子は呆れる。ただ、その効果は非常に解りやすい結果としてでるだろうと疑いようもない。
一度会社に節子の忘れ物を届けにきた詩季は会社でも有名人であった。「はぁ、早く詩季君に会いたいのう会いたいのう」と独り言をよく言っている社長が目撃されているのもその噂を助けていた。
あの、年がら年中ホストに入れあげていた、ある意味で近場の繁華街では「夜の女帝」と不名誉な異名を持っていた十鬼紋女。
その彼女が入れあげている少年とあらば見た目だけではなく性格もきっと「なんだか予想もつかないが凄いのだろう」と噂されている。
「良いよ? 家庭料理しか作れないからあんまり期待されると困るけど」
即答する詩季。
「家庭料理が良いんじゃよ。高級料亭で毎年やっておったが今回は社員食堂でやりたいと思っておる」
「それ、来年に向けて受賞社員以外も煽るつもりですね?」
「経費も浮くし良いことじゃないか」
「作るだけですよ? 握手会とか駄目ですからね」
「我が、たかだか社内の受賞程度でそれを許すと? 一兆の売り上げあげてもお触りは絶対に許さんわ!」
「なら良いですよ」
兆ってあんた、そんくらい貢献したんなら握手くらい、と詩季はツッコミ入れたくて仕方なかったがウンウンそうだそうだと頷く姉三人に呆れた。
「メッティ。いっそのこと、一日デート券とか出せばガッポガッポ?」
「確実に人が死ぬな」
呆れた表情で物騒なことを当たり前のように返す紋女。
「たかだか一兆稼いだ程度で私の愛しの息子が会ったこともないような人間とデートですって? 冬美ちゃん、何を考えているの?」
冬美も単なる冗談であり、手料理程度でもおもしろくないのに愛しの兄そのものを賞品にすることなどあり得ない。単なる軽口であったが、それは節子の逆鱗にふれたようだと察し、時が止まった。
思えば物心ついてから、冬美は節子に一度だって叱られた事がなかった。育児の面では仕事の多忙さからあまり携われず、教育面では主に春姫に任されていたことが大きい。
「う、あ、ご、ごめ」
流石に涙目になる冬美。
「お母さん? 冗談だって解るでしょ?」
「う、あ、ご、ごめ、ごめんね、冬美」
同じような言葉を紡ぎ涙目になる節子。流石に大人げないと反省せざるを得ない。ましてやまだ幼いと言える末の娘に威圧的になるべきではないと後悔し謝罪した。
「う、ううん、僕……あの、ごめんなさい」
冬美も反省し、お互いに謝罪しホッとする。詩季は憮然とした表情で「まったくもう」と決着がついた。
「まぁ程度の問題さね。どっちも詩季君を出汁にしようってのは同じなんだし」
「詩季の出汁なら一杯百万でも売れるな」
「おい」
「馬鹿さ」
「あなたねぇ」
「だうと」
「イタイタイタイタイタイタッ総攻撃止めてくれ!」
混ぜっ返す夏紀をアイアンクロる春姫と小指を捻りあげる秋子。そしてテーブル下でゲシゲシと容赦なく蹴る節子と冬美。実に息のあった家族である。
流石に食事時にそれはないと詩季が一喝し、紋女に笑われ一息ついた。
「ただ何人分作るかしらないけど、一人では流石に大変過ぎるだろうから手伝いは必要さ。あと護衛も」
空気を読んで話を戻す秋子。
「当日は俺が手伝いと護衛してやっから」
「私がやろう。夏紀はまだ大学一年だし何かと多忙だろうしな」
「姉貴こそそろそろ就職活動じゃねぇのか? 司法試験だってあるだろ」
「そんなもの些事だ」
「春姉さんなら片手間だろうけどさ。未来のアルバイト、私が適任さ」
大学入学すればすぐに紋女の会社でデスマーチが確定している秋子はここぞとばかりに立候補する。
「いや、お主は駄目じゃろ」
「何故ですさ!?」
雇い主(予定)に瞬殺され動揺する。
「節子とは無関係のバイトとして雇うと言っておいたじゃろが」
「で、ですが、いざ働きだしたら暦なんて珍しい名字で無関係とは」
「珍しいと言えば珍しいが本人達や人事が否定すればひとまず通るじゃろ。基本裏方じゃし問題なかろ」
「ぇえぇ……」
がっくり崩れた。
「お姉ちゃん、確か紋女さんの会社の社員食堂って厨房無かったと思うから、家で下拵え手伝って貰える?」
「し、詩季君……」
弟の優しい言葉に感動で目を潤ませる秋子。
「僕は下拵えから全部手伝う」
「俺も俺も」
追撃をかける姉と妹。
「運転手も要るな。私も行こう」
「あら。当然、保護者も必要よね」
「主催者としては終始監修せねばな」
とどめを刺しに来る保護者枠。
「……下拵え終わったら完全に仲間外れの流れ作られたさ」
「あー」
やはりガックリとうなだれる秋子。それを気まずそうに見る詩季に全員がピコーーーーンと脳裏に衝撃が走った。
ッ! この流れはやばい! 秋子と詩季、そして紋女以外の全員が察した。
これは春姫はカラオケが苦手だという話題の中で家族全員で「悪足掻きは無駄だ、よせ」と総攻撃したあとに「じゃ、二人だけでカラオケ特訓しよ(怒)」と実質デートとなったパターンだ、と。
「じゃあ、秋子お姉ちゃん」
「なーーーーんてな! 俺らがそんな寂しいことする訳ないじゃないか! 変装すりゃ良いんだってば!」
「名案。金髪のウィッグとか使えば良い」
「そうだな! マスク、サングラスで顔を隠せ!」
「そうよね! いっそのこと大学入ったら整形したら良いじゃないの!」
「そこまでする!?」
息子の握手はダメなのに娘は社内の表彰に携わるだけで整形まで薦める異常さにさすがの詩季も引く。
「え…………まぁ、参加、出来るなら、変装くらいはする、さ?」
何か大きな魚を逃がした気がして釈然としない秋子であった。
おまけ
紋女「さて。優秀社員賞に輝いた諸君!」
「「「おおおおお!」」」
紋女「本日は我が社の広報部所属の美男子による手料理じゃ! 存分に味わえ! お布施はそこのテーブルに置け!」
「「「おおおおお!」」」(万札どころか財布が飛び交う)
紋女「本当に出すな! 冗談じゃたわけ! そこのバカ二人拾うな! 集めるな!」
夏紀「いや、弟の分、無くしたら拙いと思って」
秋子(変装中)「社長さん、冗談が下手さ」
紋女「黙っておれ! こほんっ……あー、今回は皆のもの、よくぞやってくれた。ビュッフェ形式だから思う存分味わってくれ」
「「「おおおおお!」」」
詩季「あ。取り皿足りない」
春姫「皆さんに一枚ずつ皿配ってるし大丈夫じゃないか?」
詩季「んーでも、これ、ゼリーだし味が混ざっちゃう」
冬美「紙皿、買ってくる?」
詩季「そうだねぇ、でも折角だから、一人ひとりアーンしようか? あはは、なんちゃって」
「「「なんだって!?」」」
優秀社員達「「「社長、一生ついていきます!」」」
詩季「ナンチャッテーウソダヨーナンチャッテージョウダンダヨー」
春姫「……もう、聞こえてないぞ」
紋女「い、いや、それはちょっと」
優秀社員A「私たち、絶対に十鬼財閥を地獄にたたき落として見せます!」
優秀社員B「こんな社員想いな社長のもとで働けて私は幸せです! 絶対に十鬼財閥に勝ちましょう!」
優秀社員C「二月前に十鬼財閥からヘッドハンティングの話来てましたが美少年の手料理を夢見て私は叩き帰したんですよ! もっともっと稼ぎますから!」
優秀社員D「ゆ、夢……夢じゃない、よね? 男の子から、アーンだなんて、夢じゃないよね? 私、これ夢だったら、生きていけないよ?」
優秀社員E「夢じゃないよ! やっぱりうちは最高の会社よ! また頑張ろう! 死ぬ気で頑張ろう! 来年も、再来年も、絶対にこの権利は勝ち取るわ!」
紋女「…………今、撤回したら殺されないかのぅ」
須藤凛「本人に責任取って貰うしかないでしょう」
節子「全く、もう……詩季君?」
詩季「ご、ごめんなさいっ」
節子「もう…………社長……一時的には力で押さえられても後が怖いですし、仕方ないです」
紋女「そ、そうじゃな? 仕方ないな? では、皆のもの、順番にだな」
数秒後。
紋女「バカ者! 我が一番じゃ!」
節子「何を言ってるんですか! 私が一番でしょうに!」
夏紀「あの二人って、偉いんだよな?」
秋子「偉い馬鹿さね。専務もちゃっかり並んでるさ……あのアマ、随分と図太いさ」
春姫「……詩季?」
詩季「ご、ごめん」
春姫「もうちょっと、もうちょっとだけ、思慮深くなっては貰えないか?」
詩季「う、うん」
冬美(それ無理ゲー)
紋女の会社で詩季式士気爆上法が確立された瞬間であった。
皆様、今後とも宜しくお願いします。




