クッキー おかず
シリアスの皮を被った何か回。
先んじて出された紅茶に俊郎は驚いた。
「良い香りだ」
「弟渾身の一杯ですから」
言葉は淡々としているがその表情がニヤリと自慢げな秋子に俊郎は少し苛っとする。
「彼は本当にこの手の事が得意なんだな」
「自慢の弟ですから」
「会話になっていない」
弟自慢ならば他でやれ、と言外に込める。
「これは失礼。弟が兄のように慕っている男性に少し緊張を」
俊郎のツボを突こうと見え見えな台詞にさすがの俊郎も喜びよりも呆れが先に来る。
「食えない奴だ」
「弟専用でして。身も心も、そしてボディも」
「体多過ぎだろ。がっつく女は気持ち悪い。
しかし、お前ら姉弟はどうやっても下に繋げようとしてないか? セクハラで訴えるぞ」
秋子の言葉は事情を知らなければ近親相姦を望む特殊性癖か、倫理の欠如としか見られないであろう内容である。
冗談にしても冗談が過ぎる内容でもって、秋子は詩季がどういう立場なのか、どういった流れで今あるのかを俊郎に伝えたことになる。
それは俊郎も承知の上でツッコミを入れた。『家族で何言ってやがる』と言わないあたり、俊郎なりに配慮したつもりである。
「これは失礼しました。謝罪致します」
即座に頭を下げる秋子に苛々が増したが、紅茶で洗い流すように口を付ける。
春姫とは違う扱い難い年下の女に俊郎は嫌気がさす。宮子や、もう一人の詩季の姉、バスケットの試合で会った夏紀ほど短絡的であれば気を使わないのだが、どうもやりにくい相手であった。
「俺はお前みたいな奴は嫌いだ」
「さいで」
「崩れてるぞ」
外向きの態度だと解っているが、そこに敵意は感じはしない。
ただ、クッキーが焼けて詩季が戻るのを待っている自分を楽しませようとしているとも到底思えない。
「で? お前に俺の相手をしろと彼は言っていたのか?」
紅茶を出し、まだ立ち去らない秋子に俊郎は尋ねた。
言葉は邪険にしているようであるが、俊郎の目下の人間に対する標準的な態度であり、秋子もそれは承知していたので空気が悪くなることもなかった。良くなる訳でもなかったが。
「いえ、特には」
「ならお前の用件だけ端的に言え」
「弟をよろしくお願いします」
カーペットではなくフローリングの上で正座となり、床に頭をつけた。
「任せろ。と言ってもどこまで出来るかは知らんが、彼の悩みを聞くくらいは出来る」
「有り難う御座います」
秋子は姿勢そのままに礼をした。
「俺は彼を気に入っている。故にお前らとは利害は一致するだろう。ただ、詩季君が望まないなら話は別だと言っておく」
「最悪、弟が幸せならそれで十分です」
「余程、詩季君が大事なんだな」
「最愛です」
即座に断言する秋子に俊郎も考える。これはこれで良いのだろうか、良くないのだろうか。自分が判断するべきことではないのかもしれないが、家族にもし、詩季君が望まぬ関係を求められたら彼はどう思うだろうか、と。
家族愛と性愛は違う。俊郎の価値観ではそこは揺るぎないものである。
「妹がもう一人居ると聞いているが、その妹よりも?」
「別枠で最愛です」
「……そうか」
妹を大事に思う俊郎としては正しい答えであった。
「ちなみに母や姉達は弟や妹はおろか私自身より優先順位は低いです」
「それ、言う必要あるか? 他の家族が可哀想になってきたぞ」
「放っておいても力技で何事も撃破するタイプで、考えるだけ無駄なので」
春姫をよく知っているだけに解らないでもない俊郎。理屈はともかく感情的には納得した。
「弟のこと、よろしくお願いします」
「解った解った。閉め切った部屋で女が居ると女臭くて茶がまずくなる。さっさと出てけ」
再度の願いに俊郎は今度こそ邪険に追い払う。
秋子の想いに共感を覚えながら、紅茶を楽しんだ。
「これなんかオススメですね」
「オススメって、おい」
「こう、軽く噛んだらふわっとしそうじゃないですか?」
「いや、おい」
「逆にこっちのは歯ごたえ良さそうですし、これはこれで」
「詩季」
俊郎はいい加減ツッコミを入れる義務から逃れられないと悟る。
いつもの『君』付けもする気が失せるほどの義務感を今は抱いてしまう。
「何で男二人でエロ本品評会の流れに自然に乗せてんだっ 普通はこのクッキーの話題だろがっ クッキーのっ さっき恥じらいを拾えと言った矢先になんで」
「あ、火曜日に」
「燃えるゴミに捨てるんじゃないっ」
間髪入れない冴えたツッコミである。
俊郎に噛んだ時の感触云々を女体のふくよかさやスレンダーさで語るなどという経験が有るわけがない。
秋子あたりが扉の外で聞き耳を立てているかもしれないと何とか声を抑える。
「男が二人でどうして昼間っからエロ本なんぞ広げてんだって話だっ」
「……え?」
「急に宇宙の話をされたみたいな顔するなっ」
「僕は真理を」
「真理っ!?」
「大丈夫ですか?」
「こっちがおかしなこと言ってるみたいに!?」
「あ、ここ暦家なんで」
「どんな家だ!」
流石に我慢しきれず声を大きくしてしまう俊郎。怒っている訳ではないがツッコミの勢いが乗ってしまっていた。
「ツッコミあざーすっ」
頭を下げる詩季。これ以上やると流石に怒りそうなので戦術的撤退であった。
「……全く。君の家はお笑い芸人か何かか」
「Laugh&Peaceが我が家の家訓で」
「愛じゃないのか愛じゃ」
「笑顔って、素敵やん?」
もうツッコミ疲れた俊郎は乱暴に詩季の焼いたクッキーを噛み砕く。
芳醇なバターの香り、サクサクでありながらもしっとりとした濃厚な味わいが心を慰めてくれた。
その制作者が原因の心労なのである種のマッチポンプとも言える。
「……美味いな」
「良かった~」
詩季の手作りクッキーはシンプルながらサクサク、ホカホカでバターの上品な香りも相まって非常に美味であった。今回は贅沢にもカルピスバターをふんだんに使ったもので普段より一段上の味わいとなっている。
「菓子作りも上手なんだな」
「お菓子作りって言っても簡単なクッキーとかだけですよ」
やっと話題がエロ本から変えられたと安堵する俊郎。まだ床には多数の、そして多種多様なエロ本が開かれているがひとまず目を逸らす。
「ケーキとかは作らないのか?」
「労力と味の費用対効果が悪すぎて」
下手なクッキーよりも工程が多いケーキは面倒だから作る気ない、と理解し一応はツッコミを入れる。
「クッキーだってそれなりに大変だろ」
「そうでもないですよ? 世界征服よりはずっと楽です」
大げさという次元を越えている詩季に肩をすくめる。ケーキ作りは世界征服より難しいのかと小一時間問いつめたいが堪える。『え、何言ってるんですか?』と絶対に返されるからだ。
「あと自分では炊飯器でパン焼きますよ」
「ああ、そういう機能、うちの炊飯器にも付いてたな。君は炊飯器の料理が好きだな。そのパンは美味いのか?」
「やっぱり焼いた次の日だと味がかなり落ちますけど、その日の内に食べるなら、まぁなかなかですよ」
「やはり焼きたては大きいか」
「ですです。あと、クルミとかレーズンまぶすとさらに豪華に」
「やってみよう。レシピはネットので大丈夫か」
「結構適当でも大丈夫、というか食べられると思いますよ。クッキーのほうが分量厳密にしないと崩壊しますし、パンは最悪パサパサかモチモチになるくらいで食べられなくもないですから」
しばらくお菓子作りや料理のことで会話が弾んだあと、俊郎は切り出す。
宮子に適当に夕飯は食えと言ったものの間に合うならば作ってやりたいと思う兄心が仕事をした。
ただ、何よりも本日の目的というか、呼ばれた原因を解決せねばなるまい、と詩季を見据える。
「さて。相談事だったな。さあ来い」
「うわぁ……直球ですねぇ」
「内角ギリギリをえぐるのが好きでな」
「それだとデッドボール多くなりません?」
「許される相手にしか投げないな。乱闘は好みではない」
俊郎も相当だ、と詩季は苦笑する。
「まじめな話、こちらをご覧下さい」
詩季は一冊の雑誌を前に出す。
「ッ! やっぱりエロ本じゃねぇか! ジャンルも色々過ぎてもうよく解んねぇよ!」
「あざーっす!」
「ツッコミじゃねぇよ! 普通に驚いて動揺してんだよ!」
懲りるとか学習能力なども恥じらいとともに捨てたかと俊郎も呆れを通り越した何かの境地にたどり着いた。
「相談が無いと言うのなら真面目にそろそろ帰るぞ!?」
詩季はその俊郎の言葉に焦るでもなく、答える。
「俊兄さん、相談というのはまさにそのあたりでして」
「はぁ!?」
エロ本の処分でも手伝えというのか!? それならあっちの年上お姉さん系を、と本能のどこかで叫ぶがその前に詩季に遮られた。
「世の中色んなタイプの女性が居る訳ですけど、複数の女の人と付き合うって、リスク高過ぎません?」
「…………なるほどな」
詩季の相談したい内容とはそれか、とやっと合点がいった。エロ本から繋げる行為は微塵も納得いかないが。
「確かに、その相談は家族はおろか友人らにも出来ないな」
「そうなんですよねぇ。熊田君も川原木君も女性経験ないもんで。俊郎さんならくんずほぐれつヌルヌルなでろっでろに」
「俺は童貞だ!」
「その情報本当に要らないです結構です。何アピールです?」
以前出し損ねたツッコミを利子付きで発射。
「お前が変なこと言うから!」
「まぁそれはともかく」
「ともかく!?」
ボケ倒しの詩季にかかれば俊郎のツッコミ能力では対処しきれる筈もない。戦術的撤退を本人も意識しないところで取りやめていた。むしろ包囲殲滅陣であった。後先考えないあたりが特に。
「俊兄さんって、どうやって女の人たちとの付き合い調整してるんですか?」
「…………はぁ……もう、なんか疲れてきたんだが」
「人が真面目な話してるのに!」
「もうツッコまねぇぞ!」
「え、まだ若いのに」
「だぁあああああああああ!」
俊郎が詩季を身内だと思わなければとっくの昔に帰っただろう。だが、俊郎はこれでも、こんな男であっても気に入っている弟分である。怒りや嫌うという感情には至らないが流石にしつこかった。
そして俊郎なりの「あくまで俺の場合だが」という注釈付きのレクチャーを行った。
俊郎はあくまでギブアンドテイクを意識し、相手もそれで納得いけるのか、それとも俊郎にとって負担になるほどの何かを求めるのか、でそもそも人選をしていた。
つまり、俊郎からすると『重い女』は不要でむしろ遠ざけたい存在であり、その選別にくぐり抜けたお互いに都合の良い相手だけを選んで利用しているのだという。
たとえば、宮子のバスケの試合に向かうときに取り巻きの一人に車を出させたことがあったが、後日、その女性に大学の図書館で勉強を教える、などである。
ショッピングや映画、カラオケなどの恋人的なデートは余程のことが無ければ代償としては行わない。それはその相手が俊郎の他の取り巻きやファンから総攻撃を受けかねないからである。
俊郎は過去に一度、それで失敗し春姫が意図せず助けたという経緯があったため、そのあたりの管理は怠らなかった。
「恋人とか、そういう感じの人は?」
「俺がまだ求めて居ないからな。今まで居たこともないが、社会人になってからでも遅くはあるまい。
働きだしたらまとまった時間は取りにくくなるだろう。今の内に勉学に励んでおきたい」
「真面目っすなぁ」
「君はもうちょっと真面目に生きた方が良いな」
真似するつもりにはならなかった。だが、詩季にとって参考になった。
流れこそ禄でもないが詩季にとってプラスになったのではないか、と感じた俊郎は時計を見て帰宅することにした。
「俊兄さん。これ、今晩のおかずにどうぞ」
アルミの保冷バッグを渡される。
「え、良いのか?」
「どうぞどうぞ」
「では、有り難く頂こう」
「俊兄さん、本当にありがとう御座います」
「いや、なんということはない」
笑顔で手渡し、そして少し間をあけて、詩季は続ける。
「……あの」
「ん?」
「これからも相談して良い?」
少し遠慮したような、苦笑が混じっているような、表情を浮かべて詩季は尋ねる。どこか自嘲気味だと俊郎も見てとる。
「当然だ」
頼られるのは嫌いではない。ましてや妹も世話になっている上に好意を抱いている、かなり変だが好感のもてる弟分。それが千堂俊郎にとっての詩季である。
気分よく、おみやげを貰って帰るのであった。
おまけ
宮子「おかえり、どこ行ってたの? ご飯、まだなんだけど、お兄ちゃんの分も私が作ろっか?」
俊郎「あぁ、詩季君からおかず貰ったから」
宮子「え、詩季君の!? やった! お兄ちゃん、凄い! 最高!」
俊郎「全く。俺の料理じゃ不満みたいだな?」
宮子「そそそそんなことないよ!?」
俊郎「ちっ。風呂に先に入ってくる。全く、今日は疲れた」
宮子「いってらっしゃーい。…………何かなぁ、詩季君のおかずかぁ……って、え”……ぇえぇええ? …………えぇえええ!?」
~~入浴後~~~
俊郎は宮子に中身を見せられ速攻で詩季に電話をかけた。
俊郎「詩季! お前は! 何を! 考えてるんだ!」
詩季『え、もしかして嫌いでした? でも好き嫌いしてたら大きくなれませんよ?』
俊郎「これ以上大きくなってたまるか!」
詩季『え、もしかして不の』
俊郎「そういう意味じゃねぇよ! 何持たせてんだこの野郎!」
詩季『え、でも僕、今晩のおかずにってちゃんと』
俊郎「エロ本じゃねぇか! お前のオススメのエロ本じゃねぇか! なぜ保冷バッグに入れて渡す! なぜ無理矢理にでも下ネタに繋げる! 普通は夕飯になるような食べ物持たせるだろうが! その流れだったろうが! 完全に!」
詩季『変わったご家庭ですねぇ』
俊郎「うちが変みたいに言うんじゃない!」
詩季(いや本当にこの兄ちゃんおもろいわぁ)
絶好調の詩季であった。
ブクマが5555と切りの良いとこに達しそうなので、記念回として何かリクエストを受け付けさせて頂こうかな、と。
全部対応出来ないと思いますが、何となくこんなんどう?くらいで軽い気持ちで感想欄に書いて頂けると助かります。




