コウガマン 相談
千堂宮子は二年生になり、詩季と同じクラスになったこともあり日々充実していた。
「お兄ちゃーーーん、携帯なってるよ~~~!」
風呂に入っている兄の携帯が鳴り、ディスプレイに表示された名前を確認し、脱衣所ごしに声を掛けた。
「んあ? 折り返すから置いとけ」
俊郎は風呂が好きである。そして俊郎は勉学やサークル活動だけではなく、家事も担うため多忙の身、当然疲れも溜まる。
文句なしに安らぎの一時。故に、邪魔されたくない。
大抵は学業やサークルの用にかこつけたデートの誘いである。
「良いの? 詩季君からだよ?」
「それを早く言えぇええええええええええええええええええ!」
「ぇっ」
全裸のままタオルで隠しもせず宮子から携帯を奪う。
「お、お兄ちゃん、前! 前!」
正真正銘血の繋がった兄妹であり、顔立ちも似ているので兄の全裸どころか性器を見たところで嬉しいも何も無い。が、驚くのも当たり前である。
そしてこの世界では男性の胸部も『みだりに他者に見せるべきではない』部位である。つまりはハシタナイという観点から宮子の指摘は至極真っ当である。
「うるせぇ!」
しかし千堂兄妹の法は俊郎である。一刀の元に切り捨てる。
『あ、え、ご、ごめんなさい!』
「え」
そして丁度俊郎が叫んだ瞬間に操作してしまったらしく通話が開始されていた。
『ま、またかけ直します、ごめんなさいっ』
「ち、違う、今言ったのは宮子にだ! 君にではない!」
ツーツーツー
「…………くそッ」
「今のは私悪くないと思う!」
そんなことはさすがの俊郎も解っている。以前の俊郎ならば適当に宮子に当たり散らしたりするのだが、最近宮子は『良い仕事』をしていたが故に俊郎もブレーキが掛かった。
それは、『詩季君との電話』ローテーションに宮子が加わったことによってより一層詩季との共通の話題になりそうなネタが多く拾えたからである。
勿論宮子と詩季の通話を盗み聞きはしていない。
ただ、スピーカーモードにして二人の会話を気配を消しつつ聞いているのである。非常にアレな兄である。
兄が同性愛者ではないと確信している宮子は、よほど弟が欲しかったんだろうなぁ、と苦笑せざるを得ない。
この世界では『弟が欲しい!』という男子が意外と多いのである。
ちなみに昔の詩季は幼少時代に、節子に『弟欲しい』とねだった。その結果、弟ではなく妹となる冬美が生まれた。
何故節子が男の養子を追加で取らなかったかというと法的に決まりがあり、厳しい審査を通った女性一人につき男児は一人のみしか養子に出来ないためであった。
勿論抜け道はあるが、大企業の役員であるとはいえ流石にそこまでの力を節子は持っていなかった。故に人工授精で頑張ったのである。
しかし生まれたのは冬美。昔の詩季は『なんで女なんだよ』とふてくされ邪険にしたり苛めていたのである。
そんな悲劇はこの日本でも各地で数多く繰り返されていた。
運良く男児を授かっても今度は男子税を納める義務が発生するため、よほど裕福で幸運な家庭でなければ、いや、条件が揃っていようとも、兄弟揃っているのは非常に珍しいのである。
そして俊郎はその憧れが非常に強い男であった。
通える距離にあればそれこそ男子校に進学し義兄弟的な契りを交わしたかったほどに。
そして詩季個人の容貌も性格も非常に好ましく思っている上に、詩季の発言には俊郎も考えさせられることが多々あり学ぶところが多いと認識している。
だからこそ、宮子を後押しし、本当の意味で義理であろうと弟にしたいのである。
妹の想い云々こだわらずとも交流を続けるのが優先ではあるが。
「くっ」
何度も電話を掛けるが通話中なのか繋がらず焦る俊郎。
「夕飯……」
「え?」
「適当に……食ってろ」
ついには諦め、とぼとぼと靴を履いて外出した。特にあては無いままに。
「し、詩季君」
八百屋で買い物をしていた詩季と遭遇した。もしかしたら、という思いでうろついていた俊郎は僥倖に喜びつつ、誤解を解かなければと平静を装う努力をする。
「し、詩季君! さっきはすまなかった、違うんだ!」
努力は実を結ばなかった。
「え、あ、俊郎さん」
「こんにちは。お久しぶりです」
詩季の隣に立っていた秋子は腰を曲げて挨拶する。
事件後、詩季は一人での外出は基本的に禁止されている。
例え昼間の買い物であっても、登下校であっても必ず家族か暦家が認める詩季の友人が共に居なければならないとされている。
「お、おう」
秋子を認識していなかった俊郎は一瞬戸惑いつつも返事をする。
秋子としては返事の有無よりも唯我独尊のイメージのあった俊郎が明らかに詩季とのことで戸惑う姿に驚いてしまっていた。
「あー、なんかタイミング悪かったみたいで、すみません」
「いや、違う。悪かった。あれは宮子と話してただけだ」
誤解だと必死に言い募る俊郎。
え、彼女なの? 僕の彼女なの?
と詩季は苦笑いを浮かべながら誤解が解けた旨を伝える。
タイミングが悪かったと言えば悪かったのは事実であろう。
「それで、何か用だったのか?」
「あー。まぁ……ちょっと」
詩季の視線が一瞬秋子に向く。
「詩季君、まだお昼だから千堂先輩に家に来て貰ったらどうだい? 込み入った話なら詩季君の部屋でお茶でも飲みながらすれば良いさ」
詩季君の姉……名前は忘れたが、ナイスだ!
秋子の提案に俊郎は心の中で秋子に向かってサムズアップ。
「あー。もしお時間あったら遊びにきません? 新作のクッキー種有るんで焼きたて御馳走したいなぁと」
なんと。なんとなんとなんと!?
弟分からの焼きたてクッキーだと!? 以前宮子がバレンタインの際に貰ったというチョコは美味であった。
その際「減ったぁ~王子からのチョコ、減ったぁ~~~~!」と騒ぐ妹に「ほれ」と地味に高い洋菓子店のチョコを渡したが「違うよ~違うよ~嬉しいけど違うよ~!」と喚かれた記憶が蘇る。余計なものが付いた思い出であった。
「む、是非。ああ、しかし手みやげもなく行くわけにも。途中、店に寄って良いか?」
「この間、お茶御馳走になってますし気にしないで下さいよ。買い物はもう終わりなのでこのままどうですか?」
「色々弟がお世話になってますし、お気になさらず。今なら私たち以外は出かけてますので丁度良いかと」
秋子のさりげなくも微妙に気が楽になる一言。気分は初めて恋人の家に行く童貞のようである。
「そ……そうか。ではお邪魔させて貰おう」
ここで引いても得られる物はない! と出所不明の謎の気合いを持って誘いを受ける。詩季が何か相談したいという可能性がある以上、それを聞くのも早い方が良いに決まっていると判断したのもある。
「ところで秋子お姉ちゃん。忘れてたけど、普通に喋れたんだねぇ」
そうだそうだ、秋子という名だったか。俊郎は思い出す。忘れたというよりも秋子に女として全く興味が無かっただけであった。
「え」
「ん? そうか。まぁ俺が目上だからと気を使っているのだろうが、妹もお前らには世話になってるようだし詩季君の家族だ。普通で良いぞ」
「え、あ、はぁ」
「僕はてっきりいつもの話し方しないと死ぬんだと思ってたよ」
「私だってちゃんとTPOを弁えてるさ。というか詩季君、それ前も言ってたさ」
心外だ、とばかりに秋子は胡乱な目で詩季を見た。
「普通に話すとやっぱりちょっと気持ち悪いねッ」
明るく断言する詩季に秋子も俊郎もギョッとする。
「え、酷、ちょっとそれは酷いさ! え、本当!? やっぱりって、え、本当に気持ち悪い!?」
「冗談さ!」
「……仲、良いな」
他愛の無い会話だが、俊郎も程良く混ざって楽しみながら暦家に向かうのであった。
一流ホテルの受付の如く設備と人員が揃ったロビーに俊郎も流石に怖じ気付いた。
「……立派な住まいだな」
「いやぁ、引きますよねぇ。僕は引いた。ドン引いた」
感覚的には一般庶民の詩季。ただ世間一般で言えばお金持ちの息子だ。節子の資産も億は辛うじて届き、子供達名義の動産を含めれば上流階級の端っこか中流階級の上澄みに位置する。
「なるほど」
妹の宮子から詩季が女性からのホワイトデーなど以外の特別な理由のないプレゼント、貢ぎ物の一切を拒絶すると聞かされていた。
休み時間などの弁当のおかずの交換やお菓子のやりとり以外だと、せいぜいが肉山精肉店で他のお店よりも少し多めにサービスを受けているくらい。
性格もあるだろうが貢ぎ物に目がくらむほど金に困っていない、という以前の問題だと俊郎は暦詩季を再認識した。
「いくらするんだ? このマンション、凄すぎるだろ」
「母のものなのでちょっと解りかねますが、有り難いと思ってます」
流石に敬語をやめる訳にいかない秋子が複雑そうな顔で答える。
「うちも母親がそれなりに稼いでくれるが、桁が違うな。
まぁ詩季君ほど無防備な男ならこの位のセキュリティは必要だろう」
「え、僕、滅茶苦茶ガード堅いですよ? 難攻不落と書いてこよみしきと読むレベル」
「おい被害者」
宮子から詩季が数ヶ月前に誘拐されたのを聞いていた俊郎は即座につっこむ。
秋子の複雑な表情に流石にまずいと思った詩季は慌てて話題を変える。
「俊郎さん、折角ですから施設見てみます?」
「いや、住むわけではないから別に必要ないな。それより詩季君の新作クッキーが気になるところだ」
「まーかせて! 実に美味いこと間違いなしであーる!」
中指立てて右太股をあげる詩季。どうにもアレなポーズ。勿論その指を俊郎や秋子に向けるような真似はしないが、美少年枠であっても十分奇行である。
「なんでそんな古いネタを知ってるんだ」
究極超人カールという漫画の登場人物がよくとるポーズだと気付き心底呆れる俊郎。解る人には解るポーズではある。
「弟は意外とオタクでして。世代的には千堂先輩や姉の世代かちょっと上くらいですね。母の世代のも結構解るみたいですが」
「母校に光画部が無くて何よりだ」
「得意料理はおかゆライス」
「詩季君、ちょっと深呼吸すべきさ。ちょっとだいぶかなりアルティメットオーバーアクセラレートおかしいさ」
「なにをおっしゃるお嬢さん。逆光は勝利ッ」
「家族と居ると詩季君はこんな感じなのか?」
俊郎の感想に思わず首を横に振りそうになる秋子。詩季はある意味いつもおかしいが今日はそれ以上におかしい。
「しかし究極超人カールとは懐かしい。漫画のパトレイパーから俺はあの作者のに入ったが、カールのが好きだったな」
「お。通ですねぇ。鉄道の歌うたっちゃいます?」
「流石にそこまで覚えてないな」
ある意味でいつも通りの詩季の低レベルかつマニアックなボケ倒しに秋子と俊郎は苦笑いで付き合いつつ、三人は暦家に入る。
「紅茶で宜しいですか?」
何はともあれ客だ。秋子はもてなすべく問いかける。
「ああ、すまん」
「秋子お姉ちゃんが! ホットケーキ以外を!?」
「え……詩季君本当に今日どうしたのさ?」
詩季の妙なテンションにいい加減不安を覚えざるを得ない。それは俊郎とて同じであった。
「あ、冷静に返されると萎えるんで僕が紅茶とクッキー準備しまーす」
「え? なんで私が滑った感じなのさ?」
「え? 何言ってるの?」
「え? どうして私がおかしなこと言ってる感じなのさ?」
「え?」
「え?」
「え? ごめんね。ちょっと言ってる意味がわからない」
掴もうとしてもヌルヌルとすり抜け捕らえ所のない詩季に困惑する秋子。先ほどまで一緒に買い物していた時にはそれほど、いつも以上に変なところは無かっただけに戸惑いが隠せない。おかしくなったのは俊郎と会ってからだ。
しかし自分に取りあえず出来そうなことが思い浮かばないだけに、俊郎に相談事ということだからここは任せた方が良いのだろう、と何とか冷静になって退いた。
「俊郎さん、そこ、僕の部屋なんで。適当に座ってちょっとだけ待ってて下さいね」
「あ、ああ」
リビングではなく部屋に通される俊郎を見ながら、秋子は不安に囚われるのであった。
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