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幕間 肉山 → 細山

「何でこれ間違えるかなぁ」

(カルマ)で」

「は? 何でこれ、間違えるかなぁあ?」

「に、肉屋なんで、えっと、た、体罰はダメですよ?」

「零点もダメだよなぁ?」


 肉山は冷や汗を掻いていた。というのも、肉山は小テストで見事に零点を取ってしまい担任でもある杉本に生徒指導室に連れ込まれ、キレられたからである。


「おまえ、鎌倉幕府が何年かなんて、なんで間違えるの?」

「いや、もう、それしかないと思って」

「1192だろうが! 1192! 1129じゃねぇよ! こんなギャグみたいなサービス問題で何ボケてんだ!」


 杉本はついに切れた。


「でも、智恵子は794年で私の方が」

「それでもあいつは平均は行ってるわ! むしろ私が泣きたい!」


 平均学力が低いと学年主任からも嫌みを言われている杉本。全教科教えるような小学校ならまだしも教師が授業ごとに替わる高校でそんなこと言われてもどうしようもない。晩酌のビールが日々苦みを増していた。あまりに苦くて成績下位からケツを叩くことにしたのである。時には物理も辞さない気持ちで。


「お前なぁ! お前の姉ちゃんは成績良いのにどうしてお前はこんななんだ!?」

「うわぁ……先生、それって一番言っちゃいけないパターンじゃないですか? 姉妹での比較ってダメっすよ、しまいにはグレますよ? 姉妹だけに」

「うるせぇよ! 繊細な生徒になら気を使うよ!」

「肉子悲しい! 肉子泣いちゃう!」

「お前の名前は(あい)だろうが!」


 身削りギャグに真っ当なツッコミで切り込まれても全く堪える様子の無い肉山愛。その精神的耐久力というか、柔軟性は軟、いや、難攻不落。


「そんなんじゃ進学出来ないぞ!」


 就職率の低いギリギリ進学校では基本的に進学か浪人しか選択肢が無いので杉本の発言もそう外れてはいない。


「あ、私、家に就職するんで」

「え。姉ちゃんどうするんだ?」

「姉は優秀なんで就職するらしいっす」


 だからと言ってああそうですかと終わらせられる問題ではない。


「次、平均取れなかったら、私にも考えがある」

「は?」

「夏休み、すべて失うと思え。私が全教科、毎日毎日みっちり詰め込んでやる」


 あまりにあまりな提案に肉山は引く。そんなことしていたら教師なんてやっていられないだろう、と杉本を疑いの眼差しを向ける。


「マジだ」


 完全に据わった目で告げられるが、しかし、それに肉山が付き合うだけの拘束力があるとは思えない。そもそも平均点を取れば良いのだがそれは頭に無いのが悲劇と言える。


「そんな横暴が通る訳ないじゃないっすか」


 あまりの非日常な空気にヒキツり笑いを浮かべる肉山に杉本は瞬殺する。


「通す。お前の親を落とす。進級も難しいと言えばむしろ感謝さえされるだろう」


 肉山の膝がガクガクと笑った。


「ひ、ひどい」

「酷いのはお前の成績とその贅肉だ!」

「酷ッ! 王子はそれでも可愛いって言ってくれるもん!」


 何の責任もないのに業の深さの一端を暴露される詩季。まさに日頃の行いの賜物であった。


「暦なら気を使ってどんな女だって可愛いって言うだろうが!」

「うっ」


 自分に自信の有る訳ではない肉山は初めて涙目となるのであった。




 教室に戻り、肉山は即座に絵馬に泣きついた。

 絵馬は智恵子らと付き合うまでは成績は中の下であった。が、詩季に少しでも良いところを見せようと、今では全体の上位二割には入る成績を有するようになった。


「第一回、肉っちを救う会~~~ドンドンドンパヒュパヒュー!」

「智恵子、ノリノリなところ悪いけど、肉っちの成績だともう付きっきりじゃないと無理だよ?」

「そう? 肉っち、3足す3は?」

「1、2、3、いっぱい!」

「ちょっとは真面目にやれよ!」

「え、今のギャグの振りでしょ!?」

「お前を試したんだよ!」

「マジで!?」

「マジマジ!」

「マジマジマジ!?」

「マジマジマジマジ!」


 即座に始まる漫才に頭を抱える絵馬。放置したいところだが、それでは親友に対してあまりに冷たい。漫才にはツッコまないのが絵馬なりの抵抗である。


「そもそも授業についていけてないんだから塾とか行ったら?」


 肉山家の家業はそこそこな規模の精肉卸販売業なので裕福だと思った。


「お前にそんな金をかけるつもりはない! と宣言されてるんだよねぇ、あはは。

 はじめ、たまたま買い物に来た王子にうちの母親が勉強教えてあげてって頼もうとしててさぁ。さすがにやばいって思って必死で止めたんだ。塾か家庭教師でってお願いしたんだけどね、止められた事が腹立ったみたいでキレられたんだわぁ」


 肉山母はなんと危険な真似をするのだ、と絵馬は冷や汗を掻く。何度も会っているが気の良い豪快な母親という印象が強い。迂闊な事を言い出しかねないのは解るような気がした。


「お前それ、ツーマンだったら次の日から苛められるぞ? 具体的には私たちから。過去の絵馬ッチのように」

「ハリー、何で今私を抉った? ん?」


 笑顔の絵馬。


「ジョークジョーク」


 苦笑いの針生。


「ん?」

「いやぁ、うん、ポッチー食べる?」

「ん?」


 誤魔化そうとするがどうやら足りないらしい。


「ジュース奢る」

「ハリーの詩季君デート券で良いよ」

「絵馬ッチ、絶交だッ」


 ゴゴゴゴゴッ


 頭脳派二人のじゃれ合いだと智恵子も肉山も解っているので口は出さない。


「喧嘩なら買うよ? 具体的には詩季君に泣きつく」

「うわぁ、私も泣きついて抱きつく」


 日常的な茶番である。


「一緒行こうか。自然にいけるようちょっと作戦考えなきゃ」

「だな」

「ちょ、二人とも! 私も混ぜてよ!」

「智恵子はこの間デートしたばかりじゃない」

「いやいやいや! 私の成績は!?」

「うーん。ちょっと考えさせて」


 なんだかんだで困ってる親友を放置出来ない絵馬に当事者である肉山を除く二人は苦笑いを浮かべるのであった。



 ちなみに詩季と友人達の一学年での最後の期末考査順位は次の通りである。


 生徒は一学年約二百人、内百六十人が女生徒である。男性人口の比率そのままな可もなく不可もない、平均的な、やや進学校である。


 一位   千堂宮子

 二位   熊田

 十二位  詩季

 十六位  針生

 二十二位 伊達絵馬

 百三十位 智恵子

 百九十位 肉山愛

(番外 百二十位相当 須藤加奈子 期末考査は入院中だったため受けず)


 百八十位あたりから下は誤差でしかない。






 夜。


「という訳なんだよね」

『なるほどねぇ。絵馬ちゃんって、苦労性だよねぇ』


 詩季に相談という体で電話した。事件以降、徐々に詩季は女友達をちゃん付けや愛称呼びするようになっていた。

 呼ばれるもの達は距離感が縮まったのを実感し感無量である。


『愛ちゃんってあのキャラだけで色んなものぶっちぎって陽キャラだからある意味困ったもんだよね』

「あー。詩季君って結構よくみてるよねぇ」

『女子限定だけどね、あはは』


 詩季と電話でコンタクトが取れる人間は限られている。

 家族や大人枠を除けば、智恵子、針生、肉山、絵馬、加奈子、俊郎・宮子、熊田、川原木くらいである。詩季とコンタクトを取れる事がある意味でステータスとなっていた。

 そして男性陣を除けば一日おきでローテーションで夜、寝る前に会話が出来るのであった。


 これは詩季が「十分くらい、十一時からだったら電話出来るよ? 出れなかったらメールだけでも返すから」と誘拐事件後に智恵子らに言ったためである。


 その発言により誰が電話するか、ということで争いになりそうになったが、話し合いによりローテーションとなったのである。


 これは恩返しの一環である。その場に居なかった宮子についてはそれでも他の場所で奔走していたこと、智恵子の友人ということ、そして俊郎の妹ということでそのローテーションに入ることが出来た。


「どうしたものかなぁ。詩季君、何か良いアイデア無い?」

『僕が教えようか? さすがに毎日何時間もって言う訳にはいかないけど』

「肉っち、間違いなく苛められるよ? 具体的には私に。この私に。元苛められっこの私に」

『あはは、怖ぁ』

「女は怖いんだよ? あはは、冗談だけど」


 冗談だと解っているから言える、聞き流せる内容である。


「でも本人も何が解らないか解らないって状況だから教えるとなるといくら友達でもつらいし空気的にどうなのかなって」

『まぁ自己責任と言えばそれはそれだけどねぇ。愛ちゃんのお母さんに頼まれそうになったけど、あれはあれで違うニュアンスだったからなぁ』

「おばさん、チャレンジャーだよね……一歩間違えれば訴訟もんだよ」

『僕は気にしないけど、世間一般だと危ういかもね』

「うーん……塾でも行けば良いのに」

『最悪杉本先生が勉強見るって言ってるから、おばさんもそうなってるんじゃないかな。たぶん損得勘定だけで言ってると思う』

「そっかぁ……かと言って万が一進級出来ないとかなると」


 あまり自分の時間をかける訳にもいかない。そんな教える時間があるのなら自分の勉強に専念した方が良いのは当たり前だからである。どこまで情けを掛けるか、友人と言えど限度はあるのである。

 かと言って、何が解らないか解らないというレベルの肉山愛を放置すれば待っているのは地獄の夏休み。自業自得ではあるがそれはあまりに絵馬としても寂しい。


 なんだかんだと肉山の明るさ、忍耐強さには助けられてきたのだから。


『じゃあ、次のテストで愛ちゃんが全教科平均点越えたら、ご褒美で愛ちゃんに勉強教えてあげた皆でプール行くとかどう? 僕がプロデュースするよ?』


 確かにご褒美ではある。ただ、誘えば一緒に軽く来てくれそうな詩季が言うと贅沢な話ではあるがいまいちプレミア感が無い気がした。

 それなら素直に詩季から頼まれて勉強を教えた方がよい気もする。

 この世界の女の常で、ささやかなプライドとして、餌に釣られた感は出来るだけ見せたくも感じたくもないのである。


『で、こう言うと何様だって気もするんだけど、僕と一緒にウォータースライダー乗れるとか、流れるプールで亀ごっことか、きゃっきゃウフフなイベントを』


 策士詩季。自分がやりたいだけであるがサービスの体で実現しようとしたのである。

 そして策は成す。


「やる。絶対に平均点超えさせる。天変地異が起きようと絶対に」


 手の平くーるくるに関しては秋子並の名手である絵馬は秒を置かずに答えた。


『え、あ、はい』


 通話終了後、絵馬は主要メンバーに連絡した。


「緊急事態! 肉っちが次の中間考査で平均点超えられたら協力者は詩季君と一緒にプールでウォータースライダータンデム! 流れるプールで亀ごっこ!」


 結果としては、スパルタ教育により見事平均点を超えた。

 一時的にとは言え肉山が細山と呼ばれる程にゲッソリなったがテストの翌日には元に戻ったのを見て、人体の不思議に詩季は驚愕するのであった。






※鎌倉幕府が今の定説では1192じゃないとかツッコミは無しでお願いします。


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