江戸時代のハイコンテクスト(4/8)
「『ハイコンテクスト』とは共通認識や文化的背景、知識、カルチャーを前提として会話が進むことです。例をあげますね。カブラギさん『仮名手本忠臣蔵』ご存じですか?」
「はあ……歌舞伎の演目ですね。高校の授業で歌舞伎座まで行きました。実際に起きた『赤穂事件』を元にしたお話ですよね」
「そうです。実際は西暦1701年。江戸城の松の廊下で吉良上野介を斬りつけたとして浅野内匠頭が切腹させられた。それを不服とした大石内蔵助含む家臣四十七士が敵を討った事件ですね。本懐は遂げたものの全員切腹となりました。そこでカブラギさん。なぜこれが『仮名手本』だかわかりますか?」
「え……家臣が47人だったからですよね?」
「どういうことです?」
「だから……『ひらがな』が47文字だから……。さっき『いろは歌』書いてくださったじゃないですか。いろはにほへとちりぬるを……」
「それなら『仮名忠臣蔵』でいいじゃないですか」
「え?」
「『ひらがなが47文字だから』なら『手本』はいらないでしょう。なぜわざわざ『仮名手本』にしたのですか?」
はあ? え? だから『仮名手本』と言えば『47文字』だと確定するからじゃないの? あと『仮名手本』て今でいう『五十音表』だよね? 手習いに使ってたから親しみがあったってことじゃない?
「これが『ハイコンテクスト』です。平成生まれのカブラギさんには見えてないことが、江戸時代の人は見えていたんですよ」
?????
◇
「では先ほど書いた『いろは歌』をもう一度書き直してみましょう」
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いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
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「あれ? 先ほどとちょっと書き方違いませんか? 7文字づつになってる。これだと意味が分かりづらいです。『よたれそつねな』と書くより『わかよたれそ(我が世誰ぞ)』と書いた方が良くないですか?」
「古典文献だとこのように書かれることもあるんですよ。それでは行の末尾だけ読んでみてください」
紫陽はノートの『いろは歌』を指でなぞった。
適度にザラザラした紙質が指先に心地よい。
「えっと……と・か・な・く・て・し・す?」
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いろはにほへ と
ちりぬるをわ か
よたれそつね な
らむうゐのお く
やまけふこえ て
あさきゆめみ し
ゑひもせ す
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もしかして『咎無くて死す』?
「『咎無くて死す』つまり『罪がないのに死んだ』という意味になります」
「あ!!!!」
「これ。昔から有名な『隠し文字』だったそうです。偶然なのか、意味があってこうなっているかはわからない。しかし江戸時代の人はみなこの『とかなくてしす』を知っていた。なぜなら彼らはひらがなを『五十音表』ではなく『いろは歌』で覚えていたからです」
「そうか! 『仮名手本』と聞いただけで即座に『咎無くて死す』を理解したということですね!? 『これは罪もないのに死んだ四十七士の物語なんだ』と」
「そういうことです」
歌舞伎座で見たときは一切気づかなかったわ!
◇
「もう一つ『ハイコンテクスト』について説明しましょう。カブラギさん。電車の『中吊り広告』はご覧になりますか?」
「あ。はい。通勤に電車乗るので……。電車にぶら下がっている広告のことですね」
「中吊り広告には週刊誌がよく出稿しています。一番下に白い空間があって、そこにキャッチコピーを載せるんです。いわばその号の『顔』です。1995年に奇妙なキャッチコピーが載ったんですよ。カブラギさんお生まれは何年?」
「2001年5月29日です」
「やあ。『21世紀の子』ですね。生まれる前のできごとですが、『地下鉄サリン事件』はご存じですか?」
「もちろんですよ!」
1995年、3月20日に発生した同時多発テロ事件。世界でもまれにみる化学兵器を利用した無差別テロ事件である。犯人は『オウム真理教』という宗教団体であった。
「その事件の後にね。週刊誌の中吊り広告に奇妙なキャッチコピーが載ったんです」
◇
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