最終話 彼女がみた、最後の未来
これまでの功績が認められ、クラウスに〝護国卿〟の称号が贈られる。それは王族に次ぐ、名誉な地位だ。
護国卿はシルト大公とシュヴェールト大公家がひとつの家だった時代に、当主が担っていたものでもあった。
つまり、ふたつの一族は長い時を経て、ひとつに戻るのだ。
これからクラウスはシルト=シュヴェールト大公と呼ばれるのだろう。
クラウスが自らの手で掴んだ奇跡に、私は涙が止まらなくなる。
私だけでなく、クラウスの運命も大きく変わったようだ。
◇◇◇
私達が抱えていた問題が解決し、やっとのことで結婚式の当日を迎えた。
どれだけこの日を望んでいたのか。私だけでなく、クラウス自身もそうだったという。
ついに今日、私達は夫婦となるのだ。
コルヴィッツ侯爵夫人は結婚式を楽しみにするあまり、昨晩は一睡もできなかったらしい。朝食後、眠くなったというので、仮眠してもらっている。
私は朝から着飾る時間に費やしていた。
今日のために、侍女達は気合いたっぷりでいた。すっかり打ち解けたネーネも、一生懸命身なりを整えてくれる。
朝から五時間以上かけ、私は婚礼用のドレスを纏ったのだ。
数年かけてコルヴィッツ侯爵夫人と作ったドレスは、当初の予定以上に贅が尽くされたものとなっていた。重さも想定以上である。なんとか頑張ろうと、心の中で誓ったのだった。
その後、やってきたクラウスも、目の下に濃い隈を作っていた。コルヴィッツ侯爵夫人同様、眠れなかったようだ。
「クラウス様も、少し眠ってください」
「いや、目が覚めた。エルーシア、きれいだ」
「はいはい」
眠っていない人の言葉なんて信用できない。
幸い、クラウスは髪を整える前だったので、少しならば仮眠できるだろう。
長椅子に腰かけ、膝をぽんぽん叩く。
「膝枕を貸して差し上げますので、少しの間でもいいので眠ってくださいませ」
「眠るのはいいが、膝枕になんかしたら、ドレスに皺が寄るだろうが」
「幸い、このドレスは屈強な刺繍が入っていて、騎士の剣も通さないかと思われます」
クラウスが少し寝た程度で、皺になるはずがない。そんなことよりも、つべこべ言わずに横になるよう言った。
膝にクッションを置き、再度ぽんぽんと叩く。すると、クラウスは抵抗を諦めたのか、横になってくれた。
「寝心地はよくないかもしれませんが」
「いや、最高だ」
クラウスの頬を手の甲で撫でているうちに、眠ってしまったようだ。
眉間に皺が寄っていたので、指先でぐいぐいと伸ばしておく。
途中、アルウィンがやってくる。鳴きそうな気配があったので、彼の鼻先に指先を宛てて、静かにするようにと促した。
今日はアルウィンまで首にリボンを結び、めかしこんでいた。
ベルベットの薄紅色のリボンがよく似合っている。
すてきね、と褒めながら撫でてあげると、目を細めていた。
こうして家族に囲まれていると、安心してしまったのか、眠くなってしまう。
アルウィンのゴロゴロと喉を鳴らす音を聞きながら、私は目を閉じた。
ここ最近、熟睡ばかりしていた私が、久しぶりに夢をみた。
それは、小さな赤ちゃんを抱く、クラウスの姿である。
「この子の名前は、高潔な男にしよう」
珍しく満面の笑みを浮かべ、クラウスは我が子に命名する。
これ以上ない、幸せな夢だ。
「あ――」
瞼を開くと、逆に私がクラウスの膝を借りて眠っていたではないか。
「クラウス様、目を覚ましたのならば、起こしてくれたらよかったのに!」
「幸せそうに眠っていたから、起こせなかったんだ」
「まあ!」
クラウスの手を借りて起き上がり、彼の服に皺などできていないか確認する。
「エルーシアは天使の羽根ほどの重さしかないのだから、皺なんて付くはずがないだろう」
「クラウス様、あなたの言う天使は、六十ヤードほどの身長がある、超巨大天使なのですか?」
「そんなわけない」
冗談はこれくらいにして。服は問題ないようで、ホッと胸をなで下ろす。
「それはそうと、なんの夢をみていたんだ?」
「秘密です」
いつか訪れる、約束された幸せな未来――それに関しては、お楽しみにしておこう。
「その日が訪れたら、クラウス様にお話しします」
「わかった。覚えておこう」
契約書でも書かされるのではないか、と思っていたが、クラウスは私の腰を抱き寄せ、ぐっと接近する。
「もしや、誓いのキスですの?」
「そうだが」
結婚式の前に、わざわざする必要なんてあるのか。疑問でしかなかったものの、ふたりでひっそり誓い合うキスもいいだろう。
そう思い、抵抗せずにいた。
クラウスは軽く触れるだけのキスをする。
世界一幸福に満ちた、誓いの口づけであった。
◇◇◇
コルヴィッツ侯爵家の庭で、私達は結婚式を執り行う。
もっと大きな会場で、という声もあったものの、大聖堂であった事件は私達の中で心の傷となっていた。
そのため、結婚式は身内だけでひっそり行うことに決めたのだ。
庭に広げられた真っ赤な絨毯の上を、クラウスと共に歩いて行く。
コルヴィッツ侯爵夫人は瞼を腫らし、大号泣である。侍女達やネーネも目を真っ赤にさせ、涙していた。国王陛下と王妃殿下はにこやかに私達を見守ってくれる。
クラウスの仕事人間な父親も、今日ばかりは参列していた。
神父と参列者の前で永遠の愛を誓う。
結婚指輪は、アルウィンが運んできてくれた。
最後に、誓いの口づけを行う。クラウスが衆目の前でキスするなんて恥ずかしい、と言っていたので、頬にする予定だった。
それなのに、それなのに、ヴェールを上げたクラウスは、あろうことか唇にキスをする。
恥ずかしいと言っていたのは、どの口だったのか。
参列者達はワッと湧き、拍手が巻き起こる。
夢のような光景を前に、私は幸せだと思った。
そんなわけで、私はかねての目標通り、クラウスと結婚した。
彼と共に歩む人生は、光で満ち溢れていたのだった。
死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください! 完
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
後日、番外編を更新しますので、ブックマークはそのままでお願いします!




