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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第九章 シルト大公家の娘、エルーシア

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最終話 彼女がみた、最後の未来

 これまでの功績が認められ、クラウスに〝護国卿ロードオブプロテクター〟の称号が贈られる。それは王族に次ぐ、名誉な地位だ。

 護国卿はシルト大公とシュヴェールト大公家がひとつの家だった時代に、当主が担っていたものでもあった。

 つまり、ふたつの一族は長い時を経て、ひとつに戻るのだ。

 これからクラウスはシルト=シュヴェールト大公と呼ばれるのだろう。

 クラウスが自らの手で掴んだ奇跡に、私は涙が止まらなくなる。

 私だけでなく、クラウスの運命も大きく変わったようだ。


 ◇◇◇


 私達が抱えていた問題が解決し、やっとのことで結婚式の当日を迎えた。

 どれだけこの日を望んでいたのか。私だけでなく、クラウス自身もそうだったという。

 ついに今日、私達は夫婦となるのだ。

 コルヴィッツ侯爵夫人は結婚式を楽しみにするあまり、昨晩は一睡もできなかったらしい。朝食後、眠くなったというので、仮眠してもらっている。

 私は朝から着飾る時間に費やしていた。

 今日のために、侍女達は気合いたっぷりでいた。すっかり打ち解けたネーネも、一生懸命身なりを整えてくれる。

 朝から五時間以上かけ、私は婚礼用のドレスを纏ったのだ。

 数年かけてコルヴィッツ侯爵夫人と作ったドレスは、当初の予定以上に贅が尽くされたものとなっていた。重さも想定以上である。なんとか頑張ろうと、心の中で誓ったのだった。


 その後、やってきたクラウスも、目の下に濃い隈を作っていた。コルヴィッツ侯爵夫人同様、眠れなかったようだ。


「クラウス様も、少し眠ってください」

「いや、目が覚めた。エルーシア、きれいだ」

「はいはい」


 眠っていない人の言葉なんて信用できない。

 幸い、クラウスは髪を整える前だったので、少しならば仮眠できるだろう。

 長椅子に腰かけ、膝をぽんぽん叩く。


「膝枕を貸して差し上げますので、少しの間でもいいので眠ってくださいませ」

「眠るのはいいが、膝枕になんかしたら、ドレスに皺が寄るだろうが」

「幸い、このドレスは屈強な刺繍が入っていて、騎士の剣も通さないかと思われます」


 クラウスが少し寝た程度で、皺になるはずがない。そんなことよりも、つべこべ言わずに横になるよう言った。

 膝にクッションを置き、再度ぽんぽんと叩く。すると、クラウスは抵抗を諦めたのか、横になってくれた。


「寝心地はよくないかもしれませんが」

「いや、最高だ」


 クラウスの頬を手の甲で撫でているうちに、眠ってしまったようだ。

 眉間に皺が寄っていたので、指先でぐいぐいと伸ばしておく。


 途中、アルウィンがやってくる。鳴きそうな気配があったので、彼の鼻先に指先を宛てて、静かにするようにと促した。

 今日はアルウィンまで首にリボンを結び、めかしこんでいた。

 ベルベットの薄紅色のリボンがよく似合っている。

 すてきね、と褒めながら撫でてあげると、目を細めていた。


 こうして家族に囲まれていると、安心してしまったのか、眠くなってしまう。

 アルウィンのゴロゴロと喉を鳴らす音を聞きながら、私は目を閉じた。


 ここ最近、熟睡ばかりしていた私が、久しぶりに夢をみた。

 それは、小さな赤ちゃんを抱く、クラウスの姿である。


「この子の名前は、高潔な男アーディにしよう」


 珍しく満面の笑みを浮かべ、クラウスは我が子に命名する。

 これ以上ない、幸せな夢だ。


「あ――」


 瞼を開くと、逆に私がクラウスの膝を借りて眠っていたではないか。


「クラウス様、目を覚ましたのならば、起こしてくれたらよかったのに!」

「幸せそうに眠っていたから、起こせなかったんだ」

「まあ!」


 クラウスの手を借りて起き上がり、彼の服に皺などできていないか確認する。


「エルーシアは天使の羽根ほどの重さしかないのだから、皺なんて付くはずがないだろう」

「クラウス様、あなたの言う天使は、六十ヤードほどの身長がある、超巨大天使なのですか?」

「そんなわけない」


 冗談はこれくらいにして。服は問題ないようで、ホッと胸をなで下ろす。


「それはそうと、なんの夢をみていたんだ?」

「秘密です」


 いつか訪れる、約束された幸せな未来――それに関しては、お楽しみにしておこう。


「その日が訪れたら、クラウス様にお話しします」

「わかった。覚えておこう」


 契約書でも書かされるのではないか、と思っていたが、クラウスは私の腰を抱き寄せ、ぐっと接近する。


「もしや、誓いのキスですの?」

「そうだが」


 結婚式の前に、わざわざする必要なんてあるのか。疑問でしかなかったものの、ふたりでひっそり誓い合うキスもいいだろう。

 そう思い、抵抗せずにいた。

 クラウスは軽く触れるだけのキスをする。

 世界一幸福に満ちた、誓いの口づけであった。


 ◇◇◇


 コルヴィッツ侯爵家の庭で、私達は結婚式を執り行う。

 もっと大きな会場で、という声もあったものの、大聖堂であった事件は私達の中で心の傷となっていた。

 そのため、結婚式は身内だけでひっそり行うことに決めたのだ。


 庭に広げられた真っ赤な絨毯の上を、クラウスと共に歩いて行く。

 コルヴィッツ侯爵夫人は瞼を腫らし、大号泣である。侍女達やネーネも目を真っ赤にさせ、涙していた。国王陛下と王妃殿下はにこやかに私達を見守ってくれる。

 クラウスの仕事人間な父親も、今日ばかりは参列していた。

 神父と参列者の前で永遠の愛を誓う。

 結婚指輪は、アルウィンが運んできてくれた。


 最後に、誓いの口づけを行う。クラウスが衆目の前でキスするなんて恥ずかしい、と言っていたので、頬にする予定だった。

 それなのに、それなのに、ヴェールを上げたクラウスは、あろうことか唇にキスをする。

 恥ずかしいと言っていたのは、どの口だったのか。

 参列者達はワッと湧き、拍手が巻き起こる。

 夢のような光景を前に、私は幸せだと思った。


 そんなわけで、私はかねての目標通り、クラウスと結婚した。

 彼と共に歩む人生は、光で満ち溢れていたのだった。


 死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください! 完

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

後日、番外編を更新しますので、ブックマークはそのままでお願いします!

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