氷解する
太陽の光がさんさんと降り注ぐ。それはまるで、私達を祝福しているようだった。
「クラウス様、ヒンドルの盾が、わたくしを癒やしてくれたのです」
「ヒンドルの盾が……? しかし、それは当主にしか使えなかったのではないか?」
「ええ。もっとも知られている、いかなる攻撃も防ぐ、という力はわたくしには発動されませんでした。しかしながらもうひとつ、ヒンドルの盾には癒やしの能力があったのです」
それを可能とする引き金は愛――そう告げると、クラウスは驚き、そして安堵の表情を浮かべる。
「クラウス様、わたくしはもう大丈夫です」
私の言葉に応えるように、クラウスはぎゅっと抱きしめてくれた。
「エルーシアさん!!」
コルヴィッツ侯爵夫人が駆け寄ってくる。騎士の制止を振りほどき、やってきたようだ。
「お祖母様!」
「ああっ!」
コルヴィッツ侯爵夫人は涙を流しながら、私とクラウスを抱きしめた。
私も顔がぐちゃぐちゃになりながら泣いてしまう。
ここまでいろいろあったが、なんとか自分の運命を切り開いた。
もう二度と、誰かの思い通りになんてならない。私の人生は、私だけのものだから。
きっとこの先も、困難が訪れるだろう。
けれども、クラウスと一緒ならば、乗り越えられるだろう。
そんな気がしてならなかった。
◇◇◇
拘束されたヨアヒムは、全治二ヶ月ほどのケガを負ったものの、命に別状はないという。また意識もあることから、取り調べが始まったらしい。
彼の口から、事件についてさまざまな情報が明らかとなる。
すべての騒動の発端は、ヨアヒムによるものだったらしい。
ウベルを唆し、兄と接触した上に、私達家族に接近するよう命じたのも彼だった。
なんと、ウベルにシルト大公家を掌握させ、自分はシュヴェールト大公となる。そして、最終的にはシルト大公家を潰し、ふたつの家を乗っ取るつもりだったらしい。
彼は父とイヤコーベの出会いから仕組んでいたという。手口は信じがたいものだった。
父の食事に媚薬を仕込み、イヤコーベが魅力的な女性に見えるよう細工していたのだという。それを数回繰り返した結果、父はイヤコーベとの結婚を決意したようだ。
イヤコーベとジルケは、シルト大公家を内側から混乱に陥れるために送られた刺客だったというわけだ。
ただ、イヤコーベとジルケはヨアヒムに利用されていたとは思っていなかった。イヤコーベは父の食事に媚薬が仕込まれていたなんて知らず、見初められたと信じていたのだという。
他人を意のままに操るなんて、ヨアヒムはとんでもない男だと思ってしまう。
ジルケによる父の殺害にも、彼が関与していたようだ。
なんでも、ジルケの食事に神経を刺激する薬を混ぜていたらしい。その影響もあり、父を手にかけてしまったようだ。
ジルケだけでなく、イヤコーベの食事にも仕込まれていた。彼女らが執拗に私をいじめ、散財を繰り返したのは薬の影響が大きいという。
けれども、自分の意思も重要だというので、情状酌量の余地はないのだろう。
私の食事にも入っていたようだが、料理人が変わってからほとんど家族と共に食べていなかった。そのため、影響がなかったのだろう。
父の遺体は、ヨアヒムが所有する屋敷の地下に埋められていたという。遺体は運び出され、空だったお墓に埋葬される。
彼がしたのはそれだけではない。
兄バーゲンの隣国への旅行を促し、第一王女との出会いを演出し、手を出させた。それを画策したのもヨアヒムだった。当時、第一王女は我が国の王太子との結婚よりも、護衛騎士と共に生きることを望んでいた。さらに第一王女は騎士との子どもを妊娠し、どうしようもない状況にまで追い詰められる。そんな彼女に、ヨアヒムは兄との騒動を起こすように進言したようだ。
事態は上手い具合に転がり、兄は拘束され、第一王女と王太子の結婚は破談となった。
さらにヨアヒムは隣国の外交官と取り引きし、第三王女と王太子の結婚を提案した。
兄の騒動を我が国の弱みとし、交渉を持ちかけるよう助言したという。
国王陛下は婚姻話に慎重な姿勢を見せていたのだが、時間をかけてはいけないと、第三王女を無理矢理送り込んだという。
その後、ヨアヒムは王妃殿下の襲撃や、私を湖へ落とした事件、クラウスの暗殺なども、裏で糸を引いていたらしい。
隣国の外交官や第三王女ですら自分の野望のために利用するなんて……。
彼のせいで、とんでもない目に遭ってしまった。
兄は冤罪だったということで、引き渡しの交渉が行われたらしい。
結果、刑期が縮められ、五年後に帰国できるようだ。
騙されたとはいえ、結婚が決まっていた第一王女に手を出し、ふたつの国の関係にヒビを入れかけたことに変わりはない。しっかり罪を償ってから帰ってきてほしい。
ヨアヒムは拘束され、これから刑が執行される。死刑になる確率が高いようだが、まだ判決は出ていない。
ひとまず、私達に危険が迫ることは二度とないだろう。
◇◇◇
何もかもが落ち着いたあと、クラウスに私の能力について打ち明けた。
以前、軽く話してあったが、しっかり説明するのは初めてだ。
突拍子もない話であったが、彼は信じてくれた。
「エルーシアの能力には、何度も助けられたからな。ずっとひとりで抱えて、辛かっただろう? もっと早く、詳しく聞いていたら――」
「いいえ。わたくしは大丈夫でした。困ったときには、いつも傍にクラウス様がいてくださったから」
私の言葉を聞いたクラウスは、今にも泣きそうな表情を浮かべる。そんな彼の手を、優しく握った。
「なぜ、わたくしにこのような能力があるのかわからないのですが」
「予知夢、か。エルーシアの母君の実家を聞いてもいいだろうか?」
「お母様のご実家? ヴィクトゲンレン家ですが」
「ヴィクトゲンレン家……」
クラウスは顎に手を添え、考え込むような仕草を取る。
「ああ、思い出した。ヴィクトゲンレン家は六世紀ほど前に、王家に仕えていた、霊媒能力を得意とする一族だ」
「れ、霊媒能力、ですか?」
「ああ」
なんでも占いや未来予知を武器とする一族だったらしい。
記録が残っているというので、詳しく調べた。
ヴィクトゲンレン侯爵家――それは他の家にはない、特別な方法で王族に取り入った一族だという。
中でも、〝千里眼〟と呼ばれる未来を先読みする能力は、国を繁栄に導いたらしい。
ヴィクトゲンレン家の地位は確固たるものだと思われていたが、世継ぎに恵まれず、血はだんだんと薄くなり、ついには能力を持たない者ばかり生まれてしまう。
三百年とも経てば、ヴィクトゲンレン家の奇跡など皆忘れ、王族からも遠ざけられていった。
つまり、私の能力は先祖返りだったわけだ。
さらに調査していくと、ヴィクトゲンレン家の者達は揃って短命だったことを知る。それは能力を使ったことによる代償だろう。
ただ、能力を使っていないヴィクトゲンレン家の者達も短命だった。
その原因は野心家だった当時の当主が、子孫の寿命と引き換えに能力を使ったことによる、呪いのようなものだったらしい。
先祖の勝手な行動のせいで、母は若くして命を散らしてしまった。
私にもその呪いが引き継がれていたようだが、ヒンドルの盾が守ってくれたようだ。
ヒンドルの盾はいまだ、私の体内にある。この先も、呪いを断ち切ってくれるのだろう。
クラウスが協力してくれたおかげで、予知夢の謎についても解明された。




