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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第九章 シルト大公家の娘、エルーシア

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楽しい牧場

 翌日は宿が用意してくれたお弁当を持って、遠乗りに出かけた。

 私はクラウスの馬に乗り、コルヴィッツ侯爵夫人は護衛と、ネーネは侍女と一緒に乗って、美しい草原を駆けて行く。

 一時間ほどで、エリカの花が咲き誇る丘に辿り着いた。

 一面薄紅色の花で覆われていて、圧巻の一言である。

 

「これはすごいな」

「ええ」

「手入れにどれだけ時間がかかるのか」

「クラウス様、ここにあるエリカは、人の手は入っていないのですよ」


 エリカは貴族の家で栽培されるような植物ではなく、野草に近いイメージだ。そのすべて自生しているものだと説明したら、クラウスは驚いていた。


「エリカの花は寒さにめっぽう強く、荒廃した土地でも育つと言われております。異国では、荒地の花ヒースと呼ばれているそうですよ」


 困難や孤独にもくじけず、まっすぐ上を向いて咲くけなげな花――こういう生き方ができたら、と思ったことは一度や二度ではない。

 

「美しい花だな」

「ええ」


 エリカの花をかきわけ、開けた場所へ移動する。

 ここからが、私がしたかったことだ。

 クラウスと協力して火を熾し、湯を沸かす。王都から持参してきた茶葉で、紅茶を淹れた。それを、コルヴィッツ侯爵夫人や侍女、護衛に振る舞う。

 いつも私達を見守り、優しく支えてくれる人達に、お礼がしたかったのだ。

 終始、ハラハラと見守られていたが、皆、紅茶をおいしいと言って飲んでくれた。


 昼食は、牧場の名物であるソーセージを炙り、パンに挟んで食べるというシンプルなもの。ここの地方では、これが一番のごちそうらしい。

 熾した火で、串に刺したソーセージに火を入れる。クラウスは私に対し、火に近付かないように言って、ひとりで黙々とソーセージを炙ってくれた。

 焼きたてのソーセージを挟んだパンは、信じられないほどおいしい。

 ソーセージの皮がパリッと破れ、中から肉と肉汁が溢れてくるのだ。

 普段食べている料理に比べて野性味溢れる食事だが、たまにはいいだろう。

 侍女達もこういう食事は久しぶりだ、と喜んでいた。


 牧場に戻ると、チーズ作り体験を行う。

 搾りたての牛乳を使って作るようだが、チーズを固めるために使うレンネットの正体を、今、初めて知った。

 

「ま、まさか、レンネットは仔牛の胃から取れるものだったなんて……!」


 クラウスや侍女達は知っていたのか、平然としていた。一方でコルヴィッツ侯爵夫人とネーネは険しい表情で話を聞いている。


 なんでもある期間の仔牛には、胃の中でお乳の栄養分から水分を分離させる力があるらしい。それを使って、チーズを作っているようだ。

 つまりチーズを作るためには、仔牛を一頭潰さないといけないわけである。

 長期間熟成させるチーズを作るためには、レンネットが必要不可欠となるわけだ。

 毎日食材へお祈りしていたが、これから仔牛にも深く感謝しなければならない。


 牧場主が直々にチーズ作りを教えてくれるようだ。


「チーズ作りには、こちらの低温殺菌させた牛乳を使います」


 通常、私達が飲んでいる牛乳は高温で殺菌されているようだが、これでは質のいいチーズが作れないらしい。


「殺菌させた牛乳にヨーグルトを加え、一時間ほど放置します」


 その間に、レンネットを使わないチーズの作り方を教えてくれるという。


「こちらはとても簡単です」


 鍋に牛乳、レモン汁を入れて加熱する。沸騰する前に火から下ろすと、牛乳がもったりしてくる。

 ボウルに煮沸消毒させた布を敷き、牛乳を漉す。

 布を絞って残ったものが、カッテージチーズだという。

 不思議なものだと眺めていたら、なぜ固まるのか教えてくれた。


「牛乳の中に含まれる成分と、柑橘類の含まれる成分が混ざると反応し合い、このように凝固するのです」

「レンネットがなくても、チーズが作れるのですね!」

「ええ。こちらならば、高温殺菌させた牛乳でも構いません。ただ、このままだと少し味気ないので、塩を混ぜるといいですよ」


 チーズ作りをする前に、養育院の子ども達と一緒にできたらいいな、と考えていた。

 しかしながら、王都でレンネットや低温殺菌させた牛乳を入手するのは難しそうなので断念していたのだ。このチーズならば、お手軽に作れるだろう。


 牧場主はビスケットにカッテージチーズを載せて、ふるまってくれた。


「んん! これは立派なチーズですわ!」


 牛乳とレモンを混ぜたものを加熱しただけで完成させたとは思えない、チーズであった。

 牧場の牛乳がおいしいからか、普段食べているものよりも濃厚に感じてしまった。


 レンネットの話を聞いて顔色を悪くさせていたコルヴィッツ侯爵夫人とネーネも、カッテージチーズはお気に召したようだ。


 カッテージチーズを囲んで搾りたての牛乳を飲んでいる間に、一時間経った。

 レンネットを使ったチーズ作りを再開させる。

 先ほどヨーグルトを入れた牛乳に、レンネットを加えて混ぜる。


「あとは、一時間ほど放置すると、固まります。そのあとは切り目を淹れて、乳清ホエーが出るのを待ったら、しっかり混ぜます」


 再度加熱し、火から下ろして二時間ほど放置するという。


「二時間後、乳清と凝固物カードを布で漉し、カッテージチーズになったものをしっかり練ったものを布で包み、重石を載せて固めると、普段口にしているようなチーズになります」


 このあとすぐ試食できると思っていたのだが、今日のうちに口にできないようだ。


「えー、その、仕上げはこちらでしておきますので、みなさまは牧場の見学をされてください」


 チーズに後ろ髪を引かれつつ、牧場の見学に出かける。

 私とクラウスはウサギ小屋を見せてもらうことにした。今日は餌やり体験をやらせてくれるらしい。

 ウサギ小屋には、フワフワなウサギ達がいっぱいいて、キラキラな瞳で私達を見上げていた。

 スティック状にカットしたニンジンを与えると、器用にカリコリと食べてくれる。

 悶えるほどの可愛さだ。

 最近、貴婦人の間でウサギを飼育するのが流行っているようだが、我が家にはアルウィンがいるので飼えないだろう。


「屋外で飼育すればいいのでは? アルウィンを」

「クラウス様ったら、酷いです!」


 箱入り息子なアルウィンが、屋外で生活なんてできるわけがない。

 

「ウサギ用の家を建てることもできるが」

「立派なお屋敷を建てるように言いますのね」

「別邸のつもりだった」

「まあ!」


 なんという財産の無駄遣いなのか。

 もちろん、そんなものなど必要ない、と言っておいた。


 楽しい旅行は、あっという間に過ぎていく。

 最後に牧場主が仕上げてくれたチーズをお土産に、私達は王都へ帰ったのだった。 

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