旅立ち
クラウスが一ヶ月の長期休暇を取ったということで、しばし仕事を休むらしい。
それ幸いと、私は彼を連れ回す。
植物園に行って温室カフェでお茶したり、手作りのお弁当を持参してピクニックに出かけたり、蚤の市でアンティークの掘り出し物を探したり。
この世の楽しみという楽しみを、クラウスに教えてあげた。
その中でも最初に行った植物園がお気に召したようで、散歩をするのにちょうどいいと話していた。鳥を始めとした小動物の姿を探すのも楽しいという。
少しずつ、クラウスが気に入るものの種類がわかってきたような気がする。
彼はきっと、自然と小さな生き物との相性がいいのだ。
そんなわけで、旅行は牧場に決めた。すぐに馬車と宿を手配し、牧場側にも話を通しておく。
一週間後、私達は王都を発ったのだった。
目的地までは馬車で四時間ほど。雪は積もっていないようで、ホッと胸をなで下ろす。
本来ならば春か秋がいいのだろうが、そこまで生きているかわからないので、今回は冬の訪問となる。
馬車は三台用意され、一台目が私とクラウス、二台目がコルヴィッツ侯爵夫人と侍女達、三台目がアルウィンとネーネ、それから旅行鞄などの荷物が収められている。
馬車の中でしたいことは決まっていた。それは、絵本の読み聞かせである。
クラウスは幼少期、絵本に触れたことがなかったらしい。
そんなわけで、私が選んだ珠玉の絵本を紹介しようと思ったわけだ。
「それではクラウス様、何がよろしいですか?」
「エルーシアが一番好きなやつ」
「でしたら、クッキー屋さんと三匹の猫、をお読みしますね」
クラウスは私のほうへやってきて、腰を下ろす。すぐ近くに座ったので、胸が早鐘を鳴らしていた。
彼と出会ってから二年ほど経っているものの、いつまで経ってもドキドキしているような気がする。
きっと私は死ぬまで、彼にときめいているのだろう。
絵本を開き、読み始める。声に出してわかったのだが、思っていた以上に恥ずかしい。その原因は、私でなくクラウスにあった。
何か強い視線を感じると思っていたら、クラウスは絵本ではなく、私を見つめていたのだ。
「あの、クラウス様。なぜ、わたくしを見ているのですか?」
「絵本を読んでくれるエルーシアを見たいから」
「こ、困ります」
絵本に集中してほしいと訴えたものの、聞く耳を持たないようだ。
結局、一冊で断念してしまった。予定では、四時間みっちり三十冊ほどの絵本を読んであげようと思っていたのだが。
「猫の絵本ばかりだな」
「大好きですもの」
猫以外に鳥やハリネズミも好きだが、なぜかそれらの動物が主人公の物語はないのだ。
「鳥やハリネズミが主役でも、いいと思いません?」
「だったら、エルーシアが書いたらいいではないか」
「わたくしが、絵本を?」
「この前、養育院で子ども達に空想話を聞かせていただろう? なかなか面白かった」
「き、聞いていらしたのですか?」
「ああ」
絵本にはない物語を聞きたい、という子ども達の要望に応え、自分で考えたものを語って聞かせていたのだ。まさか、クラウスの耳にまで届いていたなんて……。
「養育院に寄贈するために、小数部で発行してもいい。印刷所なら知っている」
「しかし、わたくし、絵心がまったくありませんの」
猫を描いたら狐かと聞かれ、狐を描いたら猫かと聞かれる。そんな残念な腕前の持ち主であった。
クラウスくらい上手かったら、絵本を描いてみようと思うのだが――。
「そうですわ! わたくしが物語を描いて、クラウス様が絵を描けばいいのではありませんか!?」
「私が、絵を?」
「そうです。いつもお手紙の裏に描かれている絵が、可愛いと思っていたんです」
クラウスはしばし考える素振りを見せる。自分の絵が上手いと意識していなかったようだ。
「クラウス様、お願いします!」
「そこまで言うのであれば、まあ、叶えてやらなくもない」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
さっそく、執筆に取りかかろうと、持ってきていた便箋や万年筆などを取り出す。
クラウスも絵を描いてくれるようだ。
「登場する動物は?」
「鳥とハリネズミと、大きな黒猫です」
「アルウィンか」
「はい!」
それぞれ種族が異なる生き物が仲良く暮らす――そんな物語を考える。
思いのほか集中し、移動中はすべて執筆に充てた。
クラウスも絵を描いてくれたようで、すばらしい腕前を披露してくれた。
「どの動物も可愛いです! けれども、アルウィンだけはもっと可愛くしてください」
なぜかアルウィンだけ、牙を剥き出しにしていて、目はつり上がっている、写実的なタッチで描いていたのだ。
「アルウィンはこうだろうが」
「もっともっと可愛いです」
自費出版の絵本計画は、思いのほか進んだ。
休憩を挟みつつ、牧場へ到着する。見渡す限りの草原に、馬や羊などが放牧されていた。
「ああ、なんて美しい光景なのでしょう」
私の言葉に、クラウスも深々と頷く。
牧場主の一家が私達を優しく出迎え、宿まで案内してくれた。
宿では、搾りたての牛乳を使ったアイスクリームが振る舞われる。
冬のシーズンに暖炉の前で食べるアイスクリームは、極上の味わいであった。
一日目は宿でゆっくり休み、二日目から牧場でさまざまな体験をさせてもらう。
私はアルウィン、ネーネと同室である。
大きな寝台を発見したアルウィンは、さっそく真ん中を陣取っていた。
「アルウィンったら、本当に寝台が大好きなのね」
「にゃあ!」
移動中、アルウィンはいい子にしていたらしい。初めての長時間移動だったので、心配していたのだ。
「ネーネも疲れたでしょう?」
「いいえ! 初めての旅行でしたので、景色を眺めるだけでも楽しかったです」
「そう、よかった」
今回の旅行は侍女にも楽しんでもらえるように計画している。しっかり堪能してくれたら何よりであった。
夕食を食べたあと、クラウスの部屋にアルウィンと遊びに行った。
アルウィンはクラウスの部屋では寝台の上に跳び乗って、ごろごろ転がっている。
「おい、止めろ。シーツに毛が付くだろうが」
「にゃ~~」
アルウィンはわざとやっているのだろう。私の部屋ではこんなことをしないので、笑ってしまった。




