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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第九章 シルト大公家の娘、エルーシア

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エルーシアにできること

 ピクニックの大量の出血が原因で臥せっていたため、気がつけば季節は冬を迎えていた。

 窓の外で雪がしんしんと降る様子は、どことなく寂しさを覚える。

 コルヴィッツ侯爵夫人邸には毎日のようにお見舞いの品が運ばれていたのだが、毎日送っていたのはクラウスであった。

 ドレスに帽子、靴、宝飾品に鞄、お菓子にぬいぐるみなどなど、寝台の周囲は大変華やかなものとなっていた。

 仕事が忙しく、会えない日も多かったので、何かしたいという思いが贈り物攻撃になってしまったのだろう。

 それ以外にも、マグリットからは大きな薔薇の花束が届き、親交があるご令嬢からはお見舞いのカードが届いた。王妃殿下は化粧品のセットを贈ってくださり、侍女仲間からは紅茶とティーセットが贈られた。

 第三王女の事件が大々的に報じられていたため、被害者である私を気の毒に思っているのだろう。

 それにしても、次から次へと騒動に巻き込まれたものだ。

 今後は、平和な領地にでも引っ越して静かに暮らしたい。都会の喧噪はもうお腹いっぱいだった。


 療養すること約二ヶ月――すっかり元気を取り戻した私がしたのは、コルヴィッツ侯爵夫人へのある相談だった。


「それで、相談って何かしら?」


 コルヴィッツ侯爵夫人に相談があると言うと、快く応じてくれた。

 非常に聞きにくいことなのだが、勇気を振り絞って聞いてみる。


「あ、あの、お答えしにくいことかと思うのですが」

「いいわ。なんでも聞いてちょうだい」

「夫の愛人というのはどこで探してくるものなのでしょうか?」


 ひと息で言い切った。これが、私が聞きたかったことなのである。

 以前、コルヴィッツ侯爵夫人が夫の愛人を探し、あてがっていた時期があったと話していたのだ。


「夫の愛人ですって? どうしてそれが気になるのかしら」

「そ、それは――」


 この先、私はクラウスの傍にいられないかもしれない。もしも命が尽きてしまったとき、愛人が傍にいたら、彼を支えてくれるだろう。

 なんて話をしたら、コルヴィッツ侯爵夫人に心配をかけてしまう。そのため、事前に考えておいた理由を打ち明ける。


「たまに、クラウス様の愛が重たいな、って思うときがありまして。そういうとき、愛を分かち合う女性がいたら、その、わたくしの気も休まるのではないか、と考えておりましたの」


 心の中で、ごめんなさい、と謝罪する。

 一度だって、クラウスの愛が重たいなんて感じたことはない――と考えていたものの、大量に贈られた見舞いの品を振り返ると、私には大きすぎる愛だな、と思ってしまう。


 コルヴィッツ侯爵夫人にこの言い訳が通じるのか、と思っていたが、「わかるわ!」と言って同意してくれた。


「私も若いときは、夫の意識を他に向けようと思って、何人か愛人を見繕ったの。それが原因で夫は女性にはまってしまって、それから愛人が尽きたことがなかったわ」


 コルヴィッツ侯爵夫人は頬に手を当てて、遠い目をしていた。


「夫の女性好きは、私のせいでもあったのよ。だから容認しているし、彼女達も丁重に扱っているわ」


 コルヴィッツ侯爵夫人が言っていた「容認」という言葉が、私の中でずっしり重くのしかかる。

 クラウスが私以外の女性に心を許し、愛を囁いているのを、見て見ぬふりなんてできるのだろうか。

 私の中にあるクラウスへの愛が、悲鳴をあげているように思えてならなかった。

 いいや、これは愛ではないのかもしれない。きっと執着だ。

 この感情が支配するままに、行動を起こすというのは危険である。蓋をぎゅっと閉じて、心の奥底に追いやっていなければならない。


 今、先が長くない私にできることは、将来クラウスが幸せになるために、何か遺すこと。

 前を向き、背筋をピンと伸ばして、コルヴィッツ侯爵夫人の話に耳を傾ける。


「愛人を探しに行っていたのは、主に劇場ね。そこには美しい女優がたくさんいるんだけれど、彼女達に交渉を持ちかけるの」


 女優は日々、美しくなるために己を磨いている。化粧品にドレス、宝飾品など、舞台上以外で必要な品は尽きない。

 

「女優の多くは、貴族からお金を投資してもらう代わりに、愛人業を務めるのよ」


 夜会に連れて行くならば、地味な本妻よりも、美しい愛人が見栄えする。なんて考えている貴族は少なくないらしい。これは男性だけでなく、女性も同じように美しい俳優を愛人として連れ歩いているのだという。


「最初に取り引きに行ったとき、俳優を何人も紹介されて困ったわ。私自身の愛人を探していると、勘違いされてしまったのよ」

「貴族女性も、愛人を迎えている方がいらっしゃるのですね」

「ええ、そうなの。私が若い時代はそんなに流行っていなかったんだけれど、今は珍しくないらしいわ」

 

 クラウス以外の男性と関係を持つなど、ゾッとしてしまう。

 貴族の結婚は政略的な意味合いが強いので、今の時代は男女関係なく、外に愛を探しに行ってしまうのだろう。


「エルーシアさん、一度、劇場で女優とお話ししてみる?」


 愛人の選定は早いほうがいいだろうが、クラウスが上手い具合に気に入るかが問題だ。

 実を言えば、彼の好みについて、まったく把握していないのだ。


「クラウス様はこれまで、どのような女性とお付き合いされていたのでしょうか?」

「あの子の女性関係? なかったはずよ。これまでどんな美女が言い寄っても、なびかなかったらしいの。そういうのに興味がないと思っていたから、エルーシアさんを連れ帰ってきたときは、本当に驚いたわ」

「そ、そうだったのですね」


 コルヴィッツ侯爵夫人にバレないところで、交際していたのだろうか。

 その辺の情報から探ったほうがいいのかもしれない。


「正直、あの子はあなた以外、興味を持たないと思うのよ」

「それはどうしてでしょうか?」

「一途な子なの。信じられないくらいに。だから、エルーシアさんが一生懸命愛人を探してきても、受け入れないと思うわ」


 大きな衝撃を受ける。愛人を迎えてもらわないと、私が死んだとき、クラウスはどうやって立ち直るというのか。


「あ、あの、わたくしは、クラウス様の心の支えが必要だと思って、愛人を迎えようと考えていたのですが」

「クラウスは、あなたが隣で微笑んでいるだけで、幸せだと思うの。だから、愛が重たくて大変でしょうけれど、傍にいてくれると嬉しいわ」


 コルヴィッツ侯爵夫人の話を聞いているうちに、涙が零れてしまう。

 この先ずっとクラウスの傍にいられたら、どれだけよかったか。

 予知夢の力を使い過ぎたせいで、私はもう長くないというのに。


「エルーシアさん、私、変なことを言ったかしら?」

「いいえ、いいえ。クラウス様に愛されて、幸せだと思って、涙が溢れてしまいました」

「そうだったの。よかったわ」


 コルヴィッツ侯爵夫人は私を抱きしめ、優しく背中を撫でてくれた。

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