襲撃
侍女の手を借りて陸に上がった瞬間、第三王女は周囲の者達に聞こえるよう、大きな声で叫ぶ。
「みなさん、エルーシアは湖にいたわ!!」
他の女性陣も、王妃殿下の襲撃から遠ざかるために、湖のほとりにいたようだ。
第三王女を睨んだ瞬間、咳き込んでしまう。喉からこみ上げてくるものがあり、すぐにこれは血だと察した。
「げほっ、げほっ、げほっ!!」
両手で押さえたものの、大量の血だったようで、ぽたぽたと零れてしまう。
女性陣から悲鳴が上がった。
予知夢でみた未来を変えた代償だが、いつもより出血が酷くないか?
それにしても、少しおかしい。
夢の中ではクラウスが助けにきてくれたのだが。自力で助かったのに、吐血するとはどういうことなのか。
この能力自体が謎に包まれているので、考えてもわかるわけがないのだが。
襲撃の加勢に行っていた護衛が王妃殿下と共に戻ってくる。憔悴しきっているようで、顔色が悪かった。
襲撃した者達は劣勢になると、自ら命を絶ったらしい。
「もう、大丈夫。みなさん、ケガは――」
全身が濡れ、血を吐く私を見て、王妃殿下は双眸を見開いた。
「エルーシア、どうかなさったの!? もしや、あなたも襲撃に遭ったのですか?」
ここで第三王女を糾弾すべきか、迷っていたら、別の方向から声が聞こえた。
「エルーシア嬢は、湖を覗き込んだときに、うっかり落ちてしまったようです」
突然発言したのは、以前、私と問題を起こした鞭打ちの侍女だった。なぜか、手に箒を握っていた。
「先ほど、私がエルーシア嬢に謝罪したいと望み、ふたりきりで話す機会を設けたんです。それで、エルーシア嬢は私の謝罪を聞き入れず、湖を覗きに行って、陸に打ち上げられていた水草で足を滑らせて、湖に落ちてしまいました。湖が深いことは、知っていました。このまま助けたら私も沈んでしまうと思って、狩猟館の庭師に箒を借りて戻ってきたのです」
彼女の証言を聞いていたら、これまでの不審な点が繋がっていく。
まず、背後を覆うように設置されていた日除けは、犯行を見えなくするための物だった。私を突き落としたのは、第三王女である。その彼女が、なぜか侍女とお揃いのドレスをまとい、暑くもないのにジャケットを脱いだ。それを、去りゆく侍女が着用していた。この不審な行動は、侍女が変装した第三王女を周囲の者達に見せるためだったのだろう。
きっと、王妃殿下を襲撃させる騒ぎも、彼女が起こさせたに違いない。私の意識が王妃殿下に向かっている隙に鉄球を付けるなんて、偶然としてはできすぎている。
王妃殿下の騒ぎに乗じて侍女と第三王女は入れかわり、何事もなかったかのように振る舞う。これが、一連の行動だろう。
今、彼女の罪を暴露したら、逆に私が危機的状況に陥るのかもしれない。余計なことは言わないでおこう。
「エルーシア様、大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
ハンカチが血で真っ赤になってしまった。新しいものと取り替えてもらう。
大量の血を失ったからか、なんだかくらくらしてきた。
その場に倒れそうになった私を、侍女が支えてくれる。その様子を見ていた王妃殿下が、すぐさま叫んだ。
「誰か、医者を呼んで! 婚約者であるクラウスも!」
王妃殿下の命令で侍女が次々と動く。
意識を手放そうとした瞬間、侍女のひとりが声をあげる。
「あ、あの、シュヴェールト大公が、お戻りになりました!」
ぼんやりと霞んでいく視界の先に、ずんずんと接近する男性の姿を捉えた。あれが、クラウスなのか。
「両手に、獲物か何かを握って、引きずっているようです」
いったい何を獲ってきたというのか。頑張らなくていいと言っていたのに。
「かなり、大型の獲物を二体、引きずっているようで――ヒッ!!」
熊でも仕留めてきたのか。熊であったら、片手で引きずってこられるわけがないのだが。
侍女が続けて報告してくれた。
「え、獲物ではありません! ひ、人です! 成人男性と思われる者を二名、左右の手に握って引きずってきているようです!」
人をふたりも引きずってやってきているとは、何事なのか。
クラウスはずんずんと接近し、引きずっていた男性二名を放り出してきた。
「うっ!!」
「ぎゃあ!!」
両手足、しっかり縛られている男性のひとりは、第三王女の婚約者候補だった者だ。
もうひとりは――ウベル・フォン・ヒンターマイヤーである。額から血を流し、涙で顔を濡らしていた。
クラウスの頬には血が付着していた。おそらく、返り血だろう。
彼は淡々とした様子で報告する。
「王妃殿下、私はこの者達の襲撃を受けました」
「まあ!」
第三王女の婚約者候補は、遠方よりロングボウの矢でクラウスを狙っていたという。それを指示していたのが、ウベルだったらしい。
「胸を狙われていましたが、胸ポケットに入れていた懐中時計のおかげで、命拾いしました」
「そうだったのですね」
ここで、大量出血した理由が腑に落ちた。私が湖に落とされたのと同時に、クラウスも狙われていたのだ。同時に未来を変えたので、その代償は酷いものだったのだろう。
第三王女の婚約者候補とウベルは、駆けつけた騎士に拘束され、そのまま連行されていった。
「クラウス、その、エルーシアのことなのですが――」
私の周囲を囲んでいた侍女が、離れていく。私の様子に気付いたクラウスが、慌てた様子で駆けてきた。
「エルーシア!!」
全身びしょ濡れで、ドレスを血に染めた私は異様に見えたのだろう。すぐに私の肩を抱き、どうしたのかと聞いてくる。
「クラウス様、申し訳ありません。少し、横になりたくて……」
どこか楽になれる場所へ連れていってくれないか、と言うまでに、私の意識はプツンと途切れてしまった。




