予期せぬこと
第三王女の侍女がミルクティーのお代わりを運んできてくれた。
私と関わり合った侍女ではないものの、第三王女の息がかかった者から受け取った紅茶は飲みたくない。飲んでいるふりをして、なんとかしのごう。
「今日はなんだか、暖かいわね。なんだか汗を掻いてしまったわ」
第三王女はそう言って、ドレスの上に来ていたティードレスのジャケットを脱ぐ。すぐに侍女が回収し、傍で待機していた。
「エルーシアは暑くないの?」
「いえ、特に暑さは感じません」
彼女はいったい、何が目的で私に接近してきたのか。これ以上、第三王女と関わり合いになりたくなかったのだが……。
「私、エルーシアに謝りたいと思って」
「わたくしに、何を謝るというのですか?」
「いろいろと」
計算高い彼女が、人に見えないように謝罪する理由は?
第三王女の性格ならば、王妃殿下の前で謝罪し、私と仲直りしたとアピールするだろう。
周囲の目を遮る大きな日避けの下からだったら、王妃殿下は様子を窺えない。
と、ここで気付く。
先ほどまで第三王女の傍にいた侍女がいなくなっていた。
視線を彷徨わせると、すぐに発見する。そこは第三王女のために用意された敷物と日避けの近くだった。
なぜか、先ほど第三王女から受け取ったジャケットを着用していた。侍女は髪色とドレスの色が第三王女にそっくりなので、背後から見たら本人だと勘違いしてしまいそうだ。
「エルーシア、湖に珍しい魚がいるそうよ。見てみましょう」
「え、ええ」
侍女の行動に引っかかりを覚えつつ、湖の傍まで歩いて行った。
「どんな魚がいる――」
言いかけた瞬間、悲鳴が聞こえた。王妃殿下がいるほうから聞こえる。
すぐに、私の侍女が叫んだ。
「王妃殿下が何者かに襲撃を受けています」
「みんな、急いで加勢して!」
護衛と元傭兵の侍女が王妃殿下の救援に向かう。
襲撃者は十名以上いる。周辺には騎士が大勢いたのに、どうやってすり抜けてきたというのか。
「フラヴィ王女殿下、安全な場所に――」
彼女を振り返ろうとした瞬間、ドン! と背中を押される。
「え?」
勝ち誇ったような表情を浮かべる第三王女の姿を見ながら、私は湖の中に落ちていった。
浅瀬だと思っていたのに、私の体がみるみるうちに沈んでいく。
まさか、こんなに深い湖だったなんて。
もがけばもがくほど、体は浮かばずに水底へ近付いているような気がした。
どうして? と思っていたら、足首に鉄のアンクレットが装着され、鎖に繋がった先に鉄球が付いていた。その重みで、どんどん沈んでいるようだ。
おそらく、王妃の襲撃を受けたと聞いて慌てているうちに、こっそりつけたのだろう。
鉄臭い水だ――と思った瞬間、ハッとなる。
以前、湖に沈められる夢をみていたのだ。あのとき、私をあざ笑っていたのは、イヤコーベとジルケ、ウベル以外に兄や父もいた。
皆、私の周囲からいなくなったので、未来が変わってしまったというのか。
息苦しくなって口の中の空気を吐き出すと、ゴポゴポと漏れてしまった。
苦しい……辛い……。どうして私ばかり、こんな目に遭うのか。
クラウス、助けて――そう思った瞬間、帽子が外れ、差してあったフクロウの羽根だけ目の前に飛び込んでくる。
それは、希望の翼のように思えた。手を伸ばし、フクロウの羽根を手に取る。その瞬間、アイデアが浮かんだ。
アンクレットはどうあがいても外れないが、靴を脱いだらなんとかなりそうだ。
編み上げの靴紐を解いていく。
もう息は限界に近い。けれども、ここで絶対に諦めたくなかった。
必死に靴を引っ張って脱ぎ、アンクレットを両手で掴んで引っこ抜く。
踵を通り、足の甲を通って抜けた。
「――!!」
体が自由になった。残った力をすべて使い、両手で水を掻き、足をバタバタと動かして水上に出ようとする。
水分を吸ったドレスが、行く手を阻む。しかし、私は諦めないし負けない。
空から差し込む太陽の光目がけて泳ぎ、水上へと顔を出した。
「ぷはっ――!!」
ちょうど、湖のほとりに私の侍女がいて、突然現れた私に驚愕していた。
「エルーシア様!!」
侍女が湖の中に入り、手を差し伸べてくれる。
「いったいどうして――!?」
必死の形相で問いかけてくる侍女の背後に、第三王女を発見する。
戻ってきた私を見て、残念そうな表情を浮かべていた。




