ピクニックへ
アルウィンとネーネはお留守番を命じた。アルウィンは行きたがったものの、人が多い場所かつ銃声が聞こえる場所なので、落ち着かないだろう。
ネーネは第三王女とのいざこざがあったので、行かないほうがいいと判断したのだ。
クラウスは白いシャツにタイを巻き、狩猟用のテイルコート、ズボンを合わせた姿で戻ってきた。
帽子をどれにしようか迷っているらしい。従僕が次々とやってきて、テーブルの上に広げていく。
鹿撃ち帽に、ハンチング帽、中折れ帽に、シルクハット――と種類豊富にあった。
「エルーシア、どれがいい?」
「そうですわね。その恰好には、シルクハットがいいのではないでしょうか?」
クラウスがシルクハットを被ったあと、ドレッサーの引き出しに入れておいたフクロウの羽根を取り出し、帽子に差し込む。
従僕が姿見を持ってきてくれたので、確認してもらった。
「これは――」
「以前、クラウス様にいただいたものですわ」
お土産だと言って、私に突然くれたのだ。何かに使えると思い、丁寧に洗って保管していたのである。
「帽子がよりいっそう素敵になりましたが、いかがでしょうか?」
「すばらしいな」
もう一本手に取り、私の帽子にも差し込んだ。
「これで、お揃いというわけか」
「ええ。いかがかしら?」
スカートの裾を摘まみ、くるりと一回転してみる。
「よく似合っている」
「ありがとうございます」
フクロウは縁起がいい鳥なので、あやかりたい。今日一日、何も起こりませんように、と祈ったのだった。
王城前の広場には、数台に渡って馬車が用意されていた。
一台だけ、金をたっぷり使った贅沢な馬車が停まっている。
「クラウス様、あれはいったい……?」
「ピクニックに乗って行くには、趣味が悪いな」
式典用に使う目的ならば、ふさわしかったのだろうが……。
王妃殿下の趣味とは思えない、なんて考えていたら、背後より声が聞こえた。
「シュヴェールト大公、ごきげんよう」
普段よりも甘い声色で話しかけてきたのは、第三王女だった。
三名の婚約者候補と侍女、護衛を引き連れ、堂々と登場する。
「初めてお目にかかるわね。わたくしはフラヴィ・メイサイユ・ド・ドレイユよ」
第三王女はクラウスに接近し、金の馬車を示した。
「あれは私が国から持ってきた、金の馬車よ。とても美しいでしょう?」
結婚式に使うために、船でわざわざ運んできたのだという。胸を張り、自慢げに語っていた。
先ほどからクラウスの反応がないのだが、第三王女は構わずに喋り続ける。
「シュヴェールト大公ひとりであれば、乗ることができるわ。いかが?」
「いいえ、結構」
クラウスがそう答えた瞬間、枯れ葉を巻き上げながら北風がひゅーっと吹いていく。
話は終わったとばかりに、クラウスは私の腕を取ると自分達の馬車へ乗りこむ。
侍女や護衛は別の馬車で来るよう命じ、扉を閉めて鍵までかけていた。
通常、結婚前の男女はふたりきりで馬車に乗らないのだが……。
「クラウス様、王女殿下だけでなく、なぜ侍女や護衛も遠ざけたのですか?」
「これから眠るから」
クラウスはシルクハットを脱いで座席に置く。私があげたフクロウの羽根だけ手に取って、胸ポケットに差していた。
「エルーシア、膝を貸してくれ。しばし休む」
「もしかして、昨晩は眠っていませんでしたの?」
「そうだ」
座席の端により、膝をぽんぽんと叩く。すると、クラウスは私の隣に腰かけ、寝転がる。そして、頭を預けてくれたのだった。
足が長いので、膝を曲げなければならないらしい。なんとも気の毒な話である。
「今日は家で大人しく眠っていたらよろしかったのに」
「エルーシアと過ごせる時間を無駄にしたくない」
「わかりました」
きっと私と第三王女の関係を心配し、無理にでも同行してくれたのだろう。
移動時間は一時間ほどしかない。一刻も早く眠ったほうがいいだろう。
クラウスの目元にハンカチをかけ、胸をぽんぽん叩いて寝かしつける。
「……ハンカチでエルーシアが見えない」
「わたくしを見ないで、眠ってください」
前髪を梳るように撫でているうちに、スースーと寝息が聞こえる。
なんというか、巨大な肉食獣が心を許してくれたような気持ちになる。
人に慣れる生き物なんだな、とクラウスをまじまじと眺めてしまった。
あっという間に移動時間は終わり、クラウスはまるで眠っていなかったかのようにシャッキリと目覚めていた。
馬車はほとんど到着していた。私達の馬車はクラウスが眠っていたので、急がなくてもいいと言っていたのだ。
金ぴかな馬車はまだ到着していない。あの馬車も、優雅にゆっくり走っているのだろう。
女性陣は狩猟館の近くにある湖へ行き、男性陣は森へ獲物を狩りに行く。
「クラウス様、どうかお気を付けて」
「ああ」
ケガなく戻ってくることが一番のお土産だ。そう言いながら、クラウスの胸ポケットにあったフクロウの羽根を手に取り、帽子に差してあげた。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
侍女と護衛に囲まれ、湖を目指す。
湖の周辺にはイチョウやカエデが植えられており、黄色や赤に染まっていた。色付いた葉を湖が鏡のように写している。
なんとも美しい光景であった。
湖にはすでに王妃殿下がいて、私達を迎えてくれた。
「みなさん、今日は楽しんでくださいね」
湖のほとりには敷物がいくつも広げられ、日避けの大きな傘が立てられていた。周囲から視線を遮られており、のんびり過ごせるようになっているのだろう。
私は湖にもっとも近い場所に王妃殿下の侍女が案内してくれた。次々とお菓子を運んできてくれる。目玉は摘み立てベリーのジャムと、スコーンらしい。
王妃殿下はにっこりと微笑みかけ、貴婦人達に声をかけて回る。
「今日のお茶会は、フラヴィ王女殿下がお手伝いをしてくれました。まだいらっしゃっておりませんが、彼女にも感謝していただけると嬉しいです」
お茶会の準備を手伝うなんて、さっそく名誉を回復させるために工作をしていたのか。
この日傘も第三王女のアイデアらしい。悔しいけれど、他人からの視線を遮ってくれるので、ありがたく思ってしまった。
「まだフラヴィ王女殿下はいないようですが、格式高い集まりではありませんので、スコーンと紅茶が温かいうちに召し上がってください」
お言葉に甘えて、いただくことにした。ミルクティーの濃厚で品のある味わいが、スコーンとよく合う。
スコーンを食べ終え、ミルクティーを飲み干したのと同時に、第三王女がやってきた。
「王妃殿下、参上が遅れまして、申し訳ありませんでした。ここに来るまでの道がでこぼこで、馬車が上手く走らなかったようで」
「あら、そうでしたの。大変でしたわね」
遅れた理由を、国王陛下の私有地でもある道のせいにするなんて、酷いとしか言いようがない。
あの金ぴかな馬車は街を走るための馬車で、長距離を走るために作られていなかった、と正直に言えばいいのに。
第三王女のために用意された敷物と日避けは、私が座っている場所からもっとも遠い位置にあった。それなのに、第三王女は私のもとへやってきて、にこやかな様子で話しかけてくる。
「エルーシア、隣に座ってもいいかしら?」
よくない。ぜんぜんよくない。そう思っていたが、拒否するわけにはいかない。
「ええ、どうぞ」
満面の笑みを浮かべ、隣を指し示したのだった。




