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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第八章 クラウスを助けるために

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第三王女の考え

 こんな時間に何用だというのか。

 王妃殿下ですら、直接会うことを拒否したという話だったのに、私に会いにくるなんて……。

 嫌な予感しかしなかったが、一国の王女を追い返すわけにはいかないのだろう。

 侍女に髪だけ整えてもらい、ガウン姿のままで第三王女が待つ部屋に移動した。


 第三王女は寝椅子に横になり、優雅にワインを飲んでいる。

 髪は結わずに垂らしており、肌が透けそうなくらい薄い生地のシュミーズドレスを纏っていた。


「ごきげんよう、エルーシア・フォン・リンデンベルク。いい夜ね」


 侍女や護衛を連れずに、単独でやってきたようだ。少し酔っているのか、頬や首筋が赤い。とろんとした目付きで、私を見つめている。


「あの、こちらへはどうやっていらしたのですか?」


 王族と王族に準ずる者しか入ることができない階なのに、どういう手段を使って忍び込んだというのか。


「カールハインツ殿下のお部屋に遊びに行っていたの。その帰りに立ち寄ったのよ」


 第三王女の言うカールハインツ殿下というのは、国王陛下の弟君である。

 既婚者であるカールハインツ殿下と、第三王女が部屋で何をしていたというのか。頭が痛くなるような話を聞いてしまった。


「このお部屋、私のために用意された部屋より豪華だわ。あなた、本当に生意気ね」

「こちらは国王陛下直々に賜った部屋ですの。わたくしが望んで得たものではございません」

「そういうところが生意気だって言っているのよ」


 かなり酔っ払っているのか、いつになく喧嘩腰である。

 ここで何かトラブルに巻き込まれたら面倒だ。侍女に目配せし、第三王女の護衛を呼んでくるよう命じた。

 

「ご用件はなんなのでしょうか?」

「ああ、そう! そうだったわ」


 第三王女は起き上がり、満面の笑みで信じがたいことを口にした。


「私、シュヴェールト大公と結婚することに決めたの!」


 一瞬、聞き違いかと思った。

 呆然とする私に、第三王女は重ねて宣言する。


「クラウス・フォン・リューレ・ディングフェルダーは、私の夫になるのよ」

「フラヴィ王女殿下、いったい何をおっしゃっているのですか?」

「彼、王太子よりも魅力的な男性だったの。だから、私のモノにしたくて」


 いったい何を言っているのか。欠片も理解できない。

 眉間の皺を解しているうちに、そういえばと思い出す。

 第三王女の歓迎パーティーのさいに、彼女はクラウスを目にしたのだ。そのとき、頬をほんのり染めていた。一瞬にして見初めたのだろう。

 こういう事態を招くのであれば、クラウスは正装姿ではなく、いつもの黒衣でやってきてほしかった。今さら思っても遅いのだが……。


「クラウス様は、わたくしの婚約者です」

「知っているわ。だから、こうして話をしにきたじゃないの。今すぐ、婚約破棄しなさい」


 せっかく手にした幸せを、なぜ手放さなければならないのか。彼女の発言から考えに至るまで、何もかもが筋道など何もなくめちゃくちゃだ。


「クラウス様との婚約を、解消するつもりなんてありません」

「あら、いいの?」

「何がいい、とおっしゃるのでしょうか?」

「あなたのお兄さまのこと。もしも婚約破棄したら、黙っておくけれど。もしも応じないのであれば、私、ピクニックでうっかり喋っちゃうかも」


 どくん、と胸が大きく脈打つ。

 兄が隣国で第一王女に手を出し、妊娠させてしまったという情報は、シルト大公家にとって、とんでもない醜聞である。

 鼻つまみ者となるのは私だけであればいいのだが、婚約しているクラウスにも悪影響を及ぼすだろう。

 なぜ、兄は迂闊な行動をしてしまったのか。心の中で頭を抱え込む。


「婚約者であるシュヴェールト大公の評判を地に落としてでも、あなたは結婚したいと望むくらい、強欲なのかしら?」


 強欲――そうかもしれない。私は未来を変えるために、さまざまなことをしてきた。

 本当に彼のことを想うのであれば、婚約を解消すべきだ。

 けれども今の私は、何があろうとクラウスと結婚したいと思っている。

 自分勝手でしかないので、強欲ほどふさわしい言葉はないのだろう。


「強欲でけっこうです」

「え?」

「わたくしはクラウス様との婚約を解消するつもりはございません」

「あなた、何を言っているの? あなたのお兄さまのせいで、シュヴェールト大公が爪弾き者にされる可能性があるのに」

「わかっております」


 私を選ぶか、世間の評判を選ぶか、最終的に選択するのはクラウス自身だ。今、私が脅されるようにして決めることではないことは確かである。


「あなた、信じられないわ! 下品で、欲深くて、自分のことしか考えていない!」


 第三王女はふらつきながらも立ち上がり、私のもとへやってこようとした。しかしながら、護衛が制する。


「ちょっと! じゃましないでちょうだい! 私は、この娘の頬を引っ叩かないと気が済まないの!」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいるうちに、第三王女の護衛がやってきた。

 

「フラヴィ王女殿下、落ち着かれてください!」

「お部屋へ案内いたします!」


 護衛が左右前後に囲み、連行するように第三王女を導いてくれる。

 最後に、護衛は会釈したあと扉を閉めた。

 はーーーー、と深く長いため息が零れる。

 なんというか、突然の嵐に遭ったような疲労感に襲われた。


「みなさん、お騒がせをしました」

「とんでもないことでございます」


 ホットミルクでも飲みますか? と聞いてくれたが、アルウィンを抱きしめていたら眠れるだろう。侍女や護衛と別れ、再度眠りに就いたのだった。


 ◇◇◇


 あっという間に一週間経った。

 結局、クラウスは仕事が立て込んでいたのか、戻ってきていない。

 第三王女との一件があったので、ふたりが会う機会がなくなったというわけだ。ホッとしたような、クラウスと会えなくて残念なような……。気分は複雑であった。

 身なりを整えたあと、出発まで少しだけ時間が余った。暇つぶしにクラウスから受け取った手紙を読んでいたら、突然窓が開く。


「エルーシア、帰った」

「なっ!?」


 黒衣に身を包んだクラウスが、窓からひょっこり現れたではないか。

 心臓が口から飛び出たのではないのか、というくらい驚いてしまう。


「クラウス様!! ここが何階かご存じなのですか!?」

「二階? 三階?」

「六階です!!」


 なんでも壁をよじ登ってきたらしい。呆れた話である。

 ふと、顔に血が付着しているのに気付いてギョッとした。


「クラウス様、お顔に血が付いております」

「赤いのは返り血だ。なんともない」


 ホッと胸をなで下ろす。予知夢で言っていた胸の負傷は、今回の任務のことではなかったようだ。


「どうして窓からいらっしゃったのですか?」

「ピクニックに参加しようと思って、急いでいたから」

「陛下へのご報告は?」

「部下に任せてきた」


 返り血をたっぷり浴びたので、お風呂に入りたいと言っている。

 第三王女について考えると、そのままでいいのでは、と思ってしまった私は非常に性格が悪いだろう。


「エルーシア、どうかしたのか?」

「いいえ。もうすぐ出発ですので、急いでくださいませ」

「ああ、わかっている」


 そんなわけで、クラウスもピクニックに参加することとなった。

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