思いがけない行事と訪問者
「わかった。気を付けておこう」
クラウスはそう言って、懐中時計を胸ポケットにしまってくれた。
ひとまず、危機が迫る可能性を伝え、対策として懐中時計を渡した。これで、予知夢でみた未来よりも状況はよくなってきていると信じたい。
「それはそうと、まだ例の王女は国に帰っていないようだな」
「ええ」
国からも迎えがやってきて、第三王女の説得を試みているようだが、なかなか頷かないという。
今日なんかは隣国から第三王女と結婚したいという求婚者が三名もやってきたようだが、お眼鏡にかなわなかったようだ。
枢密院の議員達もどうしたものかと頭を悩ませ、話し合いを重ねているという。
なんでも第三王女が滞在することによって警備費や接遇費がかさんでいるらしく、現時点でとんでもない金額になっているらしい。
「夜な夜な大量のシャンパンを頼んで、侍女達と騒いでいるようだ」
傷心だと言って大人しく引きこもっていると思いきや、とんでもないお姫様である。
一刻も早く帰国してもらいたい、というのが国王陛下と議員達の願いなのだろう。
貴賓として滞在している以上、引きずってでも帰らせるなどできないのだ。
「話し合いを重ねた結果、王妃殿下の助言を受け、ピクニックに第三王女を誘うことにしたらしい」
「ピクニック、ですか」
国の行事だと言って誘ったら、第三王女も参加するかもしれない――というのが王妃殿下の目論見のようだ。
今は紅葉のシーズンでもあるし、暑さは和らいで過ごしやすくなった。ピクニックにうってつけなのだろう。
「第三王女は名誉を回復する機会を虎視眈々と狙っているだろうから、必ず参加するだろう」
「なるほど。さすが、王妃殿下ですわ」
当日参加するのは、王妃殿下と侍女達、それから上級貴族の夫人だという。
開催は一週間後で、行き先は馬車で一時間ほどの場所にある、国王陛下の私有地らしい。
女性陣はお茶会を、男性人は狩猟をして、楽しい時間を過ごすのがピクニックの表立った趣旨のようだ。
「王妃殿下の侍女も同行するということは、わたくしも行かなければなりませんのね」
「そうだな。私も、次の任務が終わっていたら、参加できるだろう」
「クラウス様もいらっしゃるの?」
「ああ」
ピクニックはパートナー同伴で行くことになっているようだ。国王陛下は警備面の関係で参加できないが、それ以外の者達は可能な限り夫や婚約者を同行させる予定だという。
「例の第三王女と結婚したい求婚者も招待するようで、そこで彼らがいいところを見せたら、評価も変わるかもしれない」
第三王女が求婚者の誰かをお気に召し、そのまま帰国するというのが最大の狙いなのだろう。
「第三王女のせいで、とんでもない事態になってしまったな」
「ええ」
さらにクラウスの知らないところでは、私達のことが小説化し、爆発的な人気になっている、なんて情報は口が裂けても言えるものではなかった。
◇◇◇
クラウスは帰ってきた日に、また別の任務を遂行するために王城を出る。
少しも休まる時間はなかったようだ。
任務中、私との手紙のやりとりが癒やしだった、と言っていたので、手紙が届いたら返事を優先して書かなければならないだろう。
ピクニックについては翌日、正式な招待状を王妃殿下直々に受け取った。
「――というわけで、フラヴィ王女殿下に帰国を促すためのピクニックですの」
通常、このシーズンは狩猟大会を行う。獲物を狩り、パートナーとなった女性に捧げるのだ。
優勝した者はとてつもない名誉を得るのと共に、夜に行われるパーティーの主役となる。
女性側はダイヤモンドのティアラが贈られるのだ。
狩猟大会はパートナー必須で、特定の相手がいない第三王女は参加しないかもしれない。そんな事情があったので、ピクニックに変更となったようだ。
「エルーシア、もう二度と、フラヴィ王女殿下の顔など見たくないと思うのですが」
「いいえ、平気ですわ」
フラヴィ王女殿下は負けず嫌いで、私を見返す機会を狙っているだろう。そのため、私の参加は必須のようだ。
「フラヴィ王女殿下がどんな女性かも知らずに受け入れていたら、我が国は大変なことになっていたでしょうね」
お金を湯水のように使う生活を送っているという。そんな第三王女が王妃となったら、国の財政はあっという間に傾いてしまうだろう。
「エルーシアがいなかったら、彼女の裏の顔に気付いていなかったでしょう。心から感謝しています」
「もったいないお言葉です。その、クラウス様が情報収集をされていたようですから、わたくしが騒動を起こさずとも、王妃にふさわしくないと判断されていたでしょうが」
「ええ、そうかもしれません。けれども、自分の目で見たという情報もまた、大事なのですよ」
情報のみだった場合、隣国を支持する議員の意見を却下させるのに時間がかかっていただろうと王妃殿下は話す。
「ですので、エルーシアの騒動と、クラウスの情報、両方必要だったわけです」
私だけでなく、クラウスの働きも評価されて嬉しくなった。
その後、秋の花で何が好きか、という話題でひとしきり盛り上がっていたのだが、王妃殿下は国王陛下の侍従に呼ばれて去っていく。
侍女と護衛だけが残った空間で、はーーとため息が零れた。
◇◇◇
誰もが寝静まるような夜――扉が叩かれる。私よりも先にアルウィンがむくりと起き上がり、肉球を私の頬へ押しつけてくる。
「ううん……アルウィン、肉球はお腹いっぱい、ですわ」
「にゃう!」
寝ぼけ眼だった私だったが、耳元で鳴かれて意識が鮮明になっていく。
「エルーシア様、夜分に申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
アルウィンが扉に近付き、爪先でカリカリ掻く。すると、侍女が扉を開いた。
「どうかなさって?」
「その、それが――」
いつもはハキハキ喋る侍女が、言いよどむ。もしや、クラウスに何かあったのだろうか。
慌てて起き上がり、ガウンを羽織る。
「もしかして、クラウス様のことですの?」
「いいえ、そうではなくて」
クラウスでないのならば、私を起こしてでも言わなければならないことはなんなのか。 まさか、コルヴィッツ侯爵夫人なのか、と口にしようとした瞬間、侍女が報告する。
「フラヴィ王女殿下がエルーシア様にお会いしたいと、訪問されました」
「え?」




