帰ってきたクラウス
木箱の蓋を開くと、凜々しい猫とヒイラギが彫られた銀の蓋が見えた。
アルウィンのイメージをしっかり伝えたからか、そっくりである。
「ねえ、見て。これ、アルウィンよ」
「にゃあ!」
アルウィンもお気に召してくれたのか、尻尾をピンと立てて甘い声で鳴いていた。
ヒイラギも美しく彫ってもらっている。
「あら、蔦まで彫ってありますのね」
作業をしているうちに、気分が乗ってきたのだろうか。
蔦の花言葉は、〝永遠の愛〟、〝結婚〟である。婚約者への贈り物としては、これ以上ないくらいぴったりの意匠だ。
「蔓ではなくて、よかったです」
私の呟きに、ネーネが首を傾げる。
「エルーシア様、蔓だと何か問題なのですか?」
「蔓の花言葉は、〝束縛〟、〝死ぬまで一緒〟――なんだか怖いでしょう?」
「で、ですね」
懐中時計店の店主には誰に贈るかなど相談していなかったのだが、うっすら察してくれたのだろうか。
花言葉なんか知らず、偶然施した可能性も高いが。何はともあれ、クラウスがやってくる前に間に合ってよかった。
「店主に差し入れたお菓子なども、感謝の気持ちを伝えてほしいとおっしゃっていました」
「そう、よかった」
どこかの誰かさんとは違い、差し入れを喜んでくれたようだ。
それから一時間もしないうちに、クラウスがやってきた。
侍女や護衛は退散し、ふたりきりとなる。
いつもの黒衣に身を包んだ姿でやってくると思っていたのに、昼用礼装を纏っていたのには驚いた。
「どうかなさいましたの?」
「何がだ?」
「いつもは返り血を浴びた黒衣でいらっしゃるものだから」
さらに、目は充血していて、隈もあるというのが仕事帰りのクラウスであった。
「あれは――一刻も早くエルーシアに会いたかったから、なりふり構わない姿でいただけだ」
前回のパーティーのときに、正装姿を見る私の瞳が輝いているのを見て、身なりはきちんと整えようと心に誓ったらしい。
「それに、血まみれの恰好では、エルーシアを抱きしめることができないからな」
それを聞いた私は、クラウスの胸に思いっきり飛び込む。
触れる瞬間にぴょんと跳び上がったら、ひょいっと軽々抱き上げてくれた。
クラウスの腕に座るような体勢となり、逆に困惑してしまう。
「あ、あの、この体勢はクラウス様がお辛くありませんの?」
「エルーシアならば三人ほど抱えられる」
「わたくしはそんなにおりません」
「そうだな。いたら困る」
突然くるくる回り始めるので、慌ててすがりついてしまった。
何をするのかと肩を叩いて抗議したら、ゆっくり止まる。
「もう! なんなのですか」
「エルーシアに会えたのが嬉しくてつい」
「あら、そういうことでしたのね」
私に会えたのが嬉しいあまり、くるくる回ってしまうなんて、まるで大型犬である。
以前、私が勇気を振り絞ってした求婚を、無表情で「お断りだ」なんて言った男性と同一人物には見えない。
クラウスは長椅子の上に私をそっと座らせ、自身も隣に腰かける。
「会いたかった」
「わたくしも」
唇が少し触れ合うだけのキスをする。それだけしかしていないのに、胸がバクバクと高鳴っていた。
顔が火照っているような気がして、指先で冷やす。
「あ、そう! わたくし、クラウス様に贈り物がございまして」
「なぜ?」
真顔で問われる。誕生日でもないのに、用意したので不審に思ったのだろう。
「金庫の宝飾品のお礼ですわ! わたくし、驚きました。まさかクラウス様が、あんなに宝飾品を購入されていたなんて」
必死に頭を回転させ、言い訳を口にした。
クラウスが何か言う前に、テーブルの上にあった懐中時計の木箱を指し示す。
「こちらです。どうぞ!」
クラウスは木箱を手に取った瞬間、片眉をぴくりと動かす。
「あの、やはり重たいですか? わたくし三人を持ち上げられるクラウス様ならば、なんてことのない重量だと思うのですが」
「これくらい、重く感じない。だが、中に何が入っているのかと思って」
蓋を開いたクラウスは、懐中時計を目にした瞬間首を傾げる。
「懐中時計の重さではなかったのだが」
「特注品ですわ」
ぐっと接近し、蓋に彫られた猫がアルウィンのイメージで、ヒイラギにはどんな意味があるのかと早口で捲し立てる。
「お守り代わりですので、どうか肌身離さず、胸ポケットにしまっていてくださいませ!」
「ああ、ありがとう。大切にする」
侍女や護衛は懐中時計を両手で扱っていたが、クラウスは片手で難なく持っていた。きっと、彼にとっては重たい品ではないのだろう。
「エルーシア」
「なんですの?」
「私は胸を討たれて倒れるのか?」
「……」
どうやら、私の目論見はお見通しだったらしい。一応、忠告するつもりでもあったので、こくりと頷いたのだった。




