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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第八章 クラウスを助けるために

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帰ってきたクラウス

 木箱の蓋を開くと、凜々しい猫とヒイラギが彫られた銀の蓋が見えた。

 アルウィンのイメージをしっかり伝えたからか、そっくりである。


「ねえ、見て。これ、アルウィンよ」

「にゃあ!」


 アルウィンもお気に召してくれたのか、尻尾をピンと立てて甘い声で鳴いていた。

 ヒイラギも美しく彫ってもらっている。


「あら、蔦まで彫ってありますのね」


 作業をしているうちに、気分が乗ってきたのだろうか。

 蔦の花言葉は、〝永遠の愛〟、〝結婚〟である。婚約者への贈り物としては、これ以上ないくらいぴったりの意匠だ。


「蔓ではなくて、よかったです」


 私の呟きに、ネーネが首を傾げる。


「エルーシア様、蔓だと何か問題なのですか?」

「蔓の花言葉は、〝束縛〟、〝死ぬまで一緒〟――なんだか怖いでしょう?」

「で、ですね」


 懐中時計店の店主には誰に贈るかなど相談していなかったのだが、うっすら察してくれたのだろうか。

 花言葉なんか知らず、偶然施した可能性も高いが。何はともあれ、クラウスがやってくる前に間に合ってよかった。


「店主に差し入れたお菓子なども、感謝の気持ちを伝えてほしいとおっしゃっていました」

「そう、よかった」


 どこかの誰かさんとは違い、差し入れを喜んでくれたようだ。

 それから一時間もしないうちに、クラウスがやってきた。

 侍女や護衛は退散し、ふたりきりとなる。

 いつもの黒衣に身を包んだ姿でやってくると思っていたのに、昼用礼装フロックコートを纏っていたのには驚いた。 


「どうかなさいましたの?」

「何がだ?」

「いつもは返り血を浴びた黒衣でいらっしゃるものだから」


 さらに、目は充血していて、隈もあるというのが仕事帰りのクラウスであった。


「あれは――一刻も早くエルーシアに会いたかったから、なりふり構わない姿でいただけだ」


 前回のパーティーのときに、正装姿を見る私の瞳が輝いているのを見て、身なりはきちんと整えようと心に誓ったらしい。


「それに、血まみれの恰好では、エルーシアを抱きしめることができないからな」


 それを聞いた私は、クラウスの胸に思いっきり飛び込む。

 触れる瞬間にぴょんと跳び上がったら、ひょいっと軽々抱き上げてくれた。

 クラウスの腕に座るような体勢となり、逆に困惑してしまう。


「あ、あの、この体勢はクラウス様がお辛くありませんの?」

「エルーシアならば三人ほど抱えられる」

「わたくしはそんなにおりません」

「そうだな。いたら困る」


 突然くるくる回り始めるので、慌ててすがりついてしまった。 

 何をするのかと肩を叩いて抗議したら、ゆっくり止まる。


「もう! なんなのですか」

「エルーシアに会えたのが嬉しくてつい」

「あら、そういうことでしたのね」


 私に会えたのが嬉しいあまり、くるくる回ってしまうなんて、まるで大型犬である。

 以前、私が勇気を振り絞ってした求婚を、無表情で「お断りだ」なんて言った男性ひとと同一人物には見えない。


 クラウスは長椅子の上に私をそっと座らせ、自身も隣に腰かける。


「会いたかった」

「わたくしも」


 唇が少し触れ合うだけのキスをする。それだけしかしていないのに、胸がバクバクと高鳴っていた。

 顔が火照っているような気がして、指先で冷やす。


「あ、そう! わたくし、クラウス様に贈り物がございまして」

「なぜ?」


 真顔で問われる。誕生日でもないのに、用意したので不審に思ったのだろう。


「金庫の宝飾品のお礼ですわ! わたくし、驚きました。まさかクラウス様が、あんなに宝飾品を購入されていたなんて」


 必死に頭を回転させ、言い訳を口にした。

 クラウスが何か言う前に、テーブルの上にあった懐中時計の木箱を指し示す。


「こちらです。どうぞ!」


 クラウスは木箱を手に取った瞬間、片眉をぴくりと動かす。


「あの、やはり重たいですか? わたくし三人を持ち上げられるクラウス様ならば、なんてことのない重量だと思うのですが」

「これくらい、重く感じない。だが、中に何が入っているのかと思って」


 蓋を開いたクラウスは、懐中時計を目にした瞬間首を傾げる。


「懐中時計の重さではなかったのだが」

「特注品ですわ」


 ぐっと接近し、蓋に彫られた猫がアルウィンのイメージで、ヒイラギにはどんな意味があるのかと早口で捲し立てる。


「お守り代わりですので、どうか肌身離さず、胸ポケットにしまっていてくださいませ!」

「ああ、ありがとう。大切にする」


 侍女や護衛は懐中時計を両手で扱っていたが、クラウスは片手で難なく持っていた。きっと、彼にとっては重たい品ではないのだろう。


「エルーシア」

「なんですの?」

「私は胸を討たれて倒れるのか?」

「……」


 どうやら、私の目論見はお見通しだったらしい。一応、忠告するつもりでもあったので、こくりと頷いたのだった。

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