命を守る方法
その日の晩、私は久しぶりに予知夢をみた。
以前みた、クラウスを看取る場面と同じだったのだが、今回は声がはっきりと聞こえたのだ。
それは、私自身の声であった。
「胸にケガを負っていなかったら、こんなことにはならなかったのに……!」
どうやらクラウスは死に瀕する前に何者かの襲撃を受け、胸を負傷していたらしい。
ケガのせいで反応が遅れ、致命傷を負ってしまったというのか。
ひとまず、彼を死から遠ざけるヒントを得ることができた。
これがイヤコーベのおかげとは思いたくないのだが……。
とにかく、新たな予知夢をみることは叶った。新たな対策を練る必要があるのだろう。
クラウスは普段、服の下に鎧をまとっている。それなのにケガをしてしまったというのは、どういうことなのか。
なんでも就寝時ですら、鎧は脱がないらしい。
ドレスの下に着用できる鎧を貰ったとき、斬新すぎると思っていたのだが、長時間着用できるように改良に改良を重ねたものだったのだろう。
鎧を着ている状態で、どうやったら胸を負傷するのか。戦いを知らない私では想像できない。
本でも読んで調べようか、と背伸びをしていたら、侍女と目が合う。
ここでハッとなった。戦いを知る人が近くにいたのだ。
「ねえ、あなた。質問してもよろしくって?」
「はい、なんなりと」
「鎧を常日頃から着用している人が、胸を負傷するような状況ってありえますの?」
不審がられてはいけないので、私が読んでいる推理物の本の話だということにしておく。
「鎧を着用している者が胸にケガ……ですか。国内の猛者でそれを可能とするのはシュヴェールト大公くらいなのではないでしょうか?」
レーヴァテインの遣い手であるクラウスならば敵の鎧を打ち破り、胸に攻撃を与えるのもできるのだろうと侍女はいう。
「鎧は急所を守る物ですから、よほどの技量がない限り、胸にケガを負わせるのは難しいでしょう」
クラウスはいったいどのような状況で、胸をケガしたというのか。
おそらく、彼にとって不測の事態だったに違いない。
今度は別の方面から質問してみた。
「では、胸を負傷する未来が待っているとわかっていたら、どのような対策をしますか?」
「そうですね。胸に堅い鉄板か何か入れて、守りを補強すること……でしょうか?」
その話を聞いて、ピンと閃く。クラウスはいつも、胸ポケットに銀の懐中時計を忍ばせていた。
銀は加工しやすい金属として知られており、非常にやわらかく傷つきやすい。強力な攻撃から守ることなどできないだろう。
ならば、衝撃に強い素材で作った懐中時計を贈ったらいいのではないか。
「ねえ、種類豊富で珍しい懐中時計を扱っているお店をご存じ?」
「種類豊富……ですか」
普段、彼女達は懐中時計など持ち歩かないのだろう。首を傾げたまま、動かなくなってしまった。
そんな中で、ネーネが控えめに挙手する。
「あの、私、知っています」
中央街の路地裏に、懐中時計の専門店があるらしい。看板も出ておらず、わかりにくい場所にあるようだ。
「職人さんが懐中時計を作りながら営業している工房兼お店のようで、壁一面、懐中時計が飾ってあるようなお店でした」
「壁一面の懐中時計ですか。たしかに、種類豊富ですわね」
王城までやってきて品物を見せてもらおうかと思っていたが、かなりの品数がありそうなので、直接足を運んだほうがよさそうだ。
「そのようなお店を、よくご存じでしたね」
「ええ……。父から昔、客人のために珍しい贈り物を用意するようにと命じられ、必死になって探し回ったことがありまして」
辛い記憶だったのか、ネーネの指先は少し震えているように見えた。そんな彼女の手を握り、感謝の気持ちを伝える。
「ネーネ、ありがとうございます。あなたのおかげで、わたくしが希望する懐中時計が見つかりそうです」
「お役に立てて、何よりです」
ネーネが微笑んでくれたので、ホッと胸をなで下ろした。
そんなわけで、外出届を提出し、明日になるのを待つ。
話が途切れたタイミングで、隣に寝転がっていたアルウィンが甘えてきた。
甘い声でにゃあにゃあ鳴く彼の顎の下を、かしかしと撫でてあげる。すると嬉しそうにぐるぐると喉を鳴らした。
イヤコーベとの面会によって精神的な疲労を感じていたが、アルウィンとの触れ合いによって癒やされた。
予知夢をみるには癒やしたらいけないのだろうが。
また今度、イヤコーベと面会すればいいだけだ。未来の私、頑張れと心の中で鼓舞しておく。
翌日――護衛とネーネを連れて外出する。
アルウィンは侍女と一緒にお留守番だ。自分も連れて行けと扉を爪でカリカリ掻いていたが、街中だと目立ってしまうので、泣く泣く置いていった。
ネーネの案内で懐中時計の工房兼店舗を目指す。そこは路地裏の入り組んだ場所にあり、教えてもらったとしても、自力では辿り着けないような場所にあった。
看板もなければ、ショーウィンドウもない。
民家の裏口のような扉が、店舗に入る入り口のようだ。
「こちらです」
「え、ええ」
ネーネ曰く、午前中ならばいつでも開いているらしい。建物の外観からして、人が住んでいるのかも怪しいように思えるのだが。
護衛が扉を開くと、ネーネが店内へ一歩足を踏み入れた。
「ご、ごめんください」
「おう」
ぶっきらぼうな男性の声が聞こえた。私も彼女に続き、入店する。
ネーネが話していたとおり、壁一面に懐中時計が展示されている。おそらく王都いちの品揃えだろう。
お店の奥は作業スペースとなっていた。テーブルの上には、工具が雑多に広げられている。
奥にある椅子にどっかりと腰かけるのは、童話で見たドワーフに少し似ている毛むくじゃらの髭を持つ中年男性だった。彼が店主兼懐中時計職人なのだろう。
ネーネのことは覚えていたようで、「男爵家のお嬢さんじゃないか」と反応していた。
「今日は、お仕えしているエルーシアお嬢様が、懐中時計を探しているようでして」
「そうか。だったら勝手に見てくれ」
店主は私達の様子なんて気にせず、懐中時計作りを再開させていた。
お言葉に甘えて、店内の商品を見せていただく。




