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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第八章 クラウスを助けるために

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イヤコーベとの面会

 イヤコーベとの面会は侍女に止められてしまった。何か用事があるのならば、代行してくるとまで言ってくれたが、目的は彼女に会うよりも、精神的な負担がかかることである。なんとか説得し、イヤコーベとの面会する機会を設けた。


 以前より、月に一度くらいの頻度でイヤコーベに差し入れを送っていた。

 刑務所から検閲を経て、手紙を送るのも可能らしいが、イヤコーベから感謝状が届いたことなんかない。

 別に感謝されたくてやっているわけではないので、別にいいのだが。

 ちなみに、殺人犯となったジルケには送っていない。というより、殺人を犯した者に差し入れはできないようになっているのだ。

 彼女に関しては、同情の余地もない。父を手にかけたのだから。

 ちなみにウベルも殺人蔵匿さつじんぞうとく罪で拘束され、今現在は刑務所にいるらしい。我が国では殺人を知っていながらも、通報しなかった者に罪が科せられるのだ。

 予知夢で私を害した者達が全員刑務所にいるという現状に、頭が痛くなる。

 イヤコーベとジルケは永遠に出所できないだろうが、ウベルは一年も満たないうちに出てくるのだろう。それを考えると恐ろしい。彼に関しては、二度と関わり合いになりたくない相手だ。


 侍女と護衛、それからネーネを連れて刑務所に向かう。

 刑務所は王都の郊外にあり、鬱蒼うっそうとした森を抜けた先に立てられていた。

 蔦が巻きついた古びた塔――国家監獄こっかかんごく局本部。通称刑務所だ。

 国内の犯罪者のほとんどはここに収容され、受刑者の社会復帰及び刑の執行をする刑事施設である。


 女性刑務官が出迎え、面会室まで案内してくれた。

 内部は気味が悪いと感じるほど静かだ。誰もいないのではと思うくらい、物音ひとつしない。本当に受刑者達が収容されているのか、と疑ってしまうくらいである。

 イヤコーベとの面会はさっさと済ませて、一刻も早く帰りたいと思った。


 静けさに耐えきれず、前を歩く刑務官に話しかけてみた。


「あの、イヤコーベの普段の様子は、いかがですの?」

「彼女は……他の受刑者としょっちゅう喧嘩をしていました。最近は担当の刑務官とやりあっているようで、もめごとが絶えません」

「まあ」


 なんというか、想像通りである。少しは落ち込んでいるだろうと思っていたのだが、どこにいてもイヤコーベは通常営業というわけだ。


「彼女の取り調べは終了し、刑務作業が始まったのですが、どの作業でも取っ組み合いの喧嘩をするだけでなく、どの作業も適正が欠片もなく、困り果てているようです」


 受刑者達には労働を行わなければならない、労役ろうえき義務が発生する。刺繍をしたり、革加工をしたり、印刷などをしたりと、さまざまな仕事があるらしい。

 刺繍作業場では他の受刑者に針を刺し、革加工では金槌を振り回し、印刷工程ではインクをぶちまけるなど、酷いとしか言いようがない行為を繰り返しているという。

 そのため、現在は個室に収容させ、作業をこなさなければ食事が食べられないという罰則を科しているようだ。

 さすがのイヤコーベも、食事を抜かれたら堪らないのだろう。渋々と作業をしているらしい。

 彼女についての話は尽きないようだ。


「リンデンベルク嬢、ひとつよろしいでしょうか?」

「なんですの?」

「なぜ、酷い目に遭っていたのに、健気に差し入れを送っているのでしょうか?」

「それは――」


 使用人として潜入したさい、イヤコーベのおかげでタイミングよく証拠品を騎士に示し、ジルケの罪を明らかにすることができたのだ。

 それに対する感謝、というのは少し違う気もしたが、少しだけ援助してやろうか、と思ったのだ。


「ただの自己満足ですわ」


 内なる事情なんて説明できるわけでもないので、適当に理由を付けておいた。

 女性刑務官は追及せず「なるほど」と返すばかりだった。納得してくれたようで、ホッと胸をなで下ろす。


 面会室は教会の告解室のようになっており、ひとつの部屋が一枚の壁で遮られている。壁の中心がガラス窓になっていて、顔と顔を合わせられるようになっているのだ。また、声が聞こえるように、ガラスには小さな穴がいくつも開けられている。

 椅子が置いてあり、そこに腰かけると、向こう側にいる女性刑務官が番号を口にする。


「受刑番号七七八、来い!」


 シーンと静まり返っていたが、遠くからギャアギャアと叫ぶ声が聞こえてくる。

 足音と共に近づき、扉が開いた。

 イヤコーベは両手を縄で縛られた状態で現れ、女性刑務官二名に連行されるような形でたってきた。


「あたしの名前は七七八じゃなくて、イヤコーベ・フォン・リンデンベルクだ! シルト大公夫人なんだよ! 丁重に扱いな!」


 相変わらずなイヤコーベの様子に、ため息しか出てこない。

 ちなみにシルト大公夫人を名乗っていたが、父との婚姻はとっくの昔に無効となっている。そのため、イヤコーベは自称シルト大公夫人というわけだ。


 イヤコーベは私に気付くと、ハッとなる。殊勝な態度なんて見せないと思っていたが、こちらを見るなりニヤリと笑った。


「あんた、あたしの保釈金でも払いにきてくれたのかい?」

「そんなわけないでしょう」


 何をどう考えたら、私が保釈金を払うと思ったのか。まさかの一言だった。


「だったら、あたしを笑いにでもきたのかい? 意地が悪い子だね」

「わたくしも暇ではありませんので、そのような愚かなことはしません」

「なら、何をしに来たっていうのさ」

「差し入れを持ってきましたの」


 そう答えると、イヤコーベはぐっと接近する。


「ちょっとはいい品を持ってきてくれたんだろうね? あんたが送ってくるのは、つまらないものばかりだから」


 つまらないもの、と言いつつも、私が差し入れたワンピースをしっかり着ている。

 肌つやもいいので、化粧クリームなども愛用しているのだろう。

 ちなみにこれまで差し入れたのは、聖人のありがたい言葉が書かれた本に、衣類一式、歯ブラシ、石鹸、洗髪剤などなど。


「今日はこれまで送っていなかったお品を、持ってまいりました」


 ネーネが持っていたかごを受け取る。それを持ち上げ、イヤコーベに見せた。


「サフランの鉢植えですわ」


 鉢植えを送るというのは、その場に根付く、寝付くという意味合いがある。病人の見舞いなどには縁起が悪いので、避けなければならない品だ。

 今のイヤコーベにはぴったりだと思い、持ってきたのだ。我ながら性格が悪いと思いつつも、彼女にもこっそり仕返しがしたかったので、鉢植えを選んだわけだ。

 サフランは美しい紫色の花を咲かせている。花言葉は〝過度を慎め〟である。

 控えめで、遠慮深く、物静かに過ごしてほしい、という願いを込めて選択した。

 花を目にしたイヤコーベは、目をつり上がらせ、わかりやすく怒り始めた。


「ふざけているのかい! このあたしに花を贈るなんて!」

「お花を贈ることがどうして、ふざけているのでしょうか?」

「花なんか、なんの役にも立たないだろうが!」


 そんなことはない。見ていたら心癒やされるし、健気に咲いている様子から勇気づけられるときもある。

 花蜜を提供し、昆虫や動物の花粉媒介となって、自然界にも大きな影響をもたらしている。

 イヤコーベよりも社会の役に立っているのは間違いないだろう。


「咲いている花を見て、自分も頑張ろうと、思いませんか?」

「一度だって思ったことはないね! あたしは受け取らないよ! 持って帰ってくれ!」

「わかりました。そこまで言うのであれば、今後、差し入れは止めることにいたします」

「は? 別に、他の差し入れを止めろだなんて言っていないだろう?」

「つまらない物だとおっしゃっていたので、これ以上贈るのはおこがましいと思いまして」

「ば、馬鹿だね! あたしがいらないのは、花だけ――」

「面会終了!」


 女性刑務官が宣言すると、イヤコーベは先ほどと同じように連行される。


「ちょっと! 話はまだ終わっていないよ!」


 彼女が騒ぐのは日常茶飯事なのか、女性刑務官は顔色ひとつ変えない。淡々とした様子で、イヤコーベの腕を引く。


「エルーシア! 今度はビフテキでも送ってきな! あとは、ドレスを十着ほど仕立てるように!」


 女性刑務官より「静かにしないか!!」と厳しく叱咤され、イヤコーベは「耳が破裂するよ!」と言葉を返す。

 騒がしい声は、だんだんと遠ざかっていった。

 以上がイヤコーベとの面会であった。

 少し会話をしただけなのに心労が大きく、深い深いため息をついてしまったのは言うまでもない。

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