コンパニオン
第三王女関係で騒ぎを起こしてしまったため、しばし王城の部屋で謹慎するよう王妃殿下より命じられた。
夜会に出入り禁止とか、王城の部屋を取り上げるとか、厳しい罰則が下るものだと思っていたので、拍子抜けだったところもある。
「あ、あの、お茶、でございます」
「ありがとう」
私の部屋には、買収したメイドを傍付きとして置いてもらった。
彼女の名前はネーネ・フォン・ルーマン。新興貴族の男爵令嬢で、父親の命令で第三王女の侍女として送り込まれたようだ。なんでも、未来の王妃となる予定だった第三王女に娘を通して取り入ろうとしていたらしい。第三王女には大量の献金を送っていたようだ。
しかしながら、第三王女は献金を受け取りながらも、隣国から連れてきていた侍女しか傍に置かなかったのだ。
困った男爵はさらに献金を積み、メイドとして娘を第三王女の傍に付けることに成功したらしい。
ネーネは父親のように腹芸が得意なタイプではなく、極めて控えめな性格だ。
こちらが買収しようとしたときも、お金はいらないと言ったくらいである。
ただ、なんの利益もない関係ほど脆いものもないので、お金は強制的に受け取らせた。男爵家は裕福なので、お金なんて必要なかっただろうが。
本人の性格を考えたら、第三王女に気に入られるなんて難しかっただろう。クラウスの調査書を読んだら、いじめ倒される可能性があると判断し、こうして傍に置いているわけだ。
探偵を使い、ネーネについて調査してもらったところ、父親から暴行されていたことが明らかとなった。一度家を飛び出し、修道院に逃げ込もうとしたようだが、途中で捕まって叶わなかったらしい。
なんとも気の毒な女性だったわけだ。
彼女に関しては、今後も面倒を見る予定である。私のせいで、時の人となってしまったのだ。
帰宅する許可がでたら、彼女もコルヴィッツ侯爵邸に連れ帰る予定である。
「ネーネ、緊張しなくてもよいのですよ」
「す、すみません」
「謝る必要もありません。堂々としていてください。弱気になっていると、相手につけ込む隙を与えてしまいますので」
その点に関しては心当たりがあったのだろう。彼女の背筋がピンと伸びた。
「たくさんの人達の目がある前で、何か物申すのは勇気がいったことでしょう。あなたは、立派な働きをしました」
そんな言葉をかけると、ネーネは眦に涙を浮かべる。ぱちぱちと瞬いたら、真珠のような涙が零れた。
「もう、何も心配いりません。あなたのお父さまは、贈賄の罪で拘束されておりますから」
暴行罪については伏せておく。ネーネにとっては心の傷でもあるだろうから。
「わたくしがコンパニオンのお役目から解放されたあとも、わたくしに仕えてくださいますよね?」
「え、そ、そんな……。そこまでご迷惑をおかけできません」
「いいえ、迷惑ではありませんわ」
ネーネの小さな手を握り、にっこりと微笑みかける。
「わたくしがネーネにお金を渡して情報を喋らせたことが世間にバレたら、あなたのお父さまのように、贈賄罪で捕まってしまいますの」
「あ……!」
「わたくし達はいわば、運命共同体ですわ」
これからも仲良くしましょうね、という言葉に、ネーネは深々と頷いてくれた。
◇◇◇
謹慎期間中はネーネと共にレース編みをしたり、コルヴィッツ侯爵夫人やクラウスと手紙のやりとりをしたり、本を読んだり、と比較的充実した毎日を過ごす。
そんな私のもとに、王妃殿下がやってきた。
「謹慎生活はいかがですか?」
「自らの行いを反省する毎日です」
「ふふ、それは結構」
笑われてしまったので、私が自由気ままな日々を送っていることはバレているのだろう。
それはそうと、いったい何を話にきたのか。ついつい構えてしまう。王妃殿下が直々に私のもとへやってくるなど、普段ならば絶対にありえないから。
新たに罰則ができたというのか。まあ、クラウスとの婚約を解消する以外は、なんでも受け入れようと思っていた。
「少し、困った事態になっておりまして」
王妃殿下を困らせていることとは、信じがたいものだった。
「フラヴィ王女殿下が、王城に用意した貴賓室に籠城し、帰国する素振りをまったく見せないのです」
「まあ!」
私を巡る騒動のせいで、王家との婚姻話はなくなった。それなのに、彼女は隣国に帰ろうとしないらしい。
「侍女の話によると、結婚相手を見つけるまで、国に帰れないとおっしゃっているのだとか」
「そういうわけでしたのね」
第三王女は未来の王妃になるつもりで、堂々とやってきたに違いない。馬鹿にしてきた者達にも、触れ回っていたのだろう。
けれども、状況がガラリと変わってしまった。
彼女が巻き起こした騒動と共に帰国したら、これまで以上に軽んじられる。
おそらく意地でも誰かと婚約し、帰国したいのだ。
「陛下も到底容認できるものではないとおっしゃっているのですが、お相手がお相手ですので、強制退去なんてできるわけもなく……」
「大変な状況になっていましたのね」
ひとまず、国王陛下が隣国の王に第三王女を連れて帰るように、と打診したようだ。
隣国の王に良心があるのならば、すぐに迎えにきてくれるだろう。
「と、愚痴はこれくらいにして、本題に移りますわね」
「あ……はい」
「どうかなさって?」
「いえ、わたくしにフラヴィ王女殿下をどうにかするよう、命令されるものだと思っていましたので」
「どうにかするのは国王陛下のお仕事ですわ。その点は、ご心配なく」
私の手に負えるような猛獣ではないので、ホッと胸をなで下ろす。
「本題というのは、わたくしのコンパニオンになっていただこうと思いまして」
「わ、わたくしが、王妃殿下のコンパニオンに、ですか?」
「ええ」
なんでも、騒動のことが記事になっていたらしく、〝悪魔大公の未来の悪妻!〟みたいな感じで面白おかしく書かれていたらしい。
謹慎を受けていたので、そのような事態になっていたとは思いもしなかった。
「煽るような発言をしたクラウスも悪いのですが、記事のせいで、エルーシアのよくない噂が社交界に流れているのです」
「は、はあ」
それをきっかけに、イヤコーベとジルケが巻き起こした事件についても蒸し返されているようだ。
「コルヴィッツ侯爵邸には記者が大勢押しかけているようで」
これまで何度もコルヴィッツ侯爵夫人と手紙をやりとりしていたが、私のせいで損害を被っているなど一言も書かれていなかった。
「まあ、あの家は荒事に慣れておりますので、気にすることはないでしょう。わたくしが心配していたのは、エルーシアの名誉です」
ずっと他人からの目を気にしていたが、クラウスから「悪魔大公の未来の妻にふさわしい」なんて言われてからというもの、気にならなくなっていたのだ。
それはそれで問題なのだろうが。
「わたくしのコンパニオンであれば、悪く言う者はいないでしょう」
「王妃殿下……!」
これ以上ない名誉だが、少し心配なことがある。
「わたくしをコンパニオンにすることによって、その、王妃殿下に不都合が生じるのではないのですか?」
評判がよくない娘を傍に置くのだ。悪影響だと物申す者もいるだろう。
「わたくしが大切に思い、傍に置くと決めたことに、文句を言うなんて許しません。エルーシア、あなたは何も気にしなくてもよいのです」
胸がじんと温かくなる。
私は素直に、王妃殿下のコンパニオンになることを受け入れることとなった。




