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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第七章 エルーシア、社交界へ進出!?

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クラウスとの時間

 クラウスが向かった先は、私の部屋とは真逆の方向だった。

 なんでも彼も、働きの報酬として王城に部屋を賜っていたらしい。

 私が賜った白い大理石の部屋とは異なり、クラウスの部屋はマホガニーの家具で統一されたシックな内装となっている。

 彼は私を長椅子に座らせ、自身も隣に腰かけた。


「クラウス様、驚きました」

「私も驚いた。とんでもない騒動に巻き込まれていたんだな」

「えっと、いつからご覧になっていたのですか?」

「第三王女から、誰の許可を得て、ここにいるのかと聞かれたところからだな」

「最初からではありませんか」


 まさか、クラウスに見られていたなんて。恥ずかしいにも程がある。


「いらっしゃったのであれば、助けてくださいませ」

「女達の争いに男が介入したら、大怪我をする、という教えを受けていたのでな。それに、私が助けても根本的な解決にはなっていなかっただろう」

「それは、たしかにそうかもしれませんが」


 なんでも、クラウスは私の様子を見て、何か策があると気付いていたらしい。


「追い詰められているような状況に見えたが、エルーシア自身は落ち着き払っていたからな。何かあると思っていた」


 私の目論見はすべてクラウスにお見通しだった、というわけだ。


「エルーシア、見事な戦いっぷりだった。あのように堂々と、第三王女を負かすなんて、見ていて気持ちがよかった」

「クラウス様、わたくし、勝ってもよかったのですか?」

「国単位で考えたら、よくないだろうな」


 おそらく、今回の騒動で王家との間に浮上していた婚約話は破談になるだろう、とクラウスは言う。それを聞いて、頭を抱えてしまった。


「王妃殿下がおっしゃっていた通り、仕返しをする前に相談すればよかったです」


 国家間の問題になるのにわかっていないのか、と相手を責めていたのだが、私も同じように考えが至らなかったようだ。


「わたくしのせいで隣国との関係が悪化したら、どうしましょう」

「それはない」


 きっぱりとクラウスは言い切る。

 懐に入れていた紙を私に手渡してくれた。紙には第三王女の素性について、と書かれてある。


「実は、隣国で第三王女の生まれ育った境遇や経歴について調査するよう、命じられていたのだ」


 隣国の第一王女は、結婚前に男と関係し妊娠した。その責任のすべてを兄に押しつけ、終身刑にしてくれたのだ。

 こういう事態が起こったことから推測するに、隣国は王女を厳しく教育及び監督していない。

 第一王女の妹である第三王女も何かやらかしているのではないか、と思って調査を命じたようだ。


「結果、第三王女は侍女やメイドにむごい扱いを強いて、次々と解雇していたことがわかった」


 今現在、第三王女が連れているのは、彼女のもとで生き残った精鋭というわけなのか。考えただけでゾッとする。


「やらかしていたのは第三王女だけでなかった」


 紙面には驚くべきことが書かれていた。それは、第三王女の母親はメイドだったのだ。

 政治の駒として利用するために、王妃の子でない娘を王女として育てていたのだという。


「ただ、第三王女は他の王女よりも扱いが悪く、普段から鬱憤を溜め込んでいたのだろう」


 メイドの娘だと軽んじられた結果、人を使い捨てることでしか権力を示せなかったのだろう。話を聞いていると、気の毒になってしまう。


「とまあ、そんな事情もあることから、エルーシアが手を下さずとも、陛下は王太子殿下の結婚相手にはしなかっただろう」


 今回の婚姻は、隣国の外交官がとにかく早く進めたがっていたという。今回の訪問は急すぎると断っていたのに、無理矢理押しかけるようにしてやってきたようだ。

 第三王女の素性が明らかになる前に、結婚させようという算段だったのかもしれない。


「クラウス様のお話を聞いて、安心しました」

「それはよかった」


 クラウスは私を抱き寄せ、額にキスをする。

 こうして触れ合っていると、いつまで経っても胸がドキドキしてしまうのだ。


「エルーシア、結婚式は、春の暖かくなった季節にしよう」

「はい」


 今、とても幸せだ。そう思った瞬間、予知夢について思い出してしまった。


「――っ!」

「エルーシア? 具合が悪いのか?」

「い、いえ、大丈夫、です」

「大丈夫なわけがないだろうが」


 額に汗が浮かんでいたようで、クラウスがハンカチで拭ってくれる。

 第三王女の騒動で、クラウスの死についての予知夢をみてしまったことをすっかり失念していたのだ。


「あの、クラウス様。このあとのお仕事は?」

「西部地方で奴隷売買が行われているようで、その調査に行くよう命じられたのだが」

「き、危険は、ありませんよね?」

「危険はない、と言い切れないのだが」

「そう、ですわよね」


 クラウスはずっと、危険と隣り合わせの中で生きてきた。国王陛下がもっとも頼りにしている鉄騎隊の隊員だという。

 私に鉄騎隊を辞めてくれ、なんて言う権利はないだろう。

 せめてもと思い、ひとつだけお願いをする。


「クラウス様、一点だけ、誓っていただきたいのですが」

「なんだ?」

「もしも、わたくしが仕事について意見した場合、聞き入れてくださいますか?」

「具体的には?」

「任務を受けないでくれ、とか」


 この先、新たな予知夢をみることができるかもしれない。

 詳しい状況がわかったら、運命を変えることができるだろう。


「任務か……。また、難しい願いだな」

「それは、クラウス様の命を守ることにも繋がるのです」

「何か〝みた〟のか?」

「え、ええ」


 クラウスには少しだけ、私の能力について伝えてある。彼は疑わずに、信じてくれているようだ。 


「わかった」

「え?」

「なんで驚く」

「だって、荒唐無稽こうとうむけいなお話でしたから」

「エルーシアはこれまでも、私を助けてくれた。それに、私が世界一信じている者だからな」

「クラウス様、あ、ありがとう、ございます」


 受け入れてくれるとわかったら、涙が溢れてくる。

 そんな私を、クラウスは優しく抱きしめてくれた。


 クラウスが死んでしまう未来は、絶対に迎えたくない。そのためには、どうにかして予知夢をみるしかないのだ。 

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