舌戦
第三王女は一瞬顔が強ばったものの、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。存じ上げなかったものですから」
彼女が少し微笑んだだけで、ピリついた空気が和らぐ。この辺はさすが王族、とでも言えばいいのか。
「エルーシア嬢が私の侍女と少々騒ぎを起こしたものですから、少し神経質になってしまったようです」
「フラヴィ王女殿下、騒ぎというのはなんですの?」
王妃殿下の追究を受け、第三王女は眉尻を下げ、悲しげな表情を浮かべる。
まさか――と思ったときには遅かった。
「エルーシア嬢が、私の侍女やメイドに差し入れと言って、生きたヘビや虫、カエルの卵を持ってきて、食べるように強要したんです」
周囲の者達の視線が、一気に私へ集まる。
王妃殿下も驚いた表情で、私を振り返っていた。
「エルーシア、フラヴィ王女殿下のおっしゃっていることは、本当ですの?」
「いいえ、少し違います」
「違う、というのは?」
「生きていたのはヘビだけで、虫はソテーされたものでした。それから、あともう一品、鼠の死体がございました」
「なっ――!」
王妃殿下は顔を青ざめさせながら、口元を押さえる。周囲の者達が見ていないと思って、第三王女は勝ち誇ったような表情で私を見ていた。
「たしかに、それらをフラヴィ王女殿下の侍女へ差し入れた、という情報は正しいものですが、先に私の部屋にゲテモノのフルコースを運んできたのは、フラヴィ王女殿下の侍女とメイドでした」
第三王女は負けじと言葉を返す。
「証拠はどこにあるの? あなたが手押し車を運んでいる様子は、大勢の使用人達が目撃しているのよ? どうやって、無罪を証明するのかしら?」
すかさず、第三王女は問いかけてくる。内心、勝利を確信していたのだろう。
「さあ、言い訳があるのならば、聞いて差し上げるわ」
「慈悲の心を、ありがとうございます」
私は深々と頭を下げ、第三王女に感謝した。
顔をあげると、第三王女は理解できない、という表情を浮かべている。きっと、私を追い詰めたと思っているのだろう。
「それでは、彼女に証言していただきます」
私の背後に控えていたメイドが、遠慮がちに出てくる。それを見た瞬間、第三王女ではなく、取り巻きの侍女達の表情が引きつった。
何を隠そう、彼女は私にゲテモノのフルコースを運んで来たメイドである。
メイドはフラヴィ王女殿下が連れてきた者ではなく、急遽専属メイドとして仕えることとなった女性だ。侍女に怯えていた様子だったので、きっと忠誠心なんてないだろう。
そう思って、私は彼女を買収したのだ。
「あ、あの、私は、フラヴィ王女殿下の侍女から、鼠の死体、生きたヘビ、虫のソテー、カエルの卵のデザートをエルーシア・フォン・リンデンベルク様のもとへ運ぶよう、め、命令されました!」
メイドは渡した金額以上の働きをしてくれた。
なんというか、フラヴィ王女の侍女はつめが甘い。事情を知っているメイドを野放しになんてさせてはいけないのだ。
メイドの証言が功を奏し、私に注がれていた視線が、フラヴィ王女殿下のもとへ戻っていく。
「フラヴィ王女殿下、彼女が言っていたことは、本当なのですか?」
「ぞ、存じ上げませんわ、王妃殿下。侍女が勝手にやったことですので。あなた達、どうなの?」
第三王女が振り返った瞬間、侍女達は顔面蒼白となる。すさまじい表情で睨みを利かせているのだろう。
王妃殿下が優しい声で、メイドに問いかける。
「あなたに酷い食事を運ぶように命令したのはどなた?」
メイドは震える手で、ひとりの侍女を指差した。
「わ、私は、私は、命令されて……いいえ、私がやりました」
侍女はすぐさま騎士に拘束され、大広間から連行される。
ゲテモノのフルコースを運ぶよう命令しただけなので、きっとすぐに解放されるだろう。
「お、驚きました。まさか侍女が、愚かな行為を働いていたなんて……」
知らなかった振りを決め込むようだ。侍女を切り捨てるとは、なんとも狡猾である。
そんな第三王女に、王妃殿下がぴしゃりと指摘した。
「侍女の監督は、れっきとした仕事ですよ。それを放棄していたあなたは、貴人として失格です」
「そ、そう、ですわね」
口元が引きつっていた。あの反応は、内心王妃殿下の発言に腹を立てているのだろう。
ここで王妃殿下に逆らうようであれば、我が国との関係が悪化する。それだけは彼女も理解しているのだろう。
第三王女は言われっぱなしで終わらせるつもりはなかった。
視線を私に向け、震える声で指摘してくる。
「そ、それにしても、酷い目に遭ったからと言って、仕返しするのはどうかと思うのですが。ごくごく普通に、私に抗議すればいいだけの話でしたのに」
「それは、たしかにそうかもしれません」
王妃殿下は私を振り返り、諭すように言った。
「行動に移すよりも先に、わたくしに相談してほしかったです。そうすれば、穏便な解決ができました」
謝罪しようとした瞬間、会話に割って入る者が現れた。
「別にいいではないか」
よく通る、ハキハキとした男性の声であった。コツコツ、という足音と共に、集まった人々が道を譲る。
突然登場したのは、正装姿のクラウスだった。
隣国に行っていたはずなのに、どうして?
「悪行を働いたものは、かならず罰が下る。神がそれを下す前に、自分でしにいくとは、悪魔大公の妻となる女性にふさわしい正義感の持ち主だろう」
クラウスは私を抱き寄せ、淡く微笑みかけた。
「あ、あの、クラウス、なぜここに?」
「夕方に戻ってきた。次の仕事に向かおうとしていたのだが、王妃殿下に引き留められてな。エルーシアも参加するから、会ってから行くように言われたのだ」
思わず、王妃殿下のほうを見る。目が合うと、片目をぱちんと瞑った。
ここでハッとなる。王妃殿下が言っていたいいお土産とは、クラウスのことだったのだ。
視線を泳がせていたら、第三王女が頬を染め、クラウスを見つめている様子に気付いてしまった。
嫌な瞬間を見てしまったものだと思う。
「騒動は解決したようなので、失礼させていただく」
クラウスはそんな言葉を残し、私と共に大広間から去った。




