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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第七章 エルーシア、社交界へ進出!?

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思いがけない邂逅

「さて、と」


 このまま用意された部屋でのうのうと過ごすわけにはいかない。荷物をまとめ、すぐさま移動する。

 向かった先は、国王陛下より賜った王城の一室。

 この場所は第三王女に用意した貴賓室よりひとつ上の、王家に名を連ねる者達しか行き来できない階であった。なんでも、ここにある部屋しか空きがなかったらしい。

 賜った当初は私が使うにはもったいないと思っていたのだが、今は第三王女の侍女やメイドが立ち入り禁止となるため、ありがたいと思う。


 鞄を運んでいたら、騎士が手を差し伸べる。


「お嬢さま、そちらの鞄を、お部屋までお持ちしましょうか?」


 聞き覚えのある声だったが、顔を上げた途端、誰だったか思い出した。


「あなた、マーヤ! ではなくて、ボルヒャルト卿!?」


 マティウス・フォン・ボルヒャルト――私が養育院に行き来するために雇った、女装メイドである。

 その真なる姿は、王族に仕える騎士だったのだ。


「ちょうど通りかかったものですから」

「そうでしたの」


 私が国王陛下から一室を賜ったという話は騎士の間で周知されており、鍵を見せずとも通してくれる。

 マティウスが部屋まで運んでくれた。


「こちらに置いていいでしょうか?」

「ええ、ありがとう」


 部屋は毎日手入れされているようで、清潔そのものだった。

 初めて足を踏み入れたのだが、かなり豪勢な部屋である。

 茶器だけでなく、茶菓子まで用意されていたのだが、毎日入れ替えているのか。

 いつでも使っていい、という国王陛下のお言葉に偽りはなかったようだ。


「ボルヒャルト卿、一緒にお茶でもいかが?」

「ご一緒したいのはやまやまですが、シュヴェールト大公に背後から刺されそうなので、止めておきます」

「そ、そうですわね」


 久しぶりに会ったのだが、元気そうでよかった。


「何か困ったことがありましたら、なんでもおっしゃってください。お嬢さまには、養育院の事件を解決してくださったご恩がありますから」

「そんな、恩だなんて、お気になさらず。わたくし、困ったことなんて――ありましたわ!」


 この際だ、人脈は余すことなく利用させてもらう。


「わたくし、第三王女殿下のコンパニオンを務めることになっているのですが、どうやらよく思われていないようで」

「それはそれは、残念なお話ですね」

「ええ、そうですの。それでさっそく嫌がらせを受けてしまい、被害を受けないよう、ここに避難してきたのです」


 もしかしたら、第三王女の侍女かメイドがここに忍び込んで、何かしてくるかもしれない。


「騎士さま方が見張っていますので、何もないとは思うのですが」

「でしたら、この部屋に騎士を付けるよう、上に申告しておきます。遅くても、明日の朝には派遣できるでしょう」

「ボルヒャルト卿、感謝します!」


 深刻な被害に遭ってからでは遅いのだ。相手はイヤコーベとジルケよりも強敵なので、先手を打っておかないといけない。


 マティウスを見送っていたら、大勢の侍女を連れた王妃殿下がやってきた。

 急いで壁際に避け、頭を下げる。


「あらあなた、エルーシア?」


 王妃殿下は立ち止まり、私の顔を覗き込んでくる。


「お久しぶりですね。元気でしたか?」

「はい、おかげさまで」


 顔をあげると、王妃殿下はにっこりと優しく微笑みかけてくれた。それだけでなく、手をぎゅっと握ってくれる。


「陛下からいろいろお話を聞きました。これまで大変でしたね」

「クラウス様が助けてくださったので」

「そう。今日はフラヴィ王女の歓迎パーティーですが、ゆっくりお話しできますか?」


 その問いかけに、ウッと言葉に詰まってしまう。

 だが、次なる瞬間には、チャンスだと思った。

 俯いていた顔をあげ、うるんだ瞳で王妃殿下を見つめる。


「どうかなさって?」

「わたくし、フラヴィ王女殿下のコンパニオンとなったのですが、今日のパーティーには参加しなくてもいいと命じられておりまして」

「まあ! 侍女だって参加するのに、どうしてそんなことを言ったのでしょう?」

「あの、それは事情があり――」


 事情というのは、兄が隣国でやらかした件である。王妃殿下の耳には当然届いているだろう。

 私が言いよどんでいると、王妃殿下はすぐに察してくれた。


「ああ、そうですわね。フラヴィ王女殿下がそう言ってしまうのも、無理はないかと」

「ええ……。ですから今晩は、大人しくしていようかと思いまして」 

「その必要はありませんわ。エルーシアはわたくしの侍女として、参加されたらいいでしょう」

「そんな、いいのですか?」

「ええ、もちろん」


 いいお土産もある、そう言い残して王妃殿下は去って行った。

 王妃殿下の侍女が残り、身なりを整えてくれるという。私の部屋へ向かおうとしていた侍女を引き留めた。


「あの、メイドをひとり手配したいのですが」


 メイドを呼び寄せ、大急ぎで準備する。パーティーの時間は迫っていたが、なんとか仕上げてくれた。


 それにしても、王妃殿下が言っていたいいお土産というのはなんなのか。おそらく、じきにわかるのだろうが。なんだか気になってしまう。

 と、物思いに耽っている場合ではない。王妃殿下の侍女と共に、第三王女の歓迎パーティーが行われる大広間へ、メイドを引き連れながらと向かった。

 すでに会場にいた王妃殿下と合流する。取り巻きのひとりとして、待機しておく。


 王妃殿下の登場よりもあとに、第三王女がやってくる。

 本来ならば、王妃殿下よりも先にいないといけないのだが……。

 でないと、王妃殿下より第三王女のほうが格上であると暗に主張してしまう。それを指摘できる教育係はいないようだ。


 第三王女は優雅な様子で、王妃殿下にお辞儀をする。さすがに、礼儀作法は粗なんてなく、完璧だった。

 皆が皆、妖精のように美しい第三王女を前に、ため息を吐いている。彼女は一瞬で、参加者達を魅了してしまった。


「王妃殿下におかれましては――あら?」

「フラヴィ王女殿下、どうかなさって?」

「いえ、わたくしのコンパニオンが、ここにいたものですから。ねえあなた、何をしているの?」


 第三王女は私を睨み、こちらへ来るよう手招きをした。


「あなた、具合が悪いと聞いていたので、参加しないと聞いていたのだけれど」


 来るなと言ったのは第三王女である。私が支離滅裂しりめつれつな行動をした者だと言いたいのだろうか。


「いったい誰の許可を得て、ここにいるのかしら?」

「わたくしです」


 第三王女の問いかけに、王妃殿下がぴしゃりと言葉を返す。

 場の空気が一瞬にして凍り付いた。

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