第三王女の歓迎
第三王女はゆるやかに波打ったストロベリーブロンドに、陶器のような美しい肌を持つ、妖精みたいな美少女であった。
「初めまして、私はフラヴィ・メイサイユ・ド・ドルイユって言うの。みんな、よろしくね」
宗教画のような、天使を思わせる微笑みを私達に向けてくれた。
純粋という言葉を擬人化したような人物だ、というのが第一印象である。
「お友達をたくさん用意してくれて、とても嬉しいわ。でも、こんなにたくさんはいらないから――」
第三王女は笑みを絶やさないまま、こちらへ接近してくる。
なぜか私の前でピタリと止まり、指をさした。
「あなた、ひとりだけで結構よ。あとは下がってちょうだい」
皆、想定外の事態だったのだろう。理解が追いつかず、呆然としている。
第三王女が視線を送ると、他のご令嬢はハッとなり、部屋から出て行った。
マグリットは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。置いて行かないで……と強く思ってしまったが、叶うはずがない。
「あなた、名前はなんて言うの?」
「わたくしは、エルーシア・フォン・リンデンベルク、と申します」
「リンデンベルク! リンデンベルクって、シルト大公家の?」
「はい」
第三王女は背後にいた侍女や護衛の騎士を振り返り、くすくすと笑い始める。
「あら嫌だ。リンデンベルクって、アンヌお姉様と関係を持ち、牢屋送りになったバーゲン・フォン・リンデンベルクと家族ってこと?」
私は深々と下げ、現在世間に知れ渡っている情報のみを口にした。
「お兄さまは現在、隣国で行方不明になっている、という報告しか聞いておらず……」
「まあまあ。そうなの。お可哀想に。詳しいお話を聞かせてあげるわ」
第三王女は私の手を取ると、ぐいぐいと長椅子があるほうへ誘う。
「い、痛っ……」
「何か?」
「いいえ、なんでも」
あろうことか、第三王女は私の手を力いっぱい握ってくれたのだ。おかげで、くっきりと手の痕が付いている。
「どうぞ、こちらに」
第三王女は隣をぽんぽん叩いていたが、通常は向かい合った席に座るのが礼儀である。これは試されているのか、と思いつつも、言われたとおりゆっくり腰かけた。
「けほ! けほ! けほ!」
私が座った瞬間、いきなり咳き込む。侍女が走ってきて、第三王女の背中を摩り始めた。体が弱いという話は聞いていなかったのだが――。
「あの、どうかなさったのですか?」
声をかけると、侍女が私をキッと睨む。
「あなた、もしかして化粧をされているのですか?」
「え? はい」
「馬鹿な!! 王女殿下は、化粧品を吸い込むと咳が止まらなくなるのですよ!!」
「そ、そんな」
事前に届いていた第三王女についての情報に、そのような記載はなかった。
そこには第三王女の好まない話題や生活習慣について、好む食事、嫌いな食事など、多くの情報が書かれていた。コンパニオンに選ばれた女性達は、それを暗記した状態でやってきていたのだ。
まさか、病気について書かれていなかったなんて。
もうひとりの侍女は私のもとにやってきて、教育用の鞭で肩を叩き始める。
「お前が至らないばかりに、王女殿下が苦しんでいる! 同じ苦しみを、味わえ!」
バチン、バチンと鞭が鋭く叩きつけられる。
こんなの理不尽だ――と思う一方で、醜聞を流した兄を持つ私を、第三王女は酷く毛嫌いしているのかもしれない、と思ってしまった。
「も、申し訳、ありません……」
マグリットと選んだドレスは、鞭によって裂けてしまった。繊細な絹のドレスが、鞭による攻撃に耐えられるわけがないのだ。
「どうか、お許しください……」
第三王女は部屋から連れ出され、私は気を失うふりをするまで鞭で叩かれてしまった。
◇◇◇
肩は真っ赤に腫れていた。顔や手でなく、見えない部位を攻撃するところがなんとも嫌らしい。
あのまま意識を保っていたら、まだ痛い目に遭っていただろう。
イヤコーベとジルケに対抗するために身に着けた演技力が、ここで活かされるとは思いもしなかった。
それにしても、第三王女は油断ならない人物だ。イヤコーベやジルケと違い、自分の手を汚さない点も、ずる賢いとしか言いようがない。
コンパニオンの中に私がいると聞いて、仕返ししようと計画を立てたのだろうか?
罪は本人だけのものなのに、本当に勘弁してほしい。
どうしてこうなったのか、と深い深いため息をついてしまった。
第三王女の滞在は一ヶ月間。その間、王城に部屋が用意され、家に帰ることは許されていない。呼び出しがあれば、すぐに駆けつけないといけないのだ。
もう少しだけ休んでおこうと思っていたのに、第三王女の侍女が勝手に私の部屋へやってきた。
先ほど鞭打ちした侍女とは別の女性だったが、袖がないネグリジェ姿で傷跡がある私を見ても眉ひとつ動かさない。
「今晩は王女殿下の歓迎パーティーですが、あなたは待機していてほしい、とのことです」
「わかりました」
呼び出されて嫌がらせのひとつでも受けるのかと思っていたが、放っておいてくれるらしい。逆にありがたかった。
「ついでに、夕食も運んできました」
メイドが手押し車に載せた食事を運んできてくれる。
食べるのには少し早いが、まあいいだろう。
ご丁寧にも、侍女が銀色の蓋を開いてくれる。出てきた料理は――鼠の死体だった。
私よりもメイドのほうが驚いて「ヒッ!」と小さな悲鳴をあげていた。
こんなわかりやすい嫌がらせをするなんて……。呆れたの一言である。
「たっぷり味わっていただけたらと思います」
「ええ、ありがとう」
にっこり微笑みかけると、侍女の口元がひくっと歪んだ。
私が怖がったり、悲鳴をあげたりする様子を見たかったのだろう。思い通りに振る舞うわけがなかった。
「肩の傷が痛みますので、下がってくださる?」
侍女は舌打ちし、部屋から出て行った。メイドもあとに続く。
「さて――と」
鼠の死体は前菜なのか。他に、蓋が被された料理は三品ある。
ふた品目は、とぐろを巻いた蛇。生きていたので、慌てて蓋を被せる。
毒ヘビではないようだったが、さすがの私も生きたヘビはびっくりする。
メインは虫のソテー、デザートはカエルの卵だった。
とんでもないフルコースを用意してくれたものだ。許せるものではない。
すぐさまドレスを取り出し、立ち上がる。肩はズキズキと痛んでいたが、やられっぱなしでは気が済まない。
必要ないだろうと思っていた〝一式〟と、真っ赤なドレスを纏い、深紅のルージュを塗る。
手押し車と共に、第三王女の侍女が待機する部屋を目指した。
コンコン、と叩くと、先ほど私を鞭打ちした侍女が顔を覗かせる。
「ごきげんよう」
「な、何用だ!?」
「皆様に差し入れを、と思いまして」
「差し入れ?」
扉は少ししか開いていなかったものの、手押し車を押してぐいぐいと強引に中へ入った。
部屋には先ほど私に食事を運んできたメイドや、今夜の予定を知らせてくれた侍女がいた。私の登場にぎょっとし、問い詰める。
「あ、あなた、何をしにきたの?」
「先ほど王女殿下の侍女から、すばらしい夕食をいただいたものですから、皆様にお分けしようと思いまして」
私の言葉に興味を示した侍女のひとりが、こちらへやってくる。
「どんなごちそうが出たの?」
そう言いつつ、ヘビが入っている銀の蓋を掴み、一気に開いた。
「ま、待って!」
食事を運んだメイドが叫ぶが、もう遅い。
蓋が開いた瞬間、ヘビが勢いよく侍女のほうへ飛び出してきた。
「きゃ~~~~!!」
侍女は手押し車にぶつかり、料理の数々を床にぶちまける。
鼠の死体や虫のソテー、カエルの卵が散乱する。
「や、やだ!!」
「ひいいいい!!」
悪魔の宴のような、悲惨な状況が広がっていた。
「あ、あんた!!」
鞭打ちした侍女が、すさまじい形相で迫ってくる。手には鞭が握られていた。
「こんな嫌がらせをして、絶対に許さない!!」
鞭を握った手を大きく振り上げ、私に向かって振り下ろした。
しかしながら、私にダメージを与えるような衝撃はない。それどころか、逆に侍女が手首を押さえ、痛がり始める。
「あ、あんた、その肩はいったい!?」
屈強な肩の正体は、夫が私に贈ってくれたドレスの下からでも着こなせる板金鎧であった。
鞭程度の攻撃であれば、完全に防いでくれるようだ。
もちろん、問いかけになんて答えるわけがない。
私はにっこりと微笑みかけながら、「それではみなさんさようなら」と言葉を残し、踵を返す。
もうどうにでもなれ、と思いながら去ったのだった。




