騒動の後始末
事件から一ヶ月が経ち、イヤコーベとジルケの悪行が世間に公表された。
新聞社は競うようにして母娘が各地で巻き起こした騒ぎについて報じているようだ。発行された新聞や雑誌は飛ぶように売れているようで、瞬く間に時の人となってしまった。
他人からの注目を集めるのが大好きな親子だったが、こういうネタで注目されたくはないだろう。
私が暮らすコルヴィッツ侯爵邸にも大勢の記者が詰めかけているようだが、すべて元傭兵の使用人達が追い払ってくれた。なんとも頼りになる人達だ。
イヤコーベとジルケは借金を返すまで刑務所から出ることはできないらしい。一生働いても返しきれないほどの金額を使い込んでいたので、生きている間に返済するのは難しいだろう。
結局、私の手元には、イヤコーベとジルケが荒らした屋敷の所有権のみ戻ってきたというわけだった。
ただ、それだけでは気の毒に思われたのか、国王陛下より見舞金と王城の一室を自由に使っていいという許可証と鍵が届く。
見舞金は思っていたよりもたくさんあったため、しばらくお金に困ることもなさそうだ。
王城の一室は夜会があったときの休憩所として使おう。
ただ、屋敷はどうしようか、という悩みの種ができてしまう。
シルト大公邸は王都の中でも比較的閑静な場所にあり、ゆっくり過ごすのには最適な場所にある。
ただ、屋敷の周辺と庭は生ゴミがばら撒かれ、悪臭が酷い。屋敷の中も荒らされていて、目も当てられない状況だった。
こういう状態の屋敷を貰っても……と思ったものの、思いがけない要望が届いた。
それは、シルト大公家に嫌がらせをしていた人達からで、屋敷の周辺と庭を清掃したい、という申し出だったのだ。
なんでも貸したお金が国王陛下が立て替えてくれたおかげで全額戻ってきたらしい。
さらに屋敷の所有権が私に移ったと聞いて、申し訳なく思ったようだ。
無償で働いてもらうなんてとんでもない。見舞金の中から給料を出すことに決めた。
彼らはたった二ヶ月で、荒れ果てていたシルト大公邸をきれいにしてくれる。庭の草木はほとんど枯れていたのですべて撤去し、塀も劣化していたため、取り払って新しく建てた。
すっかりきれいになったシルト大公邸は、新しい養育院にすることに決める。
以前あった養育院は閉鎖され、子ども達は病院にいたのだが、そろそろ退院すると聞いていたので提案したのだ。
養育院の経営はコルヴィッツ侯爵夫人の、信頼がおける知り合いに任せた。
とんとん拍子に進み、来週には子ども達がやってくるという。
子ども達がお腹いっぱい食事を食べ、元気いっぱい遊べるような場所になればいいな、と思っている。
◇◇◇
あっという間に月日は流れ、父の死から一年が経った。
喪が明けてすぐに結婚するのもどうか、とクラウスは思っているようで、婚約期間はもう少しだけ延びそう。
私のもとには夜会やお茶会の招待状が届き、どうしたものかと困っている。
コルヴィッツ侯爵夫人は無理して出ることはない、と言ってくれたけれど、未来のシュヴェールト大公夫人になる以上、社交は避けて通れないだろう。
最初から夜会に参加するのは気が重い。まずはお茶会から参加しようか。
ここ二年ほど、まともにお茶会に行っていないのだが、果たして大丈夫なのか。
ひとまず、かつて仲がよかった伯爵令嬢マグリット・フォン・ヴェルトミラーの誘いを受けることにした。
一応、クラウスには報告しておく。
「というわけで、お茶会に参加することになりましたの」
「社交はせずともよいのに」
「そういうわけにもいかないのですよ」
「しかし、危険ではないのか?」
「護衛もいるのですから、心配には及びません」
例の事件以来、私に護衛が付くようになった。代わる代わる私を守ってくれる。
コルヴィッツ侯爵夫人に仕える元傭兵の侍女もいるので、ちょっとやそっとの襲撃を受けても返り討ちにできるだろう。
クラウスはなんというか、以前よりもずっと過保護になっていた。
出会ったときの淡々とした様子は、今では懐かしいと思うくらいだ。
「アルウィンも連れていけ」
「大きな猫ちゃんを連れて行ったら、他のご令嬢が驚きますわ」
「ただの可愛い猫なんだろう?」
「わたくしとクラウス様にとっては、ですわ」
コルヴィッツ侯爵夫人も最初は、アルウィンの大きさに驚いていた。今では仲良しだが、出会った当初は距離があったように思える。
「わたくしは心配いりませんので、どうか任務にご集中ください」
クラウスは返事の代わりに、盛大なため息を吐いた。
彼はこれから、隣国で兄の近況について探ってくるように命じられたらしい。
「もしも会えたら、何か伝えることはあるか?」
「特に何も――いいえ、しっかり反省なさってくださいませ、とお伝えください」
「わかった」
国王陛下は兄を助けるつもりはないものの、必要以上に酷い扱いを受けていないか心配しているという。わざわざクラウスを派遣し、確かめるよう命じてくれたのだ。
「クラウス様、どうかお気を付けて」
ここ最近、頑張って刺繍したハンカチを手渡す。端にアルウィンの絵を刺したのだ。
「よくできているな。店に売っている品のようだ」
「ブランドでも作って商売しましょうか?」
「いいかもしれない」
クラウスは柔らかく微笑むと、私の額にキスをする。
こういう不意打ちのキスは、何回されても慣れない。彼は淡泊な人だと思っていたのだが、意外とわかりやすい愛情を示してくれる。
「私からも、エルーシアに贈り物を用意していた」
彼の寝室から持ち出されたのは、リボンがかけられた大きな箱だった。
「あら、ドレスですの?」
「いいや、板金鎧だ」
リボンを解くと、細身の板金鎧が出てきた。これは私のために、オーダーメイドした物らしい。
白く塗装し、百合の彫刻が刻まれた美しい鎧である。私を思って作ってくれたのだろう。
「エルーシアの身を守るために、ドレスの下にも着られるよう、薄い板を使って作ってもらった」
「は、はあ」
ドレスの下に板金鎧を装着するとは、とんでもない事態である。
これを遣うような機会は、永遠に訪れないでほしいと思ってしまった。
「気に入ったか?」
「見た目は」
「見た目だけか?」
「きちんと着こなせるか、自信がなくて」
「着方は侍女に伝授しておこう」
クラウスは私の手元に板金鎧を残し、隣国へ旅立っていったのだった。




