がさ入れ
「案内してください。やましいことがなければ、隅々調べても問題ありませんよね?」
クラウスは「わかりました」と言い、ヨアヒムと騎士を私達の部屋へ導く。
これも、ウベルの作戦だったのか。まさか彼以外に客人がくるなんて、想像もしていなかった。
一歩、一歩と進んでいるうちに、不安が募っていく。
「ここが、俺達の部屋です」
「そうですか。では、調べさせていただきますね!」
ヨアヒムは嬉々として、部屋を探り始める。
整理箪笥を開き、替えのワンピースを手に取っては、無造作に投げる。騎士は鞄を開いて、乱暴に探っていた。
きれいに掃除し整えた部屋は、あっという間に泥棒が入ったかのように荒らされてしまう。
「ふむ、ないですねえ」
「寝台の下に何かあるようだが」
「おやおや!!」
事前に打ち合わせをしていたのか、演技がかったやりとりをし始めた。
ヨアヒムは姿勢を低くし、寝台の下に隠されていたものを手に取る。
布に包まれたそれを、ヨアヒムは舌なめずりしながら開いていった。
「ぎゃあ!! な、なんだこれは!!」
出てきたのは、巨大鼠の死体であった。
ヨアヒムは不潔だ! と叫んでのたうち回っている。
あれはいったい……?
「こ、こんな不衛生な鼠を隠し持っていたなんて! おい、この夫婦を拘束しろ!」
「いや、鼠の死体所持で拘束はできない」
「罪だろうが!」
「罪ではない」
騎士は呆れた表情を浮かべつつ、今日のところは帰ろうと声をかけた。
「いや、しかし、手ぶらで帰るわけにはいかな――」
ドンドンドン! と玄関を激しく鳴らす音が聞こえた。
いったい何事なのか。
扉を開くまでもなく、騎士達がぞくぞくと押しかけてきた。
「イヤコーベ・フォン・リンデンベルク及び、ジルケ・フォン・リンデンベルクはいるか!?」
クラウスと共に顔を出し、いったいどうしたのかと訪ねる。
「ここに記された二名に、逮捕状が出ている。詐欺罪と暴行罪だ!」
父の名を騙り、借金を作った罪が今裁かれるようだ。もうひとつの暴行罪というのは、いったいなんなのか?
「あの、暴行罪、というのは?」
「シルト大公の娘、エルーシア様に暴行を命じていた、という証言が集まった」
クラウスが私の肩をぽん、と叩く。彼の顔を見上げると、こくりと頷いていた。
どうやら、私が知らないうちに調査を重ねていたらしい。
「奥様とお嬢様でしたら、食堂でお酒を飲み、眠ってしまったようです」
クラウスがそう説明すると、隊長らしき騎士の命令で食堂へ向かう。
目を覚ましていたイヤコーベとジルケは、突然の拘束に抵抗していた。
「な、何をするんだい! あたしが何をしたって言うんだ!」
「そうだ! そうだ! 母さんはともかく、あたしはなんにもしていないよ!」
「ジルケ! あんたって子は、本当に性格が悪い娘だね!」
「母さんには負けるよ! 騎士さま、母さんはシルト大公の名を騙って、たくさんの金を借りていたんだ! 返すつもりはこれっぽっちもなかったんだよ!」
お返しだとばかりに、イヤコーベも証言する。
「騎士さま! 実は、夫を殺したのは、ジルケなんだ!」
「は!? 母さん、何を言っているんだ! あたしは殺しなんてしていないよ! シルト大公は発作で亡くなったって、医者の先生も言っていただろうが!」
「いいや、違うんだ。この性悪娘が、灰皿で殴って殺したんだよ!」
こういう状況になっても、イヤコーベとジルケはお互いに罪をなすりつけ合っていた。
騎士達は誰の言葉が真実なのか、理解しがたいという表情を浮かべている。
ここで、アルウィンがやってくる。布に包んだ物を口に銜えていた。手を差し出して受け取ると、ずっしりと重たい。
「これは――!」
布を開くと、出てきたのは血がこびりついたガラスの灰皿である。
すかさず、私は騎士に報告した。
「あの、これを、ジルケお嬢様に隠しておくよう、命じられていたんです!」
血が付着した灰皿を見た騎士達は、ギョッとしていた。
「ジルケお嬢様はこれで、シルト大公を殴って殺したんです――!」
「あ、あんた、いい加減なことを言うんじゃないよ!」
イヤコーベの証言と、証拠となる灰皿が揃ってしまった。ジルケは言い逃れなんてできないだろう。
「連行しろ!!」
「ちょっ、夫を殺したのは娘で、あたしじゃないよ」
「お前は詐欺罪と暴行罪の疑いがかかっているんだ。大人しくついてこい!」
「乱暴に触るんじゃないよ! あたしはシルト大公夫人なんだから!」
ジルケは手をしっかり縄で結ばれた状態で連行される。
「あたしはしていない!! 悪いのはエルーシアなんだ!! あいつが、シルト大公を殺したんだよ!! あたしは、罪をなすりつけられたんだ!!」
ぎゃあぎゃあと叫び、抵抗するが騎士に力で叶うわけがない。最終的に麻袋に入れられ、蓑虫のような状態で連行されていた。
凶器の灰皿は騎士隊で預かるらしい。彼らは敬礼し、帰っていった。
ウベルはこそこそと逃げようとしていたようだが、隊長格の騎士に肩をポンと叩かれる。
「貴殿にはこの母娘について聞きたい話がある。一緒に同行いただいてもいいだろうか?」
「……はい」
ウベルまでも、騎士隊達が連れていってくれた。
屋敷の中はあっという間に静けさを取り戻す。
「あら、ヨアヒムと騎士は?」
「騒ぎに乗じて帰ったようだ」
「そうだったの」
それはそうと、しゃがみ込んでアルウィンをなで回す。
「アルウィン、お手柄だわ!」
「にゃ~~!」
おそらく私達の部屋に凶器を仕込んだとき、アルウィンは部屋にいたのだろう。
人見知りをする猫なので、息をひそめていたに違いない。
「アルウィンには、部屋に勝手に持ち込まれたものを拾って持ってくるよう、躾けておいた」
「そうだったのね。賢い子だとは思っていたけれど」
ちなみに、寝台の下にあった巨大な鼠の死体は偽物らしい。アルウィンの玩具として持ってきていたようだが、お気に召さなかったようで見えない場所に隠していたようだ。
「それにしても筆跡鑑定の結果が出てから駆けつけるまで、早かったわね」
「ああ。迅速に解決するよう、陛下から命令があったからな」
ひやひやするような瞬間ばかりだったが、無事、イヤコーベとジルケは拘束された。
あとはこの国の法律が、彼女達を裁いてくれるだろう。
「ひとまず安心――と言いたいところだが、ウベルとヨアヒムの繋がりと動きが気になるな」
「ええ」
警戒するに越したことはないだろう。
これ以上、面倒な事態に巻き込まないでほしい、と心から願ってしまった。




