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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第六章 父の死の謎を追って

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がさ入れ

「案内してください。やましいことがなければ、隅々調べても問題ありませんよね?」


 クラウスは「わかりました」と言い、ヨアヒムと騎士を私達の部屋へ導く。

 これも、ウベルの作戦だったのか。まさか彼以外に客人がくるなんて、想像もしていなかった。

 一歩、一歩と進んでいるうちに、不安が募っていく。

 

「ここが、俺達の部屋です」

「そうですか。では、調べさせていただきますね!」


 ヨアヒムは嬉々として、部屋を探り始める。

 整理箪笥チェストを開き、替えのワンピースを手に取っては、無造作に投げる。騎士は鞄を開いて、乱暴に探っていた。

 きれいに掃除し整えた部屋は、あっという間に泥棒が入ったかのように荒らされてしまう。


「ふむ、ないですねえ」

「寝台の下に何かあるようだが」

「おやおや!!」


 事前に打ち合わせをしていたのか、演技がかったやりとりをし始めた。

 ヨアヒムは姿勢を低くし、寝台の下に隠されていたものを手に取る。

 布に包まれたそれを、ヨアヒムは舌なめずりしながら開いていった。


「ぎゃあ!! な、なんだこれは!!」


 出てきたのは、巨大鼠の死体であった。

 ヨアヒムは不潔だ! と叫んでのたうち回っている。

 あれはいったい……?


「こ、こんな不衛生な鼠を隠し持っていたなんて! おい、この夫婦を拘束しろ!」

「いや、鼠の死体所持で拘束はできない」

「罪だろうが!」

「罪ではない」


 騎士は呆れた表情を浮かべつつ、今日のところは帰ろうと声をかけた。


「いや、しかし、手ぶらで帰るわけにはいかな――」


 ドンドンドン! と玄関を激しく鳴らす音が聞こえた。

 いったい何事なのか。

 扉を開くまでもなく、騎士達がぞくぞくと押しかけてきた。


「イヤコーベ・フォン・リンデンベルク及び、ジルケ・フォン・リンデンベルクはいるか!?」


 クラウスと共に顔を出し、いったいどうしたのかと訪ねる。


「ここに記された二名に、逮捕状が出ている。詐欺罪と暴行罪だ!」


 父の名を騙り、借金を作った罪が今裁かれるようだ。もうひとつの暴行罪というのは、いったいなんなのか?


「あの、暴行罪、というのは?」

「シルト大公の娘、エルーシア様に暴行を命じていた、という証言が集まった」


 クラウスが私の肩をぽん、と叩く。彼の顔を見上げると、こくりと頷いていた。

 どうやら、私が知らないうちに調査を重ねていたらしい。


「奥様とお嬢様でしたら、食堂でお酒を飲み、眠ってしまったようです」


 クラウスがそう説明すると、隊長らしき騎士の命令で食堂へ向かう。

 目を覚ましていたイヤコーベとジルケは、突然の拘束に抵抗していた。


「な、何をするんだい! あたしが何をしたって言うんだ!」

「そうだ! そうだ! 母さんはともかく、あたしはなんにもしていないよ!」

「ジルケ! あんたって子は、本当に性格が悪い娘だね!」

「母さんには負けるよ! 騎士さま、母さんはシルト大公の名を騙って、たくさんの金を借りていたんだ! 返すつもりはこれっぽっちもなかったんだよ!」


 お返しだとばかりに、イヤコーベも証言する。


「騎士さま! 実は、夫を殺したのは、ジルケなんだ!」

「は!? 母さん、何を言っているんだ! あたしは殺しなんてしていないよ! シルト大公は発作で亡くなったって、医者の先生も言っていただろうが!」

「いいや、違うんだ。この性悪娘が、灰皿で殴って殺したんだよ!」


 こういう状況になっても、イヤコーベとジルケはお互いに罪をなすりつけ合っていた。

 騎士達は誰の言葉が真実なのか、理解しがたいという表情を浮かべている。


 ここで、アルウィンがやってくる。布に包んだ物を口に銜えていた。手を差し出して受け取ると、ずっしりと重たい。


「これは――!」


 布を開くと、出てきたのは血がこびりついたガラスの灰皿である。

 すかさず、私は騎士に報告した。


「あの、これを、ジルケお嬢様に隠しておくよう、命じられていたんです!」


 血が付着した灰皿を見た騎士達は、ギョッとしていた。


「ジルケお嬢様はこれで、シルト大公を殴って殺したんです――!」

「あ、あんた、いい加減なことを言うんじゃないよ!」

 

 イヤコーベの証言と、証拠となる灰皿が揃ってしまった。ジルケは言い逃れなんてできないだろう。


「連行しろ!!」

「ちょっ、夫を殺したのは娘で、あたしじゃないよ」

「お前は詐欺罪と暴行罪の疑いがかかっているんだ。大人しくついてこい!」

「乱暴に触るんじゃないよ! あたしはシルト大公夫人なんだから!」


 ジルケは手をしっかり縄で結ばれた状態で連行される。


「あたしはしていない!! 悪いのはエルーシアなんだ!! あいつが、シルト大公を殺したんだよ!! あたしは、罪をなすりつけられたんだ!!」


 ぎゃあぎゃあと叫び、抵抗するが騎士に力で叶うわけがない。最終的に麻袋に入れられ、蓑虫のような状態で連行されていた。


 凶器の灰皿は騎士隊で預かるらしい。彼らは敬礼し、帰っていった。

 ウベルはこそこそと逃げようとしていたようだが、隊長格の騎士に肩をポンと叩かれる。


「貴殿にはこの母娘について聞きたい話がある。一緒に同行いただいてもいいだろうか?」

「……はい」


 ウベルまでも、騎士隊達が連れていってくれた。

 屋敷の中はあっという間に静けさを取り戻す。


「あら、ヨアヒムと騎士は?」

「騒ぎに乗じて帰ったようだ」

「そうだったの」


 それはそうと、しゃがみ込んでアルウィンをなで回す。


「アルウィン、お手柄だわ!」

「にゃ~~!」


 おそらく私達の部屋に凶器を仕込んだとき、アルウィンは部屋にいたのだろう。

 人見知りをする猫なので、息をひそめていたに違いない。

 

「アルウィンには、部屋に勝手に持ち込まれたものを拾って持ってくるよう、躾けておいた」

「そうだったのね。賢い子だとは思っていたけれど」


 ちなみに、寝台の下にあった巨大な鼠の死体は偽物らしい。アルウィンの玩具として持ってきていたようだが、お気に召さなかったようで見えない場所に隠していたようだ。


「それにしても筆跡鑑定の結果が出てから駆けつけるまで、早かったわね」

「ああ。迅速に解決するよう、陛下から命令があったからな」


 ひやひやするような瞬間ばかりだったが、無事、イヤコーベとジルケは拘束された。

 あとはこの国の法律が、彼女達を裁いてくれるだろう。


「ひとまず安心――と言いたいところだが、ウベルとヨアヒムの繋がりと動きが気になるな」

「ええ」


 警戒するに越したことはないだろう。

 これ以上、面倒な事態に巻き込まないでほしい、と心から願ってしまった。 

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