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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第六章 父の死の謎を追って

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シルト大公家の客人

 クラウスと分担しつつ洗濯を行い、清掃をしつつ何か証拠がないか目を光らせる。

 今日は父の執務室や寝室、私室などを調べたのだが、家具などはすべて持ち出されていた。当然、証拠らしい証拠なんて見つかるわけがない。

 そんな中で、屋根裏に入ったクラウスが紙の束を持ち帰ってきた。それは、父の署名が書かれた借用書の写しであった。


「これは、お父さまの文字ではないわ」

「母娘のどちらかが書いたものなのだろう」


 全部で三十枚以上はあるのか。これだけでも、かなりの金額である。


「おそらくこれは一部なのだろうな」


 屋根裏部屋に隠したあと、忘れていたのだろう。


「騎士隊は屋根裏を調査しなかったのかしら?」

「調べたのだろうが、わかりにくい梁の上に置いてあった。気付かなかったのだろう」


 さらに、屋根裏部屋は鼠とコウモリ、害虫などの棲み家となっており、長時間調べられるような環境ではなかったようだ。

 彼が持ってきたのは借用書の写しだけではない。クラウスはイヤコーベが書いたと思われる、お茶会の招待状を入手してきた。

 それらは暖炉の煙突に張り付いて、燃えていなかったものだという。


「借用書の写しの筆跡と、招待状にある文字の筆跡はそっくりだ。専門家に調べてもらったら、同一人物によるものかわかるだろう」


 はっきりしたら、借金は父がしたものでなく、イヤコーベがしたものだと判明するだろう。

 今日、クラウスの部下がやってくるというので、鑑定を依頼するようだ。

 それ以外の、写しがない借用書も国王の名のもとに回収し、支払いを立て替えたあと、筆跡を確認するという。

 借りたのが父でないとわかり次第、イヤコーベに対して支払い義務が発生するという。払う気がなければ騎士隊に拘束され、彼女を牢獄送りにできるはずだ。


「書かれている文字は、娘のものもあるだろう」


 ミミズが這ったような文字なので、判別がつかない。

 ジルケは筆跡がわかる物は残していないようで、どうやって入手するか考えているという。


「だったら、ジルケ宛てに荷物を送るのはどう?」

「ああ、なるほど」


 署名欄には、〝シルト大公の娘ジルケ〟と書くはずである。


「ただ、送り主はどうしましょう?」

「適当に、〝あなたに想いを寄せる騎士より〟とでも書いたらどうだろうか?」

「いい考えだわ」


 ちょうど、家から持ち込んでいた化粧クリームがあった。これを適当に包んで、荷物みたいにすればいい。

 さっそく工作する。化粧クリームは絹の布で包んで、アルウィンの玩具にしようと思っていたサテンリボンで結ぶ。それを封筒に入れ、しっかり紐で縛った。

 住所を書き、シルト大公家のジルケさま、と宛名を書いておく。

 配達人が持ち歩く受け取り証明書は手書きである。記憶を頼りに作成したが、それらしく仕上がった。

 すぐにジルケのもとへ運ぶ。


「あの、ジルケお嬢さま?」

「なんだい?」


 扉を開くと、寝台に寝そべりながら大衆紙を読むジルケの姿があった。ビスケットを食べていたようで、欠片がシーツの上に散っている。

 朝、丁寧に変えたシーツが、夜を迎えないうちに汚れていたのだ。

 呆れつつ、荷物について報告する。


「これが届いたのですが」

「んん?」


 身を乗り出して、誰から届いたものか確認する。


「シルト大公家のジルケさまへ……、あなたに想いを寄せる騎士より、ですって!?」


 ジルケは私から荷物を奪い取ると、乱暴に封筒を破く。リボンを引き、中にあった化粧クリームを見てハッとなった。

 

「これ、百貨店のカタログにあった、人気の化粧クリームじゃないか! もう入手できないって書いてあったのに」


 これはコルヴィッツ侯爵夫人が私に分けてくれたものである。五つほど貰ったのでひとつくらいいいか、と思ってたのだが、稀少な品だとは知らなかった。


「これを、どこの誰が贈ってくれたんだ?」

「さあ、わかりません」


 ジルケは自分で破った封筒をつなぎ合わせ、文字を指でなぞるようにしながら読み上げる。


「あなたに想いを寄せる騎士って、いったい誰なんだよ!」


 ジルケの頬は紅潮し、恋する乙女そのものの表情を浮かべている。

 なんだか可哀想になったが、同情なんて必要ない。これまで私は、彼女から酷い目に遭わされたのだから。このくらいの仕返しは可愛いものだろう。


「あの、それで、これに署名してもらえますか?」


 ジルケは面倒くさそうにペンを取り、サラサラと署名する。

 彼女の文字は、イヤコーベの筆跡によく似ていた。


「では――」


 失礼しようと思っていたのに、「ちょっと待ちな!」と引き留められる。


「今晩のごちそうは、しっかり用意したんだろうね」

「もちろん」

「あたし達に恥をかかせたら、絶対に許せないからね」


 頭を深々と下げ、部屋から出る。

 廊下で待っていたクラウスに、ジルケの筆跡が残った紙を手渡した。


「これでいい?」

「十分だ」


 屋根裏部屋に隠された借用書の写しとイヤコーベとジルケの筆跡記録は、鉄騎隊の隊員に託された。

 彼女達の悪事がおおやけになりますように、と祈りを込めつつ、鉄騎隊の隊員を見送った。


 夕方、頼んでいた料理が次々と運ばれる。

 前菜は秋野菜のマリネ、鴨のテリーヌに、鱒の燻製、スープはニンジンのポタージュ。

 メインの肉料理は鹿の窯焼きロティ。口直しのゼリーのあと、白身魚の皮目焼きポアレ。五種類のパンと、ムースとケーキ、チョコレートのデザートの三点盛りである。どれもおいしそうだ。

 食事の代金はクラウスの負担である。念のためにシルト大公家の名で後払いができるか聞いてみたものの、お断りされてしまった。今回、注文を受けてくれたのも、クラウスの名前だったからだと言っていた。イヤコーベとジルケの信用はゼロだというわけだ。


 そろそろ客がやってくる時間帯か。玄関で待機しようと思っていたら、イヤコーベが慌てた様子で食堂に向かっていた。


「何をボケッとしているんだい! もう、客は来ているよ!」


 なんでも、ジルケが招き入れていたらしい。

 クラウスはワインを、私は手押し車に前菜を並べて運ぶ。

 食堂にいた客は――驚くべき人物だった。


「ああ、この家もようやく使用人を入れたのか」


 この滑舌が悪い、くぐもった声は聞き覚えがありすぎた。

 ウベル・フォン・ヒンターマイヤー!

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