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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第六章 父の死の謎を追って

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クラウスのパンケーキ

 翌日――日の出前に起床し、クラウスと共に厨房の大掃除を行った。

 全体的に油まみれで心が折れそうになったが、クラウスと一緒だったので頑張れた。

 イヤコーベとジルケの朝食は、昨日のスープをアレンジしたものに固茹で卵、ソーセージと温野菜サラダに買ったパンを用意する。

 今日も食事に文句を言いつつ、完食していた。


「朝からしみったれた料理を用意するなんて、育ちが悪いんだろうねえ」


 ぶつくさとぼやくイヤコーベに、この際だと思って物申す。


「あ、あの、厨房には食材がなくて、このようなお品しか用意できなかったのですが」

「なかったら買いに行けばいいんだよ! それがあんたの仕事じゃないか」

「で、では、その、食費をいただけますか?」


 お金さえ渡してもらえば、朝からビフテキでもなんでも用意する。しかしながら、イヤコーベは呆れた様子で言葉を返した。


「あんた、貴族の家はもれなくツケ払いなんだよ。金なんか渡すものか!」

「しかし、昨日、店に行ったら、その、ツケ払いとやらはできないと言われてしまい」

「そんなわけあるか! 店の人が知らないだけなんだよ! 怠けていないで、はっきり説明おし!」


 もしや、商店街で出入り禁止になっているのを知らないというのだろうか。信じられない気持ちになる。

 一刻も早くここから下がりたいと思っていたのだが、イヤコーベが思いがけないことを命じてきた。


「今晩、お客さんがくるから、食事は豪勢にしな」

「お客様は何名でいらっしゃるのですか?」

「ひとりだよ」


 嫌われ者の母娘のもとに、いったい誰がやってくるというのか。結婚前の知人か、それとも悪事を企むお仲間なのか。


「いったいどなたがいらっしゃるのですか?」

「それはあんたが気にすることじゃないんだよ!」

「そうだ、そうだ。生意気なメイドだね!」


 たぶん、彼女らは好奇心で聞いていると勘違いしたのだろう。訪問してくる客を出迎えるのは、使用人である私達だ。相手が誰か把握していないと、招き入れられないのだが……。

 間違って借金取りを家に入れたらどうなるのか。それはそれで見物みものなような気がする。イヤコーベやジルケと、借金取りの戦いは迫力満点だろうから。

 指摘してもいいのだが、機嫌を悪くしそうだ。クラウスも同じことを思ったようで、大丈夫だと目で訴えているように見えた。


「ああ、そうそう。あんた達の仕着せを用意したんだ。今日からそれを着な」


 食堂の椅子に真っ黒なワンピースとフロックコートがかけられていた。


「今着ている服は、あたし達に寄越すんだよ」


 平民が着ている仕着せに仕立てた燕尾服を着ていたのだが、いい品だと見抜いたのだろう。変なところで目ざとい人達である。

 よくよく見たら、用意されていた服は喪服だった。

 おそらく、父の葬儀に合わせて買ったもので、不要になったので交換しようと思ったのかもしれない。なんとも呆れた人達である。

 

「服を貰っておいて、お礼のひとつもないなんて!」


 私はクラウスと目を合わせてから、同時に頭を下げたのだった。

 その後、貰った仕着せに着替える。

 ワンピースだけ二着あったのが不思議だったが、どうやらイヤコーベとジルケの分だったようだ。

 当然、寸法は合わない。今日のところは我慢して、夜、時間があったら手直しをしたい。

 クラウスのほうは上半身は小さく、ズボンは短いという酷い寸法違いだったようだ。見た目ではわからないが、着ていると苦しくなるらしい。


「あの、大丈夫?」

「伝書鳩を送って、似た服を用意してもらう。マリーのも頼むから、少し我慢していてくれ」

「わかったわ」


 なんとも迷惑な衣装交換であった。

 そろそろ食事を食べないといけないだろう。どうするかと聞いたら、クラウスは思いがけない提案をしてくれる。

 

「パンケーキを焼こうか?」

「いいの?」

「ああ」


 まさか、クラウス特製のパンケーキを朝から食べられるなんて。

 なんでもパンケーキはパティシエ仕込みらしい。がぜん、期待が高まる。


 クラウスが取り出したのは、そば粉だった。

 ボウルにそば粉とふくらし粉を入れよく混ぜる。次に卵と牛乳を追加し、生地がなめらかになるまで撹拌かくはん

 この生地を焼いていく。生地は一口大で、たくさん焼くようだ。

 焼き色が付いたら、パティシエ仕込みのパンケーキの完成だ。


「これはキャビアを載せて食べる甘くないパンケーキなんだ」

「まあ、そうなの!?」


 昨日、買った食材に瓶詰めされたキャビアがあった。それをパンケーキに載せていく。


「そのキャビア、イヤコーベとジルケの食事用に買ったものだと思っていたわ」

「あの者達に、いいものを食べさせるわけがないだろうが」


 キャビアは私達が食べるために買った物だったらしい。

 アルウィンも興味津々だったようだが、お腹を壊すかもしれないのでお預けだ。

 代わりに、家から持ってきた猫用餌カリカリを与える。

 

「食べようか」

「そうね」


 一口大のパンケーキは手づかみで食べるという。さっそくいただいた。

 生地の表面はカリカリで、中はフワッとしている。砂糖が入っていないので、キャビアの塩っ気ともよく合う。極上の味わいだった。


「これ、とってもおいしいわ!」

「それはよかった」


 あっという間に十枚以上食べてしまった。


「あなた、パンケーキでお店が出せるわ。何かあったら、田舎でのんびりパンケーキ屋さんを開きましょうよ」

「マリーがおかみをするのか?」

「もちろん。アルウィンは看板猫よ!」


 カリカリに夢中だったアルウィンは顔を上げ、不思議そうに「にゃあ?」と鳴く。


「名前はロビンとマリーにして、静かに暮らすの」


 朝、明るくなったら目覚めて、朝食当番は日替わりで交代して、私がお店の清掃をしている間に、クラウスはパンケーキの生地を仕込む。看板猫のアルウィンはお店の軒先でお昼寝をして、道行く人達にたっぷり可愛がられる。庭にはたくさんのお花を植えて、家庭菜園もしたい。たくさんできたら、お隣さんに分けてあげるのだ。

 そんな日々を想像したら、わくわくが止まらなくなる。


「爵位も、財産もいらないわ。私は、あなたとアルウィンがいたら幸せなの」


 だから、万が一何かあったときは、大公位に執着しないでほしい。クラウス自身の命を大事に生きてくれたら、これ以上嬉しいことはない。


「ねえ、あなたもそう思うでしょう?」

「たしかに、俺も、お前とアルウィンがいたら、それだけでいい」


 なんだか泣けてくる。そんな私を、クラウスは優しく抱きしめてくれた。

 まさか、落ちぶれた実家で本当の幸せの形に気付くなんて思いもしなかった。

 イヤコーベとジルケのおかげ、とは言いたくないのだが……。 


 今は夢みている場合ではない。しっかり現実に向き合わなければいけないだろう。


「そういえば、夜に来るお客さんは誰なのかしら?」

「わからない」


 イヤコーベとジルケの交友関係を探ったようだが、結婚後に付き合いのある者は皆無だったという。

 

「あの母娘は招待されていない夜会に現れては、たくさん酒を飲み、参加者に絡んで迷惑がられていたらしい」


 何回か繰り返すうちに、夜会や晩餐会への出入りは禁止されていたという。やってきても、玄関先で止められていたようだ。


「まさか、商店街や職業斡旋所だけでなく、貴族の集まりまでも出入り禁止になっていたなんて……」

「夜会に行けなくなった彼女らは、酒場に行くようになったようだが、ここでも支払いをしなかったために、あえなく出入り禁止になったようだ」

「学習しないわね」

「本当に」


 一夜限りの付き合いのある男達はいたようだが、そこから交際に繋がることはなかったという。

 

「結婚前も似たような不義理を繰り返していたことから、親しい友人などはいなかった、という情報は掴んでいたのだが」


 だとしたら、今晩現れるのは、おおかた悪事を企むお仲間というわけだ。


 豪華な夕食とやらは私達では作れないので、クラウスが伝書鳩を使い食堂に注文してくれた。貴族が出入りするお店のコース料理を注文したとのことで、イヤコーベとジルケから不満は出ないだろう。 

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