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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第六章 父の死の謎を追って

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騎士隊からの報告

 朝――眠る私の頬をむにむに、むにむにと遠慮がちに押す輩がいた。

 うっすら瞼を開くと、巨大な猫と目が合う。クラウスの愛猫あいびょうアルウィンであった。

  彼はこうして、私をほどよい時間に起こしてくれる。目を擦りつつ起き上がると、侍女が寝室の扉を叩いて中へと入ってきた。「おはよう」と声をかけると、アルウィンも続けて「にゃあ」と鳴く。


「おはようございます、エルーシア様、アルウィン様」


 侍女が運んできてくれた濃いめに淹れた紅茶で、私の一日は始まるのだ。


 コルヴィッツ侯爵邸にやってきてから、早くも八ヶ月ほど経った。

 クラウスから案内された日は雪が降り積もる季節だったが、今は庭の木々が紅葉しつつある。

 本来であれば、結婚式の準備で忙しい期間だが、父が亡くなったことにより一年間喪中となった。結婚は先延ばしになっていたというわけである。

 

 今は慈善バザーで売るクッキーを焼いたり、庭の栗を拾ってマロングラッセを作ったり、婚礼用のドレスに刺繍を施したりと、比較的のんびり過ごしている。


 今日は何をしようか、なんて考えていたら、クラウスから呼び出される。

 アルウィンと共に、彼の執務部屋に移動した。


「クラウス様、お話しとはなんですの?」


 窓辺に腰かけたクラウスが、隣の位置を手で叩く。まずは座れと言いたいのだろう。

 アルウィンはチャンスだとばかりに、クラウスがこれまで座っていた椅子に跳び乗って丸くなる。困ったことに、彼はここの位置がお気に入りなのだ。


 クラウスの隣に座り、彼の顔を見上げる。

 銀色の髪を持って生まれることが多いシュヴェールト大公家の男子であるものの、彼は唯一の黒髪の持ち主だった。さらに、姦通罪、極悪の象徴とも言われている緋色スカーレットの瞳を持つことから、悪魔公子と呼ばれていたのだ。

 初めこそ、彼と目が合うと恐ろしいと思う瞬間があったものの、今は慣れっこである。

 近寄りがたい雰囲気があるものの、ごくごく普通の口数が少ないだけの青年なのだ。

 そんなクラウスは、シュヴェールト大公家の宝であるレーヴァテインを使いこなしたことから、当主として任命された。まだ、他に継承権を持つ直系男子がいるにもかかわらず、枢密院の諮問委員会で反対意見など出なかったらしい。

 それも無理はないだろう。

 クラウスは国王陛下直属の部隊、鉄騎隊アイアンサイドの隊長で、これまでに多くの実績を残していた。

 さらに、レーヴァテインが認めたとなれば、誰も文句は言えないだろう。

 ただひとり、クラウスよりも継承権が高かったヨアヒムは面白く思ってないだろうが。

 一度、クラウスは面会を申し込んだようだが、無下にも断られてしまったらしい。

 本家の者達とは連絡が取れないという。

 分家出身のクラウスが当主に選ばれてしまったので、気まずい部分もあるのだろう。


 クラウスを見つめ過ぎてしまっていたようで、不意打ちで頬にキスをされてしまった。


「ひゃあ!」


 頬を抑え、少し距離を取る。クラウスは平然としていて、何か、という表情で私を見ていた。


「な、何をなさるのですか!」

「キス待ちかと思ったから」

「違います!!」


 まだ頬にするだけ良心的なのか。いやいや、騙されてはいけない。

 結婚前の男女がふたりきりになるのはよくない、なんて話を耳にすることがあるのだが、こうなるのだなと身をもって痛感した。


「それで話だが――」


 何事もなかったかのように話し始めるので、仕返しをしてやろう。

 そう思ってクラウスに接近し、頬にキスをしようとした。

 だが、何かを察したクラウスがこちらを向いたので、唇にキスしてしまう。

 大慌てで離れたが、遅かった。しっかりキスしてしまったわけである。


「エルーシア、大胆だな」


 そう言いながら、クラウスは唇を指で拭う。私の口紅が付着していたようだ。


「ち、違います。わたくし、仕返しのつもりで頬にキスをしようとしたのに、クラウス様がこちらを向いてしまったので、唇にしてしまったのです」

「私が悪いのか?」

「クラウス様が悪いです!」

「そうか。悪かった」


 ひとまず、クラウスに責任を押しつけておく。

 恥ずかしいのでこのまま撤退したかったが、まだ話を聞いていない。

 最大限に距離を取り、クラウスの話に耳を傾ける。

 クラウスは冊子状になった報告書を手渡す。それは、父の死についての調査をまとめたものであった。


「騎士隊が担当したものだから、遅くなった。鉄騎隊であれば、ここまでかからなかっただろうが」


 なんでも表沙汰になった事件は騎士隊が調査を担当し、表沙汰にできない事件は鉄騎隊が担当するのだという。

 兄が隣国で起こした事件については、世間に知れ渡ったら国家間の問題となる。そのため、鉄騎隊が隣国に潜入し、秘密裏に調査する必要があったようだ。


「まず、シルト大公の遺体は、見つけられなかったらしい」

「そう、でしたか」


 もうすでに、どこかで処理されているのだろう。

 父はイヤコーベと再婚したので母と一緒に埋葬するつもりはなかったが、こういう結果になって残念に思う。


「それから遺産相続についてだが、シルト大公家の財産は現在、凍結されているらしい」

「まあ! どうしてですの?」

「シルト大公に大量の借金があり、それの手続きをし終えなければ自由に使えないそうだ」

「まさか! 何かの間違いですわ!」


 なんでも父の死後、大量の借用書が発見されたらしい。

 借金をするほど父がお金を使い込むなんてありえない。きっと、イヤコーベとジルケが作った借金なのだろう。

 死人に口なしと言えばいいのか。都合が悪いことのすべてを父に押しつけたに違いない。


「次に、シルト大公家から家具や植物などが持ち出され、転売された件については、使用人の仕業だということになっている」

「そ、そんな!」


 私達はあの日の晩、はっきり見た。イヤコーベとジルケが使用人に指示を出し、シルト大公家の財産を売り飛ばしているところを。

 あの母娘おやこは、自分達の罪を使用人になすりつけたのだ。

 騒ぎに乗じて、盗みを働く者もいたことは確かであるが……。


「使用人は騎士隊に拘束され、今現在、シルト大公家に人の出入りはないらしい」


 まさか、そんな状況になっていたなんて、思いもしなかった。

 これからどうすればいいのか。

 彼女らが陣取っていたら、遺産相続の手続きだってまともにできない。


 調査は終了したと言っていた。イヤコーベとジルケはこのまま野放しにされるというわけなのか。


「今後の調査は、鉄騎隊に任されることとなった」

「調査は、終わりではありませんの?」

「終わらせるつもりはない。陛下も許してくださった」


 犯人が判明するまで、クラウスは諦めずに調査するという。


「次なる作戦はこれだ」


 そう言って私に手渡したのは、シルト大公家の使用人を募集する求人書だった。

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