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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第五章 シュヴェールト大公とレーヴァテイン

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誓い

 クラウスが大公に!?

 思わず彼を見るが、険しい表情を浮かべていた。

 クラウスは驚いていなかったので、これもある程度は予想していたのかもしれない。

 臣下達も、実に落ち着いていた。

 新たなシュヴェールト大公について、事前に通達されていたのだろう。


 それにしても、驚いた。

 ゲレオンの爵位が剥奪されたとなれば、次に継承するのは三男のヨアヒムである。

 彼を抜かしてクラウスがシュヴェールト大公を継承した理由は、レーヴァテインを引き抜き、使いこなしてしまったからに決まっている。


「新たなシュヴェールト大公に、拍手を送ろう!」


 歓声と共に、拍手が巻き起こる。

 クラウスがシュヴェールト大公を継承するというのは、決定したことらしい。

 拒否権など与えなかったようだ。

 以前、爵位の継承についてクラウスと話したときは肯定的だった。けれども事件に乗じて、このように継承するとは思っていなかったのだろう。

 クラウスは複雑な表情で受け止めていた。


 国王陛下の謁見は以上であると宣言され、臣下達はすぐにいなくなった。

 再度、人払いされた状態で、国王陛下がクラウスに言葉をかける。


「クラウス、何もかも押しつけてしまったな」

「いいえ、これがシュヴェールト大公家に生まれた者の、責務ですので」


 クラウスは深々と頭を下げ、謁見の間から辞する。私もあとに続いた。

 長い長い柱廊を歩く中、クラウスは一度だけ私を振り返り、中庭を指差した。

 寄り道をしたいだなんて珍しい。

 初夏を告げるようなアイリスの花が美しく咲く中を、クラウスは先陣を切ってずんずん歩いて行く。

 その先に、東屋ガゼボがあった。鳥かごのような意匠で、大理石の椅子とテーブルが置かれていた。


「疲れただろう? 少し休め」

「はい、ありがとうございます」


 私を休ませるためにここへと導いてくれたようだ。

 クラウスは座らずに、腕組みをして立っている。まるで、私を監視する役割を担った者のようだ。

 思い詰めた表情で私を見つめながら、話しかけてくる。


「エル、辞めるならば今しかない」

「辞めるというのは?」

「結婚と鉄騎隊について、だ」


 何を今さら言っているのか。鉄騎隊は国王陛下より任命されたもので、結婚はそもそも止めるつもりなんかない。


「わたくしはこれからも、ラウ様――いいえ、クラウス様の傍にい続けるつもりです」


 彼は私の運命を切り開いてくれた。その恩を、命をもって返したいのだ。


「後悔しないな?」

「しません」

「ならば――」


 何を思ったのか、クラウスは私の前に片膝をつく。

 手を差し伸べてきたので、意味もわからずに指先をそっと重ねた。


「私はこの先、命が尽きるまで、エル――エルーシア・フォン・リンデンベルクを守ることを誓う」


 クラウスは宣言と共に、口づけを指先にそっと落とした。

 これは、騎士の生涯の誓いではないのか。国王陛下への忠誠にも勝る、絶対的な誓約だ。

 騎士が生涯愛する女性へ約束するものとして、ロマンス小説などで登場するばかりであった。実際に他人へ誓ったという話は、何百年と聞いていない。


「なっ、クラウス様、これは……困ります」

「もう誓いを交わしてしまった。悪魔公子と呼ばれていた私を選んだ、お前が悪い」


 すでに、クラウスは悪魔公子ではない。爵位を継いだので、悪魔大公になったのだ。

 私の手を繋いだまま、立ち上がってニヤリと笑う。その表情は、悪魔の微笑みとしか言いようがない。


「ど、どうして、このような誓いをなさったのですか?」

「エルーシアは何度も、私の命を守ってくれた。それに報いないと、気が済まないから」


 まさかの理由に頭を抱える。

 この誓いを交わしてしまったら、私が死んでしまったあと、再婚なんてできない。生涯、独り身でいないといけないのだ。当然、愛人を迎えるなんてもっての他だった。

 契約によってふたりの魂同士は結びつき、より強固な関係を築いてしまう。それが騎士の生涯の誓いであった。

 

「実を言えば、契約はこれで終わりではない」

「へ?」


 そういえば、と思い出す。

 ロマンス小説に書かれてあった騎士の生涯の誓いは、指先に口づけをするだけではなかったのだ。


 クラウスは獲物を前にした肉食獣のような目で、私を見つめていた。

 そんなふうに見つめられたら、逃げたくなってしまうだろう。

 思わず回れ右をし、庭を一直線に駆けていく。

 アイリスの花壇の向こう側には、ヒナゲシの花畑となっていた。

 クラウスが追いかけてくるのがわかり、必死で走りぬける。

 しかしながら、すぐに捕まってしまった。

 クラウスは私の腕を取る。勢いあまって転んでしまった。

 てっきり受け止めてくれるかと思ったのに、クラウスも一緒になってヒナゲシの花畑を転がっていく。

 ヒナゲシの花びらまみれになったクラウスを、押し倒す体勢になってしまった。

 

「エルーシア、〝誓い〟はしたくなかったのか?」

「いいえ、そういうわけではなく、わたくしを見つめるクラウス様の目が怖かったものですから」

「逃げるな」


 クラウスは私の両手をしっかり取り、燃えるような強い眼差しを向けている。

 私は彼を選んだ。同じように、彼も私を選んでくれたのだろう。

 ならば、彼にできることをしたい。

 ゆっくり顔を近づけ、そっと啄むようなキスをした。これをもって、誓約は確かなものとなったのだ。

 クラウスは驚いた表情で私を見上げている。離れようとしたら、強く抱きしめられた。

 ヒナゲシの花に埋もれながら、私達は二度目のキスをした。

 心が震える。こんな感情を抱くのは、生まれて初めてだった。

 私は、クラウスのことが好きなのだ。今になって気付く。

 彼と一緒ならば、明るい未来が築けるはずだ。

 生きている限り、彼の傍から離れないようにしよう。

 そう、誓ったのだった。

こちらのエピソードにて、1部完となります。次回更新分より、2部がスタートします。12時更新分は、43話『追憶のエルーシア』と44話『騎士隊からの報告』の2話更新します。43話は1部のまとめですので、読まなくても問題ありません。

最後に、お願いがございまして……

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