誓い
クラウスが大公に!?
思わず彼を見るが、険しい表情を浮かべていた。
クラウスは驚いていなかったので、これもある程度は予想していたのかもしれない。
臣下達も、実に落ち着いていた。
新たなシュヴェールト大公について、事前に通達されていたのだろう。
それにしても、驚いた。
ゲレオンの爵位が剥奪されたとなれば、次に継承するのは三男のヨアヒムである。
彼を抜かしてクラウスがシュヴェールト大公を継承した理由は、レーヴァテインを引き抜き、使いこなしてしまったからに決まっている。
「新たなシュヴェールト大公に、拍手を送ろう!」
歓声と共に、拍手が巻き起こる。
クラウスがシュヴェールト大公を継承するというのは、決定したことらしい。
拒否権など与えなかったようだ。
以前、爵位の継承についてクラウスと話したときは肯定的だった。けれども事件に乗じて、このように継承するとは思っていなかったのだろう。
クラウスは複雑な表情で受け止めていた。
国王陛下の謁見は以上であると宣言され、臣下達はすぐにいなくなった。
再度、人払いされた状態で、国王陛下がクラウスに言葉をかける。
「クラウス、何もかも押しつけてしまったな」
「いいえ、これがシュヴェールト大公家に生まれた者の、責務ですので」
クラウスは深々と頭を下げ、謁見の間から辞する。私もあとに続いた。
長い長い柱廊を歩く中、クラウスは一度だけ私を振り返り、中庭を指差した。
寄り道をしたいだなんて珍しい。
初夏を告げるようなアイリスの花が美しく咲く中を、クラウスは先陣を切ってずんずん歩いて行く。
その先に、東屋があった。鳥かごのような意匠で、大理石の椅子とテーブルが置かれていた。
「疲れただろう? 少し休め」
「はい、ありがとうございます」
私を休ませるためにここへと導いてくれたようだ。
クラウスは座らずに、腕組みをして立っている。まるで、私を監視する役割を担った者のようだ。
思い詰めた表情で私を見つめながら、話しかけてくる。
「エル、辞めるならば今しかない」
「辞めるというのは?」
「結婚と鉄騎隊について、だ」
何を今さら言っているのか。鉄騎隊は国王陛下より任命されたもので、結婚はそもそも止めるつもりなんかない。
「わたくしはこれからも、ラウ様――いいえ、クラウス様の傍にい続けるつもりです」
彼は私の運命を切り開いてくれた。その恩を、命をもって返したいのだ。
「後悔しないな?」
「しません」
「ならば――」
何を思ったのか、クラウスは私の前に片膝をつく。
手を差し伸べてきたので、意味もわからずに指先をそっと重ねた。
「私はこの先、命が尽きるまで、エル――エルーシア・フォン・リンデンベルクを守ることを誓う」
クラウスは宣言と共に、口づけを指先にそっと落とした。
これは、騎士の生涯の誓いではないのか。国王陛下への忠誠にも勝る、絶対的な誓約だ。
騎士が生涯愛する女性へ約束するものとして、ロマンス小説などで登場するばかりであった。実際に他人へ誓ったという話は、何百年と聞いていない。
「なっ、クラウス様、これは……困ります」
「もう誓いを交わしてしまった。悪魔公子と呼ばれていた私を選んだ、お前が悪い」
すでに、クラウスは悪魔公子ではない。爵位を継いだので、悪魔大公になったのだ。
私の手を繋いだまま、立ち上がってニヤリと笑う。その表情は、悪魔の微笑みとしか言いようがない。
「ど、どうして、このような誓いをなさったのですか?」
「エルーシアは何度も、私の命を守ってくれた。それに報いないと、気が済まないから」
まさかの理由に頭を抱える。
この誓いを交わしてしまったら、私が死んでしまったあと、再婚なんてできない。生涯、独り身でいないといけないのだ。当然、愛人を迎えるなんてもっての他だった。
契約によってふたりの魂同士は結びつき、より強固な関係を築いてしまう。それが騎士の生涯の誓いであった。
「実を言えば、契約はこれで終わりではない」
「へ?」
そういえば、と思い出す。
ロマンス小説に書かれてあった騎士の生涯の誓いは、指先に口づけをするだけではなかったのだ。
クラウスは獲物を前にした肉食獣のような目で、私を見つめていた。
そんなふうに見つめられたら、逃げたくなってしまうだろう。
思わず回れ右をし、庭を一直線に駆けていく。
アイリスの花壇の向こう側には、ヒナゲシの花畑となっていた。
クラウスが追いかけてくるのがわかり、必死で走りぬける。
しかしながら、すぐに捕まってしまった。
クラウスは私の腕を取る。勢いあまって転んでしまった。
てっきり受け止めてくれるかと思ったのに、クラウスも一緒になってヒナゲシの花畑を転がっていく。
ヒナゲシの花びらまみれになったクラウスを、押し倒す体勢になってしまった。
「エルーシア、〝誓い〟はしたくなかったのか?」
「いいえ、そういうわけではなく、わたくしを見つめるクラウス様の目が怖かったものですから」
「逃げるな」
クラウスは私の両手をしっかり取り、燃えるような強い眼差しを向けている。
私は彼を選んだ。同じように、彼も私を選んでくれたのだろう。
ならば、彼にできることをしたい。
ゆっくり顔を近づけ、そっと啄むようなキスをした。これをもって、誓約は確かなものとなったのだ。
クラウスは驚いた表情で私を見上げている。離れようとしたら、強く抱きしめられた。
ヒナゲシの花に埋もれながら、私達は二度目のキスをした。
心が震える。こんな感情を抱くのは、生まれて初めてだった。
私は、クラウスのことが好きなのだ。今になって気付く。
彼と一緒ならば、明るい未来が築けるはずだ。
生きている限り、彼の傍から離れないようにしよう。
そう、誓ったのだった。
こちらのエピソードにて、1部完となります。次回更新分より、2部がスタートします。12時更新分は、43話『追憶のエルーシア』と44話『騎士隊からの報告』の2話更新します。43話は1部のまとめですので、読まなくても問題ありません。
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