国王陛下からの召喚
レーヴァテインはクラウスがしばらく保管しておくよう、命じられたらしい。継承者以外が触れたら斬りつけてくる剣など、危険すぎて管理できないからだろう。
これまでレーヴァテインはシュヴェールト大公家にある宝物庫に厳重に保管されていたようだが、盗まれてしまった。
そのため、クラウスが常に持ち歩いて管理するようだ。
レーヴァテインには黒い布が巻き付けられ、美しい銀の鞘や柄は見えなくなってしまった。ひと目でそうだとわからないようにしたのだろう。
レーヴァテインは当主となる者にしか引き抜けない、という話だった。それなのに、現在の当主であるゲレオンは抜けず、クラウスが抜いてしまった。
ゲレオンではなく、クラウスのほうが当主としてふさわしいと、レーヴァテインが判断している、ということになるのか。その辺もよくわからない。
何はともあれ、黒い剣を佩いて歩くクラウスは、これまで以上に悪魔公子の名がお似合いになってしまったというわけだ。
闇オークションの摘発から一週間後、クラウスと私は国王陛下に呼び出されてしまった。
事件について話を聞きたいようだが、私は気が気でなかった。
王城行きの馬車に乗りこむと、市場に売られていく仔牛のような気持ちになってしまう。
「エル、どうした? 具合でも悪いのか?」
「いいえ、具合が悪いのではなく――」
ばくん、ばくんと胸が激しく脈打っている。
口の中はカラカラで、手の震えが止まらない。これは極度の緊張という一言で片付けていい状態ではないだろう。
「今回、陛下にお目通りが叶うということで、その、ヒンドルの盾の紛失について、報告したほうがいいのでは、と思っておりまして」
私の言葉を聞いたクラウスは、ため息を返した。
「それは言わなくてもいい。シュヴェールト大公家がレーヴァテインを失った話とは事情が異なる」
「しかし、今現在、シルト大公家にヒンドルの盾がないことは確かなんです」
「それでも、わざわざ言う必要はない」
本当に言わなくてもいいのか。もうずっと、良心の呵責に苛まれているのだが。
「ヒンドルの盾については、私が話題にあげるとき以外話すな。しばらくの間は、忘れておけ」
「で、ですが」
「心配しなくていい。かならず、どこかにあるはずだから」
クラウスは珍しく、優しい声で言葉を返す。表情も、どことなくやわらかかった。
こんなふうに言われてしまったら、これ以上食い下がれない。
「わかりました」
クラウスはいい子だ、と言わんばかりに深々と頷いていた。
「それはそうと、なぜわたくしまで陛下に呼ばれたのでしょうか?」
「それは――わからない」
クラウスは顔を逸らし、窓の外を見つめる。
おそらく、私が呼ばれた理由についてなんとなく察しているものの、認めたくない、とでも考えているのか。
最近、過ごす時間が増えたからか、口数が少ないクラウスの言わんとしているところがわかるようになっていた。
国王陛下がどういう目的で私を呼び出したかは――もうすぐわかるだろう。
王城にある謁見の間には、国王陛下が玉座に腰かけていた。そんな国王陛下の前に、クラウスと私は片膝をつく。
「クラウスよ、先日の闇オークションの摘発、誠に見事だった」
「もったいないお言葉でございます」
国王陛下は私のほうを見つめ、淡い微笑みを浮かべる。
「エルーシア・フォン・リンデンベルク――そなたもすばらしい活躍を見せたようだな」
「わたくしは――」
いったい、何をしたというのか。いまいちピンときていないことがバレてしまったのか、国王陛下は補足する。
「天井から落下し、攻撃を仕掛けてきた者から、クラウスを守ったようだな」
まさか、そんなことまでしっかり報告していたなんて。
「ぐ、偶然ですわ」
「そうだろうか? 以前も、賭博場でクラウスを狙った攻撃から回避させた、という話を聞いていたのだが」
二回、同じ奇跡は起きないだろう。
私は予知夢の力をもって、クラウスを助けたのだから。
以前、クラウスにやんわりと不思議な能力があると話していたが、国王陛下にはそこまで報告していなかったようだ。
「そこで、提案があるのだが、エルーシアよ。そなたも鉄騎隊の一員にならないか?」
「わたくしが、ですか?」
「ああ、そうだ」
潜入調査が多い鉄騎隊の任務に、女性が必要ではないのか、という話は度々出ていたらしい。けれども、他の隊員の能力に見合う女性がおらず、話は先送りにされていたようだ。
「そなたならば、クラウスとも相性がいいようだから」
「陛下、彼女は体が弱く、任務の同行は難しいです」
「何か持病を抱えているのか?」
「それは――」
クラウスの前で何度か血を吐いていたものの、持病は特にない。健康そのものである。
けれども酷い出血なので、クラウスは心配してくれたのだろう。
国王陛下より「医者の診断書はあるのか?」と聞かれ、言葉に詰まっていた。
まさか、私が鉄騎隊に抜擢されるなんて、想像もしていなかった。
光栄だし、クラウスの役に立てるのならばこれ以上の嬉しいことはないだろう。
「陛下、喜んでお受けします」
「エル!?」
クラウスが責めるような視線を私に向けていたが、無視を決め込む。
これまで何度も予知夢の力を利用し、未来を変えてきた。そんな私の命はそこまで長くないだろう。
役に立たないまま生き長らえるよりも、クラウスの助けになりたい。
鉄騎隊に所属していたら、能力を発揮できるだろう。
思い通りに予知夢をみられない点は懸念すべきことであるが。
「そうか、そうか。喜ばしいことだ」
国王陛下の背後から、ひとりの臣下がでてくる。手には盆を持っていて、その上に鉄騎隊の隊員であることを示す銀の懐中時計が置かれていた。
「エルーシア・フォン・リンデンベルク、そなたを鉄騎隊の一員として任命する」
懐中時計を受け取り、深々と頭を下げる。
王命をもって、私は鉄騎隊の一員となった。
おそらく、クラウスは私が鉄騎隊の隊員に選ばれることを予測していたのかもしれない。
隣で膝をつく彼の、不服だという空気をびりびりと感じてしまう。
足を引っ張らないようにしなくては、と心の中で誓った。
「次に――」
その言葉を発した瞬間、扉が開かれ、次々と臣下が入ってくる。
これまでは秘密の話だったが、これから話すことはそうでないからなのか。
全員揃ったところで、話を再開する。
「シュヴェールト大公家のレーヴァテインについてだが」
なんでも、国王陛下は騎士を使ってある調査をさせていたらしい。
それは、レーヴァテインを盗み出したのは誰か、というものだった。
「現当主であるゲレオンは、最後までレーヴァテインの紛失を認めようとしなかった」
シュヴェールト大公家の宝であるレーヴァテインを失くしたとなれば、面目を損なってしまう。そのため、認めようとしなかったのだろう。
最終的に騎士は国王陛下の命令の下、宝物庫を調べる。
レーヴァテインは当然なく、ゲレオンは管理責任を問われることとなった。
「ゲレオン・フォン・ヤード・ディングフェルダーのシュヴェールト大公位を剥奪した」
私がみた予知夢では、ゲレオンは人妻と逃避行していたのだが……。
ひとつ未来を変えてしまえば、連動するように他の人の未来も変えてしまうのだろう。
「よって、クラウス・フォン・リューレ・ディングフェルダーをシュヴェールト大公に任命する!」




