レーヴァテインを手にする者
クラウスはレーヴァテインを競り合った偽客のもとへ駆け寄り、拘束していた。
他の鉄騎隊のメンバーらしき人達は、オークションに出品された品の落札者を取り押さえている。
私は鉄騎隊のメンバーの同伴者と共に、安全な場所へ案内された。彼女らは騎士隊の隊員達だったらしい。
押し入ってきた騎士を前に、逃げる者、大人しく拘束される者、持ち歩いていた凶器を振り回し抵抗する者と反応はさまざまである。
参加者は次々と拘束され、連行されていた。
一時間ほどで事態は収拾し、会場は静寂を取り戻した。
女性騎士達に守られた私を、クラウスが迎えにやってくる。
「ご苦労だった。もう大丈夫だから、本隊に合流してくれ」
女性騎士達は敬礼し、私に向かって一礼すると去って行った。
クラウスの右手にはレーヴァテインが握られている。
「ラウ様、そのレーヴァテインは本物――」
問いかけた瞬間、くらりと目眩を覚える。同時に、ある光景が脳裏に浮かんだ。
それは、オークション会場の天井を突き破り、クラウスを襲撃する者の様子だった。
クラウスは脳天を強く打ち、大量の血を流しながら倒れてしまう。
これは――予知夢!?
「エル!?」
ふらついた私を支えるために接近したクラウスを、思いっきり突き飛ばした。
「なっ――!」
同時に、私とクラウスの間に天井から人が落ちてきた。手には棍棒が握られている。
勢いに乗じて、クラウスの頭を殴打するつもりだったのだろう。
攻撃は外れ、空振りのまま床に着地する。
私に突き飛ばされ、体の均衡を崩したクラウスに襲いかかった。
クラウスはレーヴァテインの鞘で振り下ろされた棍棒を受け止め、体を捻って距離を取る。
黒衣の男は棍棒をクラウスのほうへ投げ、腰に佩いていた剣を引き抜いた。
クラウスは棍棒を叩き落とすと、柄を握り、レーヴァテインを引き抜く。美しい銀色の剣が、露わとなった。
黒衣の男が剣で斬りかかってきたが、レーヴァテインが受けると真っ二つになる。
隠し持っていたナイフを手にした瞬間、腕が吹き飛んだ。
振り下ろされたレーヴァテインは、流れ星のように煌めいていた。
実力の差は歴然である。
新たに騎士達が駆けつけ、黒衣の男はあっという間に拘束された。
クラウスの顔に血が付着していたが、あれはおそらく返り血だろう。
ホッとしたのも束の間のこと。
喉に熱いものがこみ上げ、咳き込んでしまう。口に当てたハンカチは真っ赤に染まった。
これは、未来を変えた代償だろう。立っていられなくなり、その場に頽れる。
私の異変に気付いたクラウスが駆け寄ってきた。
「エル、大丈夫か!?」
「わたくしは平気です。それよりも、ラウ様は?」
「私のことなどどうでもいい。いったい何があった?」
「いえ、これは、その、精神的な負荷による、吐血、かと」
そう口にした瞬間、クラウスは私を横抱きにする。
あとのことは残った鉄騎隊の隊員に任せ、外に待たせていた馬車に乗った。
向かった先は、イェンシュ先生がいるミミ医院だ。
すでに閉まっているミミ医院の扉を猛烈に叩くと、中に灯りが点される。
寝間着姿のイェンシュ先生が顔を覗かせた。
「どうかなさったのですか?」
「エルが血をたくさん吐いた。診てくれ!」
「ああ、それは大変でしたね」
イェンシュ先生は嫌な顔をひとつも見せずに、私達を中へ入れてくれた。
「エルーシアさん、もう大丈夫ですよ」
その言葉に安堵してしまったのか、私は目を閉じる。そのまま意識を手放してしまった。
翌日の朝――私はすっきりと目覚める。一晩休んだら、元気になっていた。
すぐ近くに、レーヴァテインを胸に抱いて眠るクラウスがいたのでギョッとする。
「あの、ラウ様?」
「――ッ!」
カッと目を見開き、鋭い目で私を見る。患者に向ける眼差しではなかった。
「傍にいてくださったのですね」
「ああ」
クラウスはコルヴィッツ侯爵邸に戻らず、私の傍にいてくれたらしい。
「あの、もう大丈夫ですので」
「大丈夫なわけあるか」
オークション会場で衝撃的な場面を目にしたので、大きなショックを受けてしまった。それにより、胃に負担がかかって血を吐いてしまったのだろう、とイェンシュ先生は診断してくれた。
他に異常はないので、調べようがないのだろう。
「エルを任務に付き合わせてしまった私が悪い。深く反省している」
「いいえ、どうかお気になさらずに」
あのとき、予知夢をみていなかったら、クラウスを助けることなどできなかっただろう。ついて行ってよかったのだ。
「ラウ様、わたくし、このままお家に帰れますの?」
「ああ、帰ることはできる」
「でしたら、ラウ様、一緒に帰りましょう」
腕を伸ばし、小首を傾げる。暗に、抱っこしてくれと要求したのだ。
クラウスの命を助けたので、これくらい甘えてもいいだろう。
「なんだ、それは?」
「抱っこです」
「歩けないのか?」
「歩けますけれど、ラウ様に甘えたい気分なだけです」
クラウスは顔を背け、はーーと深いため息を吐く。
そんな彼の耳が、少しだけ赤く染まっているように見えるのは気のせいではないだろう。
照れている。あのクラウスが、抱っこをせがまれて照れているようだ。
「ラウ様、早く。コルヴィッツ侯爵夫人も心配しているでしょうから」
「わかった」
クラウスは私を抱き寄せ、しばし固まる。
早く抱き上げてほしいのだが。抱き合っているような体勢は、私も照れてしまう。
「あの、ラウ様?」
「無事で、よかった」
消え入りそうな声を聞いてしまい、思わず抱き返す。
彼の耳元で、私は囁いた。
「心配をおかけしました」
言葉を返すように、クラウスは私を抱く腕に力を込める。
もう二度と、彼に危険が迫らないように、と心の中で祈ってしまった。




