闇オークション
コルヴィッツ侯爵夫人とアルウィンの見送りを受けつつ、私達は闇オークション会場へと移動した。
王都の郊外にある、湖のほとりにあるお屋敷――ここで、表のオークションでは取り引きされないような品の売買が行われているようだ。
出品されるのは、盗品であろう宝飾品に絵画、壺や銅像などの美術品に加え、最近は隣国から連れてきた奴隷の取り引きもしているのではないか、という噂が流れているという。
鉄騎隊でも調べているようだが、まだ尻尾は掴めていないらしい。
王都からやってきた馬車が、次々と到着している。
いったい誰が参加しているのか、というのはよくわからない。というのも、参加者には仮面の装着義務があるからだ。
私はなるべくクラウスに密着し、愛人に見えるように振る舞っておく。
彼の隣に立ち、身を寄せていると落ち着かない気持ちになるのだが、今は平然と見えるように装った。
屋敷内は案外明るい。以前の賭博場のように、薄暗い中でコソコソしているものだと思っていた。
参加者は百名前後だろうか。あまり大々的にはできないのだろう。
広間には座席が用意され、案内された椅子に腰かける。ドキドキしながらオークションの開始を待った。
入場から一時間ほどで、オークションは開始した。
司会役らしい燕尾服の男性がやってきて、ウィットに富んだ会話で会場の雰囲気を和やかなものに変えていく。
闇オークションというくらいなので、もっと殺伐とした雰囲気を想像していたのだ。
「では、ひと品目から、開始します」
最初に出品されたのは、所有者が次々と非業の死を迎えるという、呪われたダイヤモンドの首飾り。
大粒のダイヤモンドは、ゾッとするくらい美しい。こんな品を買う物好きなんているのか、謎でしかなかった。
「贈り物にいかがでしょうか? 金貨百枚からスタートです!」
闇オークションは希望する入札価格を叫ぶのでなく、司会が読み上げる金額で購入したい者のみ、手元に置かれた札を上げるだけの仕組みらしい。
金貨百枚が付けられたダイヤモンドの首飾りには、ざっと五十名ほどの札が上がった。
ここから、値段がつり上がっていくというわけだ。
「金貨百五十枚……百七十枚……金貨二百枚!!」
どんどん値段が上がるにつれて、札は下げられていく。そんな中で、二名分の札がずっと上がったままだった。
最終的に、ダイヤモンドの首飾りには金貨千八百枚の値が付く。
庶民の年収が金貨十二枚ほどなので、恐ろしい金額が付いたものだと震えてしまった。
「続いての商品はこちら!」
ふた品目は所持していると必要のない縁を勝手に切ってくれる絵画だという。
「この絵を家に飾っていると不思議なことに、気に食わない相手が行方不明になったり、突然死してしまったりと、次々と姿を消すようです。金貨二百枚からのスタートになります」
ひと品目同様。出品される商品は物騒なものだった。
クラウスが懐に入れていた、手帳サイズの出品カタログを見せてくれた。
ラインナップはどれも呪われた品のようで、その中にレーヴァテインも掲載されている。
最初のページに、今回のテーマは〝呪い〟とはっきり書かれていた。
これに高値を付けて欲しがる人が多数いるというのが、なんとも呆れた話だと思ってしまう。
それにしても、まさかレーヴァテインが呪われた美術品の仲間入りをしていたとは。
以前、クラウスが継承者以外がレーヴァテインに触れると、斬りつけられるという話をしていた。その辺が由来なのかもしれない。
闇オークションが始まって二時間ほど経っただろうか。たったそれだけで、信じられないくらいの金額が動いていた。
次の商品が最後だという。
「今回の目玉! シュヴェールト大公家に古くから伝わる最強の剣、レーヴァテインをご紹介します!」
ついに、レーヴァテインの出番がやってきたようだ。
銀色の鞘に収められた、美しい剣――あれがレーヴァテインのようだ。
クラウスは私にぐっと接近し、耳元で囁く。
「どうやら本物のようだ」
クラウスは一度だけ、レーヴァテインを見たことがあったらしい。
なんでも剣から特別な波動のようなものが発せられていて、クラウスはそれを感じられるようだ。
「こちらの剣、シュヴェールト大公家を継承すべき者以外が触れると、襲いかかってくるという特性がございます」
それを証明すると言って連れてこられたのは、とある組織の裏切り者だという。
手足が縛られた状態でやってきて、レーヴァテインの前で背中を強く押された。
レーヴァテインのほうへ倒れ込む形となった男は、剣に覆い被さってしまう。
すると、誰も触れていないのに剣が鞘から抜き出され、一回転した。
「ぎゃああああ!!」
男はレーヴァテインに斬りつけられたようだ。
レーヴァテインが斬りかかる瞬間、クラウスは私の目を手で覆った。そのため、悲痛な叫び声しか聞こえなかった。
すぐに絶命してしまったらしい。遺体は回収されたようで、何事もなかったかのようになる。
人が死んだというのに、周囲の人達はショックを受けるどころか、興奮しているようだった。人の死すら、パフォーマンスのように楽しんでいるのだろう。
「このレーヴァテイン、ここに運ぶまで、十五名の尊い命を犠牲にしました。多くの血を吸っている、正真正銘の、呪われし剣なのです」
クラウスは膝にあった手をきつく握りしめていた。
シュヴェールト大公家が大事に保管していたレーヴァテインをそのように言われ、腹立たしく思っているのだろう。
「落札後も、ご自宅まで運ぶ人員を三十名用意しております! レーヴァテインに斬られることはございませんので、ご安心を」
さらに、二回までならば運び出す人員を手配してくれるという。
至れり尽くせりというわけである。
「それでは、こちらのレーヴァテイン、金貨千枚からスタートします!」
想像以上の高値スタートであった。
クラウスはすぐさま札を上げる。彼以外にも、数名の入札希望者がいた。
「金貨千五百枚……二千枚……二千五百枚!」
上がる金額も桁違いである。ひとり、ひとりと下げられていく中で、上がった札はふたつだけとなった。
片方はクラウス、もう片方は鳥の嘴が付いた変わったマスクを装着した男性である。
「三千枚……三千五百枚……四千枚!」
お互いに引かない。どうしても欲しいようだ。
「六千枚……七千枚……一億!」
ここで、ようやく相手の札が下がったようだ。
すぐさま、クラウスが耳打ちする。
「どうやら一億まで上げるための、偽客みたいだ」
クラウスはマスクに触れ、何か合図のような仕草を出す。
偽客をマークするよう、仲間に知らせたのだろう。
「それでは、こちらのレーヴァテインは、後日落札者様のご自宅に送るということで!」
「いいや、ここで受け取ろう」
「は、はい?」
クラウスはずんずんとレーヴァテインに接近し、手を伸ばす。
司会の男性は目を覆っていたようだが、鞘を握っても何も起きない。
クラウスは剣を掲げ、叫んだ。
「ここにいる者達を、全員拘束しろ!!」
それを合図に、騎士達が会場へと押しかけた。




