シルト大公邸への侵入
「先に登れ」
「わかりました。本当に登れるところを、お見せしましょう」
踵が高い靴を脱ぎ捨て、太い枝に手をかけた瞬間、ハッとなる。
「どうした?」
「わたくしが先に登ったら、下着が見えてしまうのではありませんか?」
「それは見えるだろうな」
「見ないでくださいませ」
その言葉に、クラウスは首を傾げる。
「見ていないと、落ちたときに受け止められないだろうが」
「ああ、なるほど――って納得すると思うのですか?」
「何を恥ずかしがっている」
「恥ずかしいに決まっています」
足首ですら、異性に見せてはいけないと習ったのだ。下着なんか見られた日には、私の中にある羞恥心が爆発してしまうだろう。
「どうせ夫婦になるから、下着くらい見えたっていいだろうが」
「……」
正論でしかないが、腹立たしい気持ちになるのはなぜだろうか。
ここでクラウスとああだこうだと言い合いをしている暇はない。薄目で見ているように言ってから、私は樹を登り始める。
五分ほどで私室の窓に行き着き、窓枠に手をかけて開く。一瞬ひやりとしたものの、無事、中に侵入できた。
窓を覗き込んでクラウスに合図を出そうとした瞬間、目の前に彼がいたので驚いた。
私が部屋に入ってすぐに登り始めたのだろうが、あまりにも早すぎる。
手でも貸してやろうかと思ったのに、クラウスは自力で部屋に降り立った。
「ここが、お前の部屋で間違いないのか?」
「ええ」
部屋には寝台すらない。私が戻らないと知り、何もかも持ち出してしまったのだろう。
「呆れた家族だな」
「否定できません」
クラウスはため息を吐くと、その場に跪いた。
「窓枠に腰かけろ」
「はい?」
何事かと思ったら、彼の手には私の靴が握られていた。私が投げ捨てたそれを回収し、持ってきてくれたようだ。
薄暗い中、月明かりにぼんやりと照らされたクラウスが、お利口な大型犬に見える。回収できるなんて偉い。なんて考えていたところ、クラウスは想定外の行動に出た。
片方の足を持ち上げ、靴を履かせてくれたではないか。
わけがわからず、顔全体が熱くなっていくのを感じた。
「なっ、く、靴くらい、自分で履けます」
「そうなのか?」
クラウスは顔を上げ、意外だという表情で私を見る。
どうやら本気で靴の履き方を知らない、箱入り娘だと思っていたらしい。
「わたくしはそこまで箱入りではございません。着替えもひとりでできますし、お風呂にだって入れます」
「それはすばらしいな」
思いがけず、褒められてしまった。それはクラウスなりの冗談なのか、本気なのかまったくわからない。
そしてなぜか、もう片方の靴も履かせてくれた。
「ケガをするから、靴は履いておけ。木登りしているときも、ヒヤヒヤした」
「足の裏は頑丈ですので、ご心配なく」
「絹の布地のように皮膚が薄い足の裏が、頑丈なわけないだろうが」
「なっ!」
いつの間にか、皮膚の厚さまで把握されている。下着も見られただろうし、猛烈に恥ずかしい。
なぜ、彼と行動を共にしただけなのに、さまざまな情報を握られてしまうのか。
「わたくしだけいろいろ見られたり、触られたりするのは不公平です。帰ったら、ラウ様の下着と足の裏を確認させてくださいませ」
「お前は何を言っているんだ」
真顔で問われたからか、本当に何を言ってしまったのかと我に返ってしまった。
「下着は夜だから見えなかった」
「それを聞いて、安心しました」
「馬鹿なことを話していないで、行くぞ」
「少しお待ちくださいませ」
ヒンドルの盾がある部屋を開けるために必要な物が、この部屋に隠してあるのだ。
「たしか、この辺りだった気がするのですが――」
壁の板を引っ張ると、あっさり外れた。そこに隠していたのは、血に濡れた一枚のハンカチである。
「なんだ、それは?」
「兄の血が染み付いたハンカチです」
去年の降誕祭で、兄がナッツチョコレートを食べ過ぎて鼻血を噴いた。介抱する振りをして、血が付いたハンカチを保管していたのだ。
「ヒンドルの盾が保管されている部屋は、シルト大公家の継承者の血が鍵となって開くようになっておりまして、これが必要なのですよ」
予知夢でみたときも、ウベルは兄の血を拭ったハンカチを使い、鍵を開いていた。それを覚えていたので、彼らにヒンドルの盾が奪われる前に持ち出そうと、兄の血が付いたハンカチを保管していたのである。
使用人達に見つからないよう、二階から階下へと移動する。
すでに深夜だったが、ドタバタと忙しなく行き来しているようだった。
「地下の出入り口はどこにある?」
「厨房へ行く途中に、身なりを確認する姿見があるんです。それを一回押したあと、力いっぱい引くと、地下へ繋がる階段が出てきます」
「わかった」
クラウスは私を担ぎ上げると、目にも止まらぬ速さで走り始める。
こうなるのではないかと、うっすら思っていた。
使用人がやってくると姿を隠し、また駆ける。さすが、鉄騎隊の隊員と言うべきか。誰にも見つからずに移動する。
あっという間に姿見の前まで行き着くと、地下への扉を開いた。
どこからともなく角灯を取り出し、火を灯す。
「足元に気を付けろ」
「はい」
信頼されていないのか、腕を掴んでおくように言われた。
長い長い階段を下り、廊下を歩いた先にヒンドルの盾が保管された部屋がある。
扉には魔法陣が描かれており、これにシルト大公位を継承した者の血を付けると、鍵が開く仕組みになっているのだ。
ドアノブを捻ってみたが、しっかり鍵がかかっている。もしかしたら開いているかも、と思った私が間違いだった。
「ここに、お兄さまのハンカチを押しつけたら、扉が開くはずなのです」
ドキドキと高鳴る胸を押さえつつ、兄の血が付着したハンカチを魔法陣に押しつけたが――反応はない。
「ど、どうしてですの!?」




