突然の知らせ
コルヴィッツ侯爵夫人の屋敷で暮らし始めてからというもの、予知夢をみなくなった。
原因については謎でしかない。
ただ、精神的な苦痛がなくなったからではないかと考えている。
母が亡くなったあとも、次々と予知夢をみたので、あながち間違いではないのかもしれない。
このまま予知夢なんてみなくていいと思う一方で、クラウスを助けるためにみたほうがいいのではないか、と思ってしまう。
予知夢はみようと願ったとしてもみることはできないので、私が望んでも仕方がない話なのだが。
季節はあっという間に過ぎ去り、夏を迎える。そんな中で、クラウスが寄宿学校を卒業したという話をコルヴィッツ侯爵夫人から聞かされる。三年間首席をキープし、教師達に惜しまれつつ卒業したようだ。
これからは鉄騎隊の任務に集中するようだが、それが心配だとコルヴィッツ侯爵夫人がため息交じりで言っていた。
「あの子ったら、結婚式よりも任務を優先しそうで」
結婚式は来年の二月期に予定している。クラウスが私との結婚を宣言してから、一年後に結婚しようと約束していたのだ。
「礼拝堂にエルーシアさんをひとり残していきそうで、心配なのよ」
「それに関しては、覚悟をしておりますわ」
最悪、花嫁ひとりっきりの結婚式というのも、想定していた。
私にとって、結婚式は大事な儀式ではない。クラウスと結婚したという事実が大事なのだ。
「わたくしは平気です。ラウ様と結婚できるのですから、受け入れますわ」
「エルーシアさん……本当に感謝しているわ」
逆にクラウスがいないほうが、緊張しなくていいのかもしれない。なんて言葉は、喉から出る寸前でごくんと呑み込んだ。
「あとは、婚礼衣装の仕上げをするだけね。刺繍を入れて、レースを合わせて、豪華にしてみせるわ」
「今の状態でも、十分素晴らしい仕上がりなのですが」
「いいえ、まだまだなのよ!」
なんて話をしていたら、執事が勢いよく扉を開く。
何事かと思ったら、シルト大公家より知らせが届いたという。
「あ、あの、今、シルト大公家より早馬がやってきまして、エルーシア様にお手紙が、届きました」
何が起こったというのか。執事の手が震えていた。おそらく、何があったのかすでに耳にしていたのだろう。
差し出された封筒は、黒だった。それが意味するのは、ひとつしかない。
震える手で封を開き、中にあった手紙を読む。そこに書かれてあったのは――。
「お、お父さまが、亡くなった?」
突然死だったようで、朝方、部屋で倒れているところを発見されたようだ。
ありえない。予知夢でみた父の死は、ウベルと結婚し、私の年齢が二十歳を過ぎた頃だった。こんなに早く亡くなるはずではなかったのに。
「どうして――? た、確かめに、行かなくては」
立ち上がろうとしたら、コルヴィッツ侯爵夫人は私を引き留めるように抱きしめる。
「エルーシアさん、お待ちなさいな。ご実家には行かずに、ここにいたほうがいいわ」
コルヴィッツ侯爵夫人の言葉を聞いてハッとなる。
この情報が本当かわからないし、確かめに行ったとしても、実家にはイヤコーベ、ジルケしかいない。
たしか兄は、卒業旅行だとか言って、隣国に滞在している。
私と同じように、早馬を使って知らせが行っているだろうが……。
「クラウスに連絡するわ。ここに来てもらいましょう」
「ラウ様は今、隣国にいらっしゃるのでは?」
半月ほど前に、国王陛下の要請を受けて、隣国へ調査に行くという手紙が届いていたのだ。
「前に届いていた手紙に、近日中に戻るって書いてあったから、もしかしたら帰っているかもしれないわ。私に任せてちょうだい」
「わかりました。お願いいたします」
何もできない自分を歯がゆく思うが、実家には私に対して悪意を持つ母娘しかいない。
最悪、イヤコーベとジルケは父は私が殺した、と罪をなすりつける可能性だってある。
コルヴィッツ侯爵夫人の言うとおり、クラウスがやってくるまでここで大人しくしていたほうがいい。
「ごめんなさいね。お父さまのもとへ駆けつけたい気持ちはよくわかるのだけれど」
「ええ」
兄がいない以上、私に知らせを寄越したのはイヤコーベに決まっている。何か企みがあって、知らせたと思っておいたほうがいい。
コルヴィッツ侯爵夫人は私を励ますように、優しく手を握っていてくれた。
◇◇◇
三時間後――クラウスがコルヴィッツ侯爵邸にやってきた。今日、隣国から帰ってきたばかりだったらしい。先ほどまで王城にいて、国王陛下に調査結果を報告していたようだ。
「ラウ様、お忙しいのに、申し訳ありません」
「そんなことはどうでもいい」
クラウスのもとにも、父の訃報は届いていたらしい。国王陛下より、直接聞いたようだ。
イヤコーベの趣味の悪い冗談かもしれないという私の願いは、無惨にも砕け散った。
「実家に向かったのではないか、と心配していた」
「コルヴィッツ侯爵夫人に引き留められました」
「もしも行っていたら、酷い目に遭っていただろう」
コルヴィッツ侯爵夫人がいなかったらどうなっていたか。考えたらだけでもゾッとする。
ひとりではなくてよかった、と心から思った。
「もうひとつ、知らせることがある」
いったい何事か。強ばったクラウスの表情から、いい報告でないことは明らかであった。
「お前の兄、バーゲンが、隣国で終身刑を受けたようだ」
「なっ――!?」
最低最悪のタイミングで、兄は何かをやらかしたようだ。




