クラウスは知っていた
「爵位の継承権といえば、今回の代替わりをきっかけに、父とヘルゲが継承権を返上したと言っていた」
「あら、そうでしたのね。また、どうして?」
「ヘルゲは寝台から起き上がれないほど病弱で、父はただでさえ忙しいのに、爵位なんか継承している暇なんてないと言っていた」
代替わりという一大事の中、こっそり手続きをしたため、継承権の返上を知る者は多くないという。
ということは、現シュヴェールト大公の弟ヨアヒムが継承権の第一位となり、それに続く二位がクラウスということになる。
「あの、継承権第一の従弟様が大公になりたがっている、というお話はご存じ?」
「一族の中では有名な話だな。あれが大公になりたがっているのは、完全に財産狙いだ。現当主以上にふさわしくない」
シュヴェールト大公家の直系男子がそのような状況なので、国王陛下はクラウスが爵位を継承したほうがいいと思ったのだろう。
「……なんだか喋りすぎてしまった」
クラウスは口数が多いほうではなく、また、口はかなり堅いとコルヴィッツ侯爵夫人が話していたのを思い出す。
「お前、私から情報を聞き出すような、妙な呪術を使ったのではないな?」
「そんなわけありません」
クラウスが勝手に話し始めたことなのに、私のせいにされては困る。
ひとまず、聞きたかった話は引き出せたので、これ以上一緒にいる必要はない。
「ラウ様、いろいろと教えてくださり、ありがとうございました。晩餐会の時間まで、ゆっくりお寛ぎくださいませ」
立ち上がって会釈しようとしたのに、腕を掴まれてしまう。
「まだ、何か?」
「何かって、本題を忘れているのではないか?」
「本題とは?」
シュヴェールト大公家の代替わりと、爵位の継承についての話は聞けたのだが。
考える時間が長くなるにつれて、クラウスの眉間の皺が深くなっていく。
いったいなんの話か、まったくわからなかった。
小首を傾げ、「なんでしたっけ?」と可愛らしく聞いてみる。クラウスは私に着席するように言いつつ、本題について話し始めた。
「結婚式の準備について、話していなかっただろうが」
「ああ! そうでしたわね。わたくしったら、大事なことなのに、すっかり失念しておりましたわ!」
本当か? と疑心たっぷりの目で見つめられる。戦々恐々としながら、結婚式の準備について報告した。
「結婚式に招待する者達はすでにリストアップしておりまして、招待状も用意しております」
クラウスは参加者一覧を睨むように見つめている。
コルヴィッツ侯爵夫人から問題ないと言われているので大丈夫だろうが、無駄にドキドキしてしまった。
「お前の兄と、後妻、その娘は招待しなかったのだな」
「騒ぎを起こす気配しかしなかったので」
「よく判断した」
そう言って、クラウスは私の頭を撫でる。
思いがけないスキンシップに、内心驚いてしまう。
「何を驚いている?」
「い、いえ。このようなことで、褒められるとは思っていなかったものですから」
真剣な眼差しを向けるので、どぎまぎしてしまう。
たぶん、クラウスが兄から被害を受けているので、気にしていただけだろうが。
「お前の家族は、お前自身を酷く軽んじていたのだろう?」
「そ、それは、どうして? まさか、コルヴィッツ侯爵夫人から何かお聞きしましたの?」
「いいや、違う。お祖母様からは、何も聞いていない」
ならばなぜ、クラウスが知っているのか。心臓がうるさいくらいにバクバクと脈打っていた。
「王宮で倒れたとき、診断のために看護師がドレスを寛がせたのだが、背中に鞭打ちの痕のようなものがあると言ってきた。それで不審に思って、いろいろと調べさせてもらった」
「――!」
まさか、背中の傷から私と家族の歪な関係に気付かれるなんて。一族の恥なので、できれば彼には知られたくなかったのだが……。
「知っていたら、最初の結婚の申し出も断らなかった」
クラウスの優しさに触れ、目頭が熱くなる。
実家にいたころは、私の味方なんてこの世のどこにもいないと思っていたのに。
「私と婚約した以上、お前を軽んじる奴らは絶対に許さない。同じように、お前も許すなと伝えるつもりだったのだが、言うまでもなかった」
兄やイヤコーベとジルケの名前がリストになかったので、私の決意を感じとってくれたのだろう。
「これから先、自分に言われた暴言は、夫となる私への言葉だと思うようにしろ。そういうふうに考えたらその言葉を我慢し、ひとりで呑み込むということもできないはずだ」
それが貴族が定義する夫婦というものだ、とクラウスは教えてくれた。
彼の言葉は、孤独に戦うばかりだった私に大きな勇気を与えてくれる。
なんとも言えない温かな心強さが胸に灯ったのだった。
◇◇◇
ホワイトアスパラの晩餐会は、和やかな雰囲気で始まった。
前菜は茹でたホワイトアスパラのオランデーズソース和えから始まる。茹でただけのシンプルな調理法こそ、ホワイトアスパラのおいしさを堪能できる。次に出てきたのはホワイトアスパラのポタージュ。舌触りがなめらかで濃厚だ。
メインの魚料理はアスパラガスと白身魚のパイ包み焼き。生地はサクサク、中のホワイトクリームには細かく刻まれたホワイトアスパラが入っていて、白身魚と絡まり合って極上の味わいとなる。
途中で口直しの氷菓子を食べ、肉料理に移る。運ばれてきたのは、ホワイトアスパラとフォアグラのソテー。貴腐ワインの上品なソースがよく合う。
食後の甘味はホワイトアスパラのムースだった。まさかホワイトアスパラを使ってデザートを作るなんて信じられない。それがおいしかったのも、また驚きであった。
珍しく、クラウスは穏やかな雰囲気で食事を楽しんでいるようだった。
コルヴィッツ侯爵夫人も、これまでになく嬉しそう。
和気あいあいとした中で、私達は食事を終えたのだった。




