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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第三章 想定外の社交界デビュー

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コルヴィッツ侯爵夫人の想い

 ついに、パーティー当日を迎えてしまった。

 気が重かったが、朝から侍女達が押しかけてきて、否が応でも準備せざるを得なかった。

 お風呂で全身を洗われ、顔と髪のパックを行い、爪が磨かれる。

 髪は乾かされ、丁寧に梳られた。

 よく眠れていなかったからか、顔が浮腫んでいると言われてしまう。急遽施術師が呼ばれ、顔の血行を解してもらった。

 鏡に映った私は、母が亡くなる前のシルト大公の娘、といったところであった。

 十日間でよく、ここまで取り返すことができたものだ、と信じがたい気持ちになる。

  コルヴィッツ侯爵夫人が呼び寄せた侍女軍団はあまりにも優秀過ぎた。

 お昼にしばし休憩となる。食欲がないと訴えたら、オートミール粥を用意してくれた。

 それすらも、少ししか食べられなかったが、何も口にしないよりはいいだろう。

 午後からはドレスに着替える。

 コルヴィッツ侯爵夫人が夜中まで仕上げをしていたというドレスは、素晴らしい仕上がりだった。

 もともとのドレスは私より一回り大きかったが寸法を合わせ、体のラインが強調される今風の形に様変わりしている。

 静かな湖畔に白鳥が泳ぐような優美なドレープが追加され、裾や襟ぐりにはレースが惜しみなく使われている。

 本当に美しいドレスだ。十日前の見るも無惨なドレスとは思えない。

 これに、母の形見であるエメラルドの首飾りを合わせようと、先日質屋から引き取ってきた。

 ティアラは真珠でできたものを質屋から借りてきたのだが、コルヴィッツ侯爵夫人が手にしていたのはエメラルドのティアラと耳飾りである。


「あなたの首飾りと相性がいいと思って、これを貸して差し上げるわ」

「そんな、高価なお品をお借りするわけにはいきません」

「いいのよ。どうせ、二十年も宝石箱で眠っていたものなのだから。今風ではないけれど、使ってくれたら嬉しいわ」

「コルヴィッツ侯爵夫人……どうしてここまでよくしてくださるのですか? わたくしには、何も返す物がないというのに」


 コルヴィッツ侯爵夫人はにっこり微笑みながら、ティアラを頭の上に載せてくれる。

 私にふさわしくないからか、重たく感じてしまった。


「あなたがやってきてからの数日間、とっても楽しかったの。そのお礼、かしら?」

「お礼、ですか?」

「ええ、そう。だから、何も返さなくてもいいのよ。なんだったら、そのティアラをあげたいくらい」


 私が慌てふためく様子が面白かったのか、コルヴィッツ侯爵夫人は声をあげて笑い始める。


「ふふ、愉快だわ。あなたみたいな女性が、クラウスと結婚してくれたらいいのに。そうしたら、あの子だって、毎日楽しいはずよ」

「そう、でしょうか?」

「そうに決まっているわ。だって、長年楽しみがなかった私が、こんなにも楽しい気持ちになっているんですもの」


 もしも本当に結婚したいのであれば、全力で力を貸す、なんて甘い言葉をコルヴィッツ侯爵夫人は耳元で囁く。

 勝手に外堀を埋めてしまうのは、クラウスが気の毒だと思ってしまうのだが。


「ラウ様は、妻を娶ったら、自分自身の弱みになるとおっしゃっていました」

「あら、それは違うわ。大切な人ができたら、これまで以上に強くなれるのよ。一方だけではなく、お互いにね。あの子もあなたも、それを知らないだけ」


 コルヴィッツ侯爵夫人はきっぱりと言い切る。

 それは私の中にあったモヤモヤとした気持ちが晴れたような、清々しい気持ちになった。


「エルーシアさんは、クラウスがお嫌い?」

「……いいえ」


 少し威圧感はあるものの、公明正大こうめいせいだいで、どこまでもまっすぐで、ぶれない。そんなクラウスを悪く思うはずはない。

 彼に助けを求めるあまり、恋い焦がれるような感情があったことも確かだ。


「嫌いでないのならば、あの子の傍にずっとずっといてほしいわ。このままだったら、きっと壊れてしまうだろうから」


 壊れる、というのはどういう意味なのか。

 コルヴィッツ侯爵夫人は私がよく理解していないのを察し、話を続ける。


「いくら強い剣でも、ずっと揮い続けていたら、なまくらになるの。定期的に研ぎ直さなければいけないのよ。なまくらのまま無理して揮い続けたら、いつか剣は使い物にならなくなるわ」

「あ――!」


 それはクラウスの精神的な話に違いない。誰かが傍にいて、支えてあげなければ、早い段階で限界が訪れる、と言いたいのだろう。

 たしかに、夢の中でみた未来のクラウスは、今とは比べものにならない迫力があった。

 それは絵画で見かけた、手負いの狼に似ているのかもしれない。追い詰められた獣は獰猛で、執拗しつように牙を剥く。そんな状態が、何年と続けられるわけがないのだ。


「またとない機会だと思って、あの子を呼び寄せたわ。だから、お願い――」


 コルヴィッツ侯爵夫人が私に手を差し伸べた瞬間、部屋に執事がやってくる。

 慌てた様子だったが、いったい何事なのか。


「そんなに慌てて、どうかなさったの?」

「あの、たった今、王城より早打ちの馬がやってまいりまして。クラウス様が国王陛下に呼び出されました」


 それは、鉄騎隊の新たな任務を命じるものだった。

 つまり、クラウスは私とパーティーに参加できない、ということになる。

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