クラウスの疑問
社交界デビューのパーティーを前日に控えた晩、クラウスがやってきた――というより、コルヴィッツ侯爵夫人に強制的に呼び出されたらしい。
「酷いわよねえ。こーんな愛らしい娘さんを預けて、一回も訪問しないなんて」
「寄宿学校は簡単に外出許可が下りないのです」
クラウスは淡々とした様子で言い返す。
「あら、陛下からの呼び出しがあったら、授業中でも飛び出していくのに」
「お祖母様、どうしてそれを知っているのですか?」
「王妃殿下からお聞きしたのよ」
クラウスが寄宿学校に通っている理由は、昨日コルヴィッツ侯爵夫人から聞いた。
なんでも最初は校内に蔓延る不正入学について調査するためだったらしい。
貴族の子息が大勢通う寄宿学校は、国内でも選ばれた一部の優秀な者しか入学できない。それなのに、試験の点数を誤魔化し、裏口入学をする者達がここ数年、あとを絶たなかったのだという。
国王陛下がクラウスに命じ、学校の内側から調査するように命じたようだ。
見事、首席で合格した彼は、事件が解決しても通い続けているという。寄宿学校の生徒であるというのは、鉄騎隊の一員であることを隠すいい環境なのだとか。
「でも、こうして来てくれたのだから、許してあげるわ」
コルヴィッツ侯爵夫人に可愛らしく微笑まれても、無表情でいるのはクラウスくらいだろう。
「そうそう! 明日、この子にあなたのエスコートを頼んでいるの!」
「お祖母様、その件に関してはまだ了承していません」
「いいじゃないの。パーティーには参加するつもりだったのでしょう?」
「そうでしたが――」
以前私からの求婚を断ったときのように、きっぱり断るわけではなかった。
その瞳から、少しだけ戸惑いのようなものも感じる。
単純に、クラウスが嫌だからというわけではないようだ。
「こーんな可愛い娘とパーティーに参加できるなんて、あなたは世界一の幸せ者なのよ。年寄りの最後の願いだと思って、叶えてちょうだいな」
ここまで言われてしまったら、さすがのクラウスであっても拒否できないのだろう。
「それじゃあ、あとは若いふたりで!」
そう言って、コルヴィッツ侯爵夫人は部屋から去ってしまう。
年若い男女は婚約関係であっても、ふたりきりになってはいけないのに。
いったいどういうつもりで、私とクラウスを残して行ったのか……。
クラウスは私とふたりっきりになったことなど欠片も気にする様子はなかった。
このまま静かで気まずい時間を過ごすものだと思っていたのに、彼のほうから話しかけてくる。
「ドレスはどうなった?」
「完璧に修繕されました。その、この度は、お心遣いをしてくださり、深く感謝しております」
ジルケとウベルが婚約破棄する予知夢をみていなければ、クラウスを救世主のように称えていただろう。
今は複雑な気持ちが沸き上がるばかりである。
「あまり嬉しそうではないな」
「酷く緊張しているのです」
できるならば今すぐに、クラウスと結婚したい。ウベルが婚約破棄し、私に結婚を申し込んでも大丈夫なような関係を築きたかった。
しかしながら、相手はクラウスである。
コルヴィッツ侯爵夫人から剣のように曲がらないと言われていた男だ。
私がどれだけ惨めで、酷い目に遭っていると訴えても心変わりなんてしないし、同情すらしないだろう。
なんて考え事をしていたら、クラウスから想定外の質問を受ける。
「以前、お前は私に結婚を申し込んだが、どういうつもりだったんだ?」
「なぜ、疑問に思いましたの?」
「この姿を見たらわかるだろうが」
この姿、というのは赤い瞳に黒い髪を持っているということだろうか。
「悪魔みたいだろう?」
「それは、まあ、そうですわね」
私が正直に答えたので、クラウスは目を丸くする。自分から聞いておいて、その反応はどうなのか。
結婚を申し込むくらいだから、「気になりません!」と返すとでも思っていたのか。よくわからない。
「シュヴェールト大公家出身といっても、財産や爵位を継承するわけでもないし、仕事は危険なものばかりだ。そんな男に結婚を申し込むなど、考えられない」
「わたくしもそう思います」
「お前はどうして――」
「夢を、みましたの」
こういう疑い深い相手には、適当に話をはぐらかさないほうがいい。真実を伝えたほうが、心に響くだろう。
かと言って、予知夢をみるなんて突拍子もない話をすべて打ち明けるつもりはなかった。
「夢の中のわたくしはとても辛い状況にあり、どうにかしてほしかった。そこに、敵対関係にあったあなたが登場して、救ってくださったのです」
「救いが、結婚だったというのか?」
「いいえ、〝死〟でした」
あのまま拘束され連行されていたら、罪人として辱められていただろう。あの場で死を迎えるというのが、夢の中を生きていた私にとって唯一の救いだったのだ。
「夢の中で自分を殺した相手に近付くなど、正気の沙汰とは思えないのだが」
「同感ですわ。でも、夢の中のわたくしとは違って、今の私は生きたいと思っているのです」
「敵対関係でなく、味方であれば、殺されないのでは、という判断なのか?」
「ええ、まさに!」
私の言葉に、クラウスは深い深いため息を返した。
「お前のことは、すでに調べが付いている。〝シルト大公の娘、エルーシア・フォン・リンデンベルク〟……」
「ええ」
「当然、お前は私が誰なのか、知っているのだろう?」
「もちろんですわ、〝クラウス様〟」
真っ赤な瞳に鋭く見つめられ、額にじわりと汗が浮かんでいるのを感じる。
蛇に睨まれた蛙の気分を、これでもかと味わった。
「私はシュヴェールト大公の甥だ。お前を守ってやる力なんてない」
「そうだとしても、わたくしにはあなたしかいないと思っているのです」
蛇になったつもりで、クラウスを見つめる。すると、彼は竜の睨みを返したような気がした。敵は強大すぎるわけだ。
「鉄騎隊の者達は、恨みを買いやすい。伴侶を得たら、命を狙われる場合もあるし、その存在が弱みにもなる」
それが、クラウスが妻帯していなかった最大の理由なのだろう。
国王陛下の剣となるために、国家に命を捧げていたのだ。
「わたくしは、あなたのお役に立てると思うのです」
「具体的には、どうやって?」
「不穏な未来を、ささやかではあるのですが、感じることができます」
「不穏な未来、だと?」
「たとえば賭博場で、わたくしがあなたの腕を引いた瞬間を覚えているでしょうか?」
「たしかに、あったな」
「あのとき、あなたが腹部を刺される様子が、〝みえた〟のです」
クラウスは眉間に皺を寄せ、腕を組む。理解しがたい、という表情だが、実際に彼を助けた実績があった。そのため、信じなければならないのかと考え込んでいるのだろう。
「もちろん、すべての危機を回避できるわけではありません。とても、ぼんやりとした、頼りない能力なのです」
「なるほど」
「生きている限り、人との関係は避けて通れません。そんな世界で、ほんの少しだけ不思議な能力がある妻が、ひとりかふたり、それ以上にいるのは、決しておかしなことではないと思うのですが」
「なぜ、妻がお前の他に何人もいるんだ」
「申し訳ありません、勢いでつい」
クラウスは立ち上がり、踵を返す。
背中を向けながら、「すぐに決められることではない」と言い、部屋から去って行った。




