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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第三章 想定外の社交界デビュー

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告発

 どうやら社交界デビューのパーティーに参加しなければならないらしい。

 王妃殿下が会いたいと望んでいるので、回避なんてできない。

 パーティーの服装規定ドレスコードは白のドレス以外認められていない。

 こうなったら、父に頼んで新しいドレスを作ってもらうしかないだろう。

 父の執務室に向かい、ここぞとばかりに頼みこむ。


「お父さま、社交界デビューのドレスを一着、仕立てたいのですが」

「お前はフィルバッハから貰ったドレスがあっただろうが」

「あちらは――」


 家庭内に荒波を立てるつもりはなかったが、もう我慢も限界である。

 ジルケの悪行を、ここで暴露してやろう。そう思って、父に打ち明けた。


「ジルケに取り上げられてしまったのです」

「なんだと!? 本当か?」

「嘘は言いません」


 父はすぐに執事にジルケを連れてくるようにと命じた。

 五分と経たずに、ジルケだけでなく、イヤコーベもやってくる。


「ジルケ、エルーシアのドレスを奪うとは何事だ!?」

「な、何を言っているんだ! あたしはエルーシアのドレスなんか奪っていない!」


 次の瞬間、ジルケはわざとらしく泣き始める。代わりに、イヤコーベが抗議を始めた。


「ジルケはエルーシアのドレスなんか奪っていないよ。逆に、ジルケのために仕立てたドレスを奪ったんだ」

「なんだと!?」


 父は私へ信じがたい、という視線を向ける。


「それだけじゃなくて、ジルケはずっとエルーシアにいじめられていたんだ。ジルケは健気で、大丈夫だから誰にも言わないでくれと言われていたんだが」


 ジルケの手で隠された口元は、にやりと笑みを浮かべていた。


「証拠は――」


 続けて、ヘラが部屋に入ってくる。手にはドレスがあった。


「こちらが、ジルケお嬢さまのドレスでございます」


 披露されたのは私が部屋に置いていた、スカートが裂けて装飾のパールが引きちぎられたドレスである。


「ジルケ様のために仕立てたドレスを、エルーシア様がこのような状態にしたそうです」

「エルーシア、お前はなんてことを!!」


 父はヘラに、私の背中を鞭打ちするように命令する。

 私の主張なんて、信じないらしい。


 その後、私はヘラから三十回の鞭打ちを受ける。

 終わったころには、背中が火で焼かれているのではないか、と思うくらい痛みを感じていた。


「このドレス、あんたにこそお似合いだ」


 そう言って、ヘラは破れたドレスを私の肩にかけてくれたのだ。

 生まれてからもっとも最悪な一日だったと言えよう。


 ◇◇◇


 背中がじくじくと鋭く痛み、なかなか眠れない。

 パン屋のおじさんに傷薬を頼もう……なんて考えているうちにまどろんでいく。


 夢の中で、私はボロボロのドレスをまとっていた。

 周囲の者達からは笑いものにされていたが、ただひとり、クラウスだけは真顔で私を見つめている。


 彼に手を差し伸べ、ひとつだけ願いを口にした。

 もう、私を殺して――。


 死だけが、私にとっての安寧だ。

 彼は私を幸せに導いてくれる、死神だったのだ。


 ただ、クラウスは私の手を取ってくれない。一言、「生きろ」と言って去っていく。

 なんて酷い人なのか。結婚してと頼んでいるわけではないのに。夢の中でくらい、助けてほしい。なんて思うのは我が儘なのか。


 ……周囲が騒がしい。いったい何が起こったというのか。

 うっすらと瞼を開く。


「イェンシュ先生、患者さんが目覚めました!!」

「ああ、よかった」


 白衣を着た男女に顔を覗き込まれる。片方は白髭を生やし、眼鏡をかけた老紳士。もう片方は青褐あおかち色の髪を結い上げた二十歳前後の女性である。彼らはいったい何者なのか。

 それと同時に、見慣れぬ天井だったので、ギョッとした。


「ここは、どこ?」

「中央街のミミ医院ですよ」


 私の疑問にハキハキと答えてくれたのは、青褐色の髪の女性だった。

 どうやら彼女は、看護師のようだ。眼鏡の老紳士は医者なのだろう。


「わたくしは、どうしてここに?」

「外で倒れられているところを、パン屋のご主人が発見して、運びこまれたのですよ」

「ああ……」


 曖昧だった記憶が、だんだんと鮮明になっていく。

 鞭打ちを受けた翌日も、ヘラから容赦なく仕事を命じられた。

 背中が痛いので仕事に集中できず、意識も朦朧もうろうとしていたような気がする。

 そんな中で、シーツの洗濯を命じられた。横殴りの雪が降る中、私は洗濯をしながら気を失ってしまったのだろう。


「背中の傷から菌が入って、熱を出していたそうです。発見されるのが遅かったら、命が危なかったです」

「そう……」


 数日、安静にしていないといけない。しばらくゆっくりしているといいと言われたものの、そういうわけにはいかなかった。


「わたくし、やらなければならないことが、ありますの」

「いやいや、あなたは病人ですから、療養が第一です」

「それでも――」


 社交界デビューのパーティーまでに、ドレスを用意しなければならない。

 破れたドレスを修繕しなければならないのだ。ヘラが私の背中にかけてくれたせいで、血まみれになっている。まずは洗って、それから破れた部分を繕わないといけない。

 こうしてここで休んでいる場合ではないのだ。

 起き上がろうとしたが、看護師に体を押さえ付けられてしまう。


「イェンシュ先生、お薬ください。このお嬢様、まったく言うことを聞きません」

「わかりました」


 無理矢理薬を飲まされ、強制的に眠らされてしまった。

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