告発
どうやら社交界デビューのパーティーに参加しなければならないらしい。
王妃殿下が会いたいと望んでいるので、回避なんてできない。
パーティーの服装規定は白のドレス以外認められていない。
こうなったら、父に頼んで新しいドレスを作ってもらうしかないだろう。
父の執務室に向かい、ここぞとばかりに頼みこむ。
「お父さま、社交界デビューのドレスを一着、仕立てたいのですが」
「お前はフィルバッハから貰ったドレスがあっただろうが」
「あちらは――」
家庭内に荒波を立てるつもりはなかったが、もう我慢も限界である。
ジルケの悪行を、ここで暴露してやろう。そう思って、父に打ち明けた。
「ジルケに取り上げられてしまったのです」
「なんだと!? 本当か?」
「嘘は言いません」
父はすぐに執事にジルケを連れてくるようにと命じた。
五分と経たずに、ジルケだけでなく、イヤコーベもやってくる。
「ジルケ、エルーシアのドレスを奪うとは何事だ!?」
「な、何を言っているんだ! あたしはエルーシアのドレスなんか奪っていない!」
次の瞬間、ジルケはわざとらしく泣き始める。代わりに、イヤコーベが抗議を始めた。
「ジルケはエルーシアのドレスなんか奪っていないよ。逆に、ジルケのために仕立てたドレスを奪ったんだ」
「なんだと!?」
父は私へ信じがたい、という視線を向ける。
「それだけじゃなくて、ジルケはずっとエルーシアにいじめられていたんだ。ジルケは健気で、大丈夫だから誰にも言わないでくれと言われていたんだが」
ジルケの手で隠された口元は、にやりと笑みを浮かべていた。
「証拠は――」
続けて、ヘラが部屋に入ってくる。手にはドレスがあった。
「こちらが、ジルケお嬢さまのドレスでございます」
披露されたのは私が部屋に置いていた、スカートが裂けて装飾のパールが引きちぎられたドレスである。
「ジルケ様のために仕立てたドレスを、エルーシア様がこのような状態にしたそうです」
「エルーシア、お前はなんてことを!!」
父はヘラに、私の背中を鞭打ちするように命令する。
私の主張なんて、信じないらしい。
その後、私はヘラから三十回の鞭打ちを受ける。
終わったころには、背中が火で焼かれているのではないか、と思うくらい痛みを感じていた。
「このドレス、あんたにこそお似合いだ」
そう言って、ヘラは破れたドレスを私の肩にかけてくれたのだ。
生まれてからもっとも最悪な一日だったと言えよう。
◇◇◇
背中がじくじくと鋭く痛み、なかなか眠れない。
パン屋のおじさんに傷薬を頼もう……なんて考えているうちにまどろんでいく。
夢の中で、私はボロボロのドレスをまとっていた。
周囲の者達からは笑いものにされていたが、ただひとり、クラウスだけは真顔で私を見つめている。
彼に手を差し伸べ、ひとつだけ願いを口にした。
もう、私を殺して――。
死だけが、私にとっての安寧だ。
彼は私を幸せに導いてくれる、死神だったのだ。
ただ、クラウスは私の手を取ってくれない。一言、「生きろ」と言って去っていく。
なんて酷い人なのか。結婚してと頼んでいるわけではないのに。夢の中でくらい、助けてほしい。なんて思うのは我が儘なのか。
……周囲が騒がしい。いったい何が起こったというのか。
うっすらと瞼を開く。
「イェンシュ先生、患者さんが目覚めました!!」
「ああ、よかった」
白衣を着た男女に顔を覗き込まれる。片方は白髭を生やし、眼鏡をかけた老紳士。もう片方は青褐色の髪を結い上げた二十歳前後の女性である。彼らはいったい何者なのか。
それと同時に、見慣れぬ天井だったので、ギョッとした。
「ここは、どこ?」
「中央街のミミ医院ですよ」
私の疑問にハキハキと答えてくれたのは、青褐色の髪の女性だった。
どうやら彼女は、看護師のようだ。眼鏡の老紳士は医者なのだろう。
「わたくしは、どうしてここに?」
「外で倒れられているところを、パン屋のご主人が発見して、運びこまれたのですよ」
「ああ……」
曖昧だった記憶が、だんだんと鮮明になっていく。
鞭打ちを受けた翌日も、ヘラから容赦なく仕事を命じられた。
背中が痛いので仕事に集中できず、意識も朦朧としていたような気がする。
そんな中で、シーツの洗濯を命じられた。横殴りの雪が降る中、私は洗濯をしながら気を失ってしまったのだろう。
「背中の傷から菌が入って、熱を出していたそうです。発見されるのが遅かったら、命が危なかったです」
「そう……」
数日、安静にしていないといけない。しばらくゆっくりしているといいと言われたものの、そういうわけにはいかなかった。
「わたくし、やらなければならないことが、ありますの」
「いやいや、あなたは病人ですから、療養が第一です」
「それでも――」
社交界デビューのパーティーまでに、ドレスを用意しなければならない。
破れたドレスを修繕しなければならないのだ。ヘラが私の背中にかけてくれたせいで、血まみれになっている。まずは洗って、それから破れた部分を繕わないといけない。
こうしてここで休んでいる場合ではないのだ。
起き上がろうとしたが、看護師に体を押さえ付けられてしまう。
「イェンシュ先生、お薬ください。このお嬢様、まったく言うことを聞きません」
「わかりました」
無理矢理薬を飲まされ、強制的に眠らされてしまった。




