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死の運命を回避するために、未来の大公様、私と結婚してください!  作者: 江本マシメサ
第三章 想定外の社交界デビュー

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まさかのお手紙

 しんしん、しんしんと雪が降り積もる。

 冷たい風が吹き荒れ、洗濯が辛くなる季節の真っ盛りであった。

 手はかじかみ、爪はボロボロだった。

 クラウスと賭博場へ潜入調査に行ってから、早くも一ヶ月経った。

 新聞各社では、下町で起こったシスターの寄付横領及び孤児みなしご失踪事件が大々的に報じられていた。

 例の事件の犯人は、シスターカミラだったようだ。

 信じられない気持ちでいっぱいだが、紛れもない事実である。

 養育院に寄贈された金品の横領は、かなり前から行っていたらしい。ただ、ここ最近ほど派手ではなかったようだ。

 彼女が変わったきっかけは、とある貴族との繋がりだったという。

 フィッシャー男爵――社交界で有名な投資家で、シスターカミラを愛人として囲っていたらしい。

 なぜ、シスターが貴族と繋がっていたのかというと、シスターカミラはそもそも元貴族だったという。

 とある富豪の家に嫁いでいたようだが、不貞がバレて修道院送りになっていたらしい。

 数年は修道院で奉仕活動し、十年ほど前から養育院で働くようになったという。

 フィッシャー男爵は、十五年前の浮気相手だったようだ。

 偶然再会し、シスターカミラはフィッシャー男爵の愛人となった。

 そして彼と意気投合し、養育院の寄付の横領を思いついたのだろう。


 シスターカミラの罪は横領だけではない。

 養育院の子ども達を、隣国の奴隷市場に送り込んでいたのだ。

 得た利益を賭博場で使っていたらしい。

 子ども達は全員連れ戻され、別の地方にある養育院へ移されたという。

 ずいぶんと酷い目に遭ったようで、大人達に対して怯えた態度を見せているという。なんとも痛ましい事件であった。


 さらに、院長先生はシスターカミラに毒を飲まされていたらしい。フィッシャー男爵の領地に監禁されていたようだが、騎士隊に保護され適切な治療を受けているようだ。


 下町に新しくできた診療所での横領事件を起こしたのは、フィッシャー男爵だった。

 そう。私が経営を託したのは、彼だったのだ。

 有名な投資家だったし、評判も悪くなかったので託したのだが、まさかの結果になってしまったわけである。


 クラウスは独自の調査でシスターカミラが怪しいと踏んでいたようだが、なかなか証拠を掴めなかったらしい。

 かなり用心深く、犯行を続けていたようだ。

 ただ、私との何気ない会話の中で、ついうっかりボロを出してしまったという。


 その後、私も事情聴取を受けることとなったのだが、クラウスが私は無関係だと弁護してくれていたようで、あっさりと解放された。


 クラウスに貸しを作ったつもりが、返しきれない借りを作ってしまうという結果になった。

 私の人生、お先真っ暗だというわけである。


 ◇◇◇


 ジルケは社交界デビューの準備で忙しいようで、私にいじわるをする暇などないようだ。

 イヤコーベも愛しいジルケのパーティーの支度でばたばたしている。彼女も、私に構っている場合ではないらしい。

 おかげさまで、私は平和な日々を送っている。

 ヘラが嫌味を言ってくることもあるが、さらっと聞き流している。

 この先ずっと社交界デビューが続けばいいのに、なんて思っていた。


 ある日、ジルケが部屋に押しかけてくる。


「エルーシア、喜びなさい。あんた、社交界デビューができるよ!」

「は?」


 いったい何を言っているのか、と呆れた気持ちでジルケを見る。


「はい、これ、あんたの招待状」


 手垢か何かで汚れた招待状が手渡される。そこには私の名前が書かれていた。


「こちらは……」


 私に届いた招待状をジルケが奪い、これで参加するというデタラメな主張をしていたものだろう。


「あたしはウベルと参加するから、招待状はいらないんだ」

「そう」

「あんたはあたしがあげたドレスがあるだろう? あれを着ていけばいいさ」


 ジルケがあげたドレスというのは、私から奪った挙げ句、破いて返してくれた物だろう。

 よくもあげたなんて言えたものだと思ってしまう。

 珍しくジルケは上機嫌だった。わかったから、一刻も早くここから去ってほしい。


「パーティーは、行けたら行きます」

「何を言っているんだ。国王陛下の招待だから、絶対に行かなきゃいけないんだよ!」


 この前までは私なんて参加できないって言っていたのに、手のひらの返しようが鮮やかとしか言いようがなかった。 


 ジルケはスキップしながら部屋を去っていく。

 見る限り、淑女教育は順調とは言えなかった。


 一応、ジルケが押しつけてきたドレスは取ってある。けれども、スカートが盛大に破かれ、装飾のパールが引きちぎられていたので、修繕など不可能だろう。


 仮に直せたとしても、手はボロボロ、髪や肌の手入れなんかしている暇がない私が行っても、惨めな思いをするだけだ。

 それはわかりきっていることだった。


 せいぜい楽しんでくるといい、なんて思っていた私の元に、信じがたい手紙が届く。

 父が慌てた様子で、私の部屋に押しかけてきた。

 何事かと思えば、王妃殿下から手紙を預かってきたという。

 あまりにも騒ぐので、イヤコーベとジルケもやってくる。


「どうしてお前が王妃殿下から手紙を賜るんだ」

「さあ。心当たりはないのですが」


 一応、母が王妃殿下の又従姉妹であるので、まったく無関係ではない。けれども、こうして手紙を受け取ったのは初めてである。


 ひとりで読みたかったのだが、今すぐ開封し、中身を確認するようにと父に言われてしまった。

 ペーパーナイフを使って封を切り、便箋を取り出す。

 書いてあった内容は、養育院に関わる事件に関し、解決に導いてくれたお礼をしたい、というものだった。

 王妃殿下は慈善活動に力を入れていたようで、今回の事件を痛ましく思っているらしい。私とゆっくり話をしたい、とも書かれてあった。


「……社交界デビューのパーティーで会うのを楽しみにしています、と書いてあります」

「ああ、そうか!」


 父は私の手を握って言った。


「何か知らないが、王妃殿下にこのような声かけを賜るお前を、誇らしく思う」

「はあ」


 イヤコーベとジルケが恨みがこもった表情で睨んでいるので、大げさな態度は取らないでほしい。


 上機嫌な様子で部屋から出て行こうとする父に、ジルケが両手を差し伸べる。


「お父さん、王妃殿下からの、あたしの分の手紙は?」

「いや、お前の分はないが」

「え!?」


 イヤコーベが父にとんでもないことを問い詰めた。


「あの手紙、ジルケ宛てじゃなかったのかい?」

「いや、エルーシア宛てだった。間違いない」


 今日ばかりは、心の中で父に感謝した。

 ただ、こういう手紙はこっそり運んでほしかった。

 イヤコーベとジルケに睨まれたせいで、胸焼けしているような気がする。

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