まさかのお手紙
しんしん、しんしんと雪が降り積もる。
冷たい風が吹き荒れ、洗濯が辛くなる季節の真っ盛りであった。
手はかじかみ、爪はボロボロだった。
クラウスと賭博場へ潜入調査に行ってから、早くも一ヶ月経った。
新聞各社では、下町で起こったシスターの寄付横領及び孤児失踪事件が大々的に報じられていた。
例の事件の犯人は、シスターカミラだったようだ。
信じられない気持ちでいっぱいだが、紛れもない事実である。
養育院に寄贈された金品の横領は、かなり前から行っていたらしい。ただ、ここ最近ほど派手ではなかったようだ。
彼女が変わったきっかけは、とある貴族との繋がりだったという。
フィッシャー男爵――社交界で有名な投資家で、シスターカミラを愛人として囲っていたらしい。
なぜ、シスターが貴族と繋がっていたのかというと、シスターカミラはそもそも元貴族だったという。
とある富豪の家に嫁いでいたようだが、不貞がバレて修道院送りになっていたらしい。
数年は修道院で奉仕活動し、十年ほど前から養育院で働くようになったという。
フィッシャー男爵は、十五年前の浮気相手だったようだ。
偶然再会し、シスターカミラはフィッシャー男爵の愛人となった。
そして彼と意気投合し、養育院の寄付の横領を思いついたのだろう。
シスターカミラの罪は横領だけではない。
養育院の子ども達を、隣国の奴隷市場に送り込んでいたのだ。
得た利益を賭博場で使っていたらしい。
子ども達は全員連れ戻され、別の地方にある養育院へ移されたという。
ずいぶんと酷い目に遭ったようで、大人達に対して怯えた態度を見せているという。なんとも痛ましい事件であった。
さらに、院長先生はシスターカミラに毒を飲まされていたらしい。フィッシャー男爵の領地に監禁されていたようだが、騎士隊に保護され適切な治療を受けているようだ。
下町に新しくできた診療所での横領事件を起こしたのは、フィッシャー男爵だった。
そう。私が経営を託したのは、彼だったのだ。
有名な投資家だったし、評判も悪くなかったので託したのだが、まさかの結果になってしまったわけである。
クラウスは独自の調査でシスターカミラが怪しいと踏んでいたようだが、なかなか証拠を掴めなかったらしい。
かなり用心深く、犯行を続けていたようだ。
ただ、私との何気ない会話の中で、ついうっかりボロを出してしまったという。
その後、私も事情聴取を受けることとなったのだが、クラウスが私は無関係だと弁護してくれていたようで、あっさりと解放された。
クラウスに貸しを作ったつもりが、返しきれない借りを作ってしまうという結果になった。
私の人生、お先真っ暗だというわけである。
◇◇◇
ジルケは社交界デビューの準備で忙しいようで、私にいじわるをする暇などないようだ。
イヤコーベも愛しい娘のパーティーの支度でばたばたしている。彼女も、私に構っている場合ではないらしい。
おかげさまで、私は平和な日々を送っている。
ヘラが嫌味を言ってくることもあるが、さらっと聞き流している。
この先ずっと社交界デビューが続けばいいのに、なんて思っていた。
ある日、ジルケが部屋に押しかけてくる。
「エルーシア、喜びなさい。あんた、社交界デビューができるよ!」
「は?」
いったい何を言っているのか、と呆れた気持ちでジルケを見る。
「はい、これ、あんたの招待状」
手垢か何かで汚れた招待状が手渡される。そこには私の名前が書かれていた。
「こちらは……」
私に届いた招待状をジルケが奪い、これで参加するというデタラメな主張をしていたものだろう。
「あたしはウベルと参加するから、招待状はいらないんだ」
「そう」
「あんたはあたしがあげたドレスがあるだろう? あれを着ていけばいいさ」
ジルケがあげたドレスというのは、私から奪った挙げ句、破いて返してくれた物だろう。
よくもあげたなんて言えたものだと思ってしまう。
珍しくジルケは上機嫌だった。わかったから、一刻も早くここから去ってほしい。
「パーティーは、行けたら行きます」
「何を言っているんだ。国王陛下の招待だから、絶対に行かなきゃいけないんだよ!」
この前までは私なんて参加できないって言っていたのに、手のひらの返しようが鮮やかとしか言いようがなかった。
ジルケはスキップしながら部屋を去っていく。
見る限り、淑女教育は順調とは言えなかった。
一応、ジルケが押しつけてきたドレスは取ってある。けれども、スカートが盛大に破かれ、装飾のパールが引きちぎられていたので、修繕など不可能だろう。
仮に直せたとしても、手はボロボロ、髪や肌の手入れなんかしている暇がない私が行っても、惨めな思いをするだけだ。
それはわかりきっていることだった。
せいぜい楽しんでくるといい、なんて思っていた私の元に、信じがたい手紙が届く。
父が慌てた様子で、私の部屋に押しかけてきた。
何事かと思えば、王妃殿下から手紙を預かってきたという。
あまりにも騒ぐので、イヤコーベとジルケもやってくる。
「どうしてお前が王妃殿下から手紙を賜るんだ」
「さあ。心当たりはないのですが」
一応、母が王妃殿下の又従姉妹であるので、まったく無関係ではない。けれども、こうして手紙を受け取ったのは初めてである。
ひとりで読みたかったのだが、今すぐ開封し、中身を確認するようにと父に言われてしまった。
ペーパーナイフを使って封を切り、便箋を取り出す。
書いてあった内容は、養育院に関わる事件に関し、解決に導いてくれたお礼をしたい、というものだった。
王妃殿下は慈善活動に力を入れていたようで、今回の事件を痛ましく思っているらしい。私とゆっくり話をしたい、とも書かれてあった。
「……社交界デビューのパーティーで会うのを楽しみにしています、と書いてあります」
「ああ、そうか!」
父は私の手を握って言った。
「何か知らないが、王妃殿下にこのような声かけを賜るお前を、誇らしく思う」
「はあ」
イヤコーベとジルケが恨みがこもった表情で睨んでいるので、大げさな態度は取らないでほしい。
上機嫌な様子で部屋から出て行こうとする父に、ジルケが両手を差し伸べる。
「お父さん、王妃殿下からの、あたしの分の手紙は?」
「いや、お前の分はないが」
「え!?」
イヤコーベが父にとんでもないことを問い詰めた。
「あの手紙、ジルケ宛てじゃなかったのかい?」
「いや、エルーシア宛てだった。間違いない」
今日ばかりは、心の中で父に感謝した。
ただ、こういう手紙はこっそり運んでほしかった。
イヤコーベとジルケに睨まれたせいで、胸焼けしているような気がする。




